第16話 お姉ちゃん
「遂に、始まったね」
死の砂漠の方角より空へと昇った光線を見て、俺の実の姉、モーラが言った。
「あれは……」
獅子心王の記憶の一部を持つ俺にも、モーラの言う意味は分かった。
転移魔法だ。あの遺跡から放たれたものに違いない。アルトゥーラを船に招く為に……。
「ヴァルハラが動き出すよ。あの忌まわしき最終兵器が」
数千年もの昔、シャイア族の天才魔導師が生み出した最終兵器ヴァルハラ。あの壁画にあった通り、ヴァルハラは恐ろしい破壊の光を放つことが出来る。地上の全てを焼き尽くし、その後には草の一本も生えてこない。
死の砂漠に動植物がまるで存在しないのは、滅ぼされた者達の呪いによるものでは無かった。ヴァルハラの光だ。あれが影響を及ぼし続けていたのだ。ただ破壊と殺戮を行うだけではない。あの光にはもっと別の、後世にまで残り続ける毒物のような性質がある。
俺とモーラは獅子心王の記憶を分け合っている。俺が持つ記憶だけではあの光が何か、完璧に掴むことは出来ない。
ヴァルハラ内部の石室で俺が見たもの、石板に書かれていたもの、かつて俺自身(獅子心王)が記述したそれは構造式だった。あの光を放つ為の。
魔法とも薬法とも全く異なる、理解の及ばない構造式。それを基にあの光は構成されている。どうやって獅子心王がこんな兵器を発明出来たのかは全く分からない。
しかし曖昧な俺の解釈によれば、魔素分解よりもはるか先、もっともっと小さな世界において“原子”という要素が存在するらしい。この“原子”の核を連鎖的に反応させることで莫大なエネルギーを生じさせ、あの光を生み出しているようなのだ。
“原子核反応”という言葉が読み取れた。これこそがヴァルハラが最終兵器と呼ばれる所以だ。
あの死の光を、絶対に発射させてはならない。万が一エルフの里で使用されてしまったら、あの豊かな自然も、尊い文化も、世界樹も、全ては一瞬にして消滅するだろう。
「止めなくては。俺達の手で」
「あぁ、そうだね」
モーラは力強く頷いてくれた。今はもう信じられる。俺達は姉弟だ。
「けど、どうやってあれを墜とすつもりだい?」
「ヴァルハラの内部に、あれを操作する為の装置がある」
「だったらそいつを壊せば……」
「ヴァルハラの機能を停止させられるはずだ」
あの最終兵器には個人を識別する特殊な機能が備わっている。石板はその鍵だった。俺が偶然にも触れてしまったことでヴァルハラは使用者として俺を承認し、起動を始めたに違いない。つまりシャイア族を識別しているんだろう。
「俺と姉ちゃんなら、きっと中へ侵入できる」
駆け出そうとする俺の肩を、モーラが掴んで止めた。
「待ちな。そう焦りなさんな。準備が要んだろ」
「え?」
「そう易々と中へ入らせてもらえると思うのかい? 妨害があるに決まってる」
「だったら……」
「力ずくって? 止めときな、いくらアンタとアタシでも無暗に突っ込んで勝てるもんじゃないよ。頭を使いな」
「頭って?」
「薬法師なんだろ? 薬とか色々、あんだろうが」
そうか……なるほど、薬か。
「アタシも軽く手合せしたから分かるけど、エルフにもそこそこ戦える奴らはいるよ。手伝ってもらおうじゃないか」
俺は、しばし逡巡した。
「どうした? 嫌なのかい?」
「これは俺達シャイア族の問題だ。エルフを巻き込むのは……」
「余計な犠牲者が出るのを恐れてるんだろ? まぁ気持ちはわかる。だがここはエルフの地だよ。アイツらだって自分とこの国を荒らされて黙っちゃいられないさ」
「けど」
ふいに、俺の頭の上にモーラが手を置く。わしわしと髪をかき回された。
「ちょ、おい!」
「ガハハ、やっぱりガキだねアンタは。そうやってすぐ全部一人で抱え込もうとする。だからダメなんだよ」
「どういう意味だよ?」
「仲間を信頼しな。背中を預けることを恐れなさんな。一人で出来ることには限界があるよ。どんな天才でも超人でも、シャイア族でもね。そういうことさ」
踵を返し、モーラは背中越しに俺を見た。
「さ、一旦戻って作戦会議だ」
「あ、あぁ……いや、ちょっと待ってくれ!」
「あん、何だい?」
どうしても、今訊ねておきたいことがあった。
「どうして、アルトゥーラの意向に従わなかったんだ? 俺を助けて魔導師達を殺して……そうまでする必要がどこにあったんだ?」
「愚問だね。アタシはあのアルトゥーラのやり方が気に入らなかった。だから逆らったまでさ」
「それだけ!?」
「と、もう一つ。お姉ちゃんは弟であるアンタの事がこの世で一番大好きだからさ。ま、結局あの場から逃げる途中でアンタとははぐれちまったんだけどね」
大好きとか、そんな理由であれだけの殺戮をしたというのか。
「アルトゥーラのやり方は知ってる。アンタ、あのまま監禁されてたら別の記憶を上書きされてアイツの傀儡になってたところだよ。それが分かったからアタシはアンタを助けた。これでいいかい?」
「あぁ、よく分かったよ」
すぐに納得は出来ない。だがモーラが俺の事を想って行動してくれたというのは間違いない。
「殺しの罪は消えない。アタシは一生背負わなきゃならないんだよ。ま、それぐらいなら背負ってやるよ。アンタの為ならね。あ、それと」
立ち止まり、モーラは大きく振り返って俺の鼻先を指で突いた。
「さっき“姉ちゃん”って言ってくれたね? 凄く嬉しかったよ。これからはいつでもそう呼んでいいからね」
「い、言ったかそんな事!? 俺が?」
「恥ずかしがってるところも可愛いねぇ。お姉ちゃんに甘えたくなったらいつでもこの胸に飛び込んでおいで。大歓迎だよ」
モーラは笑う。この姉、笑い方がめちゃくちゃ獰猛なんだよな。姉ちゃん、か。照れくさいもんだな。
地面を伝わる小刻みな振動。それに気づき、俺とモーラは表情を引き締める。
「さぁ、グレン」
「分かってる。戦いの準備だな」