第15話 現王アルトゥーラ
アルフヘイムの忌むべき地、死の砂漠より隆起した遺跡。
グレン・レオンハートは取り戻した記憶の中でこの遺跡の正体を知った。太古の時代、獅子心王と異名を取った天才が建造した“船”。恐るべき破壊兵器を搭載した“船”は建造者の力を受け継ぐ者の存在に呼応し、再起動を始める。
石室において、古代文字が書かれた石板にグレンが触れたことで“船”は起動の準備段階に入っていた。グレンの記憶が完全に戻ったのと時を同じくし、遂に、世界に破壊と殺戮をもたらす最終兵器は長き眠りから覚めたのであった。
その名は、ヴァルハラ。
一条の光線が土煙を上げながら浮上する最終兵器より天へと放たれた。転移魔法。ほんの一握りの最上位にある魔導師だけが使う事の出来る魔法。人間を、物体を、別の場所へと瞬間的に移動させる魔法。光は空へ。そして直後、現王アルトゥーラのいる場所へと落下した。
ヤンク王国。
王の居城は荒れ放題の有様だった。隣国の策略によって兵士達によるクーデターが発生し、城は占拠され王都は陥落した。これが昨日のことである。
王の間の玉座に座るアルトラ王。深く皺の刻まれた顔。白く長い髭。目の前で敵国の兵が破壊と収奪を繰り返している状況下にあって穏やか過ぎる表情は異様であった。
元来おっとりした性格で日和見主義と陰で揶揄されることもあったアルトラ王だが、今の弛緩した姿はまるで全てを諦めてしまったように見えることだろう。
事実、部下達は彼が城の陥落により地位も栄光も喪失したことで廃人と化したのではないかと考えていた。
もはや、誰もアルトラ王を顧みない。敵兵も玉座の上で身じろぎもしない王に興味が無いようで、拘束すらしていなかった。
真実を知る者はこの場に誰一人としていない。アルトラ王は政治になど興味が無かったのだ。ヤンク王国がどうなろうが、彼にとっては些末な事だった。
待っていた。迎えがやってくるのを。
既に読者諸氏はお分かりであろう。彼が何を待っているのか。そして彼が何者であるのか。
光が、到来した。
物理的な破壊を伴って、天井をブチ破って、“光のエレベータ”は王の間へ出現した。
衝撃が兵達を吹き飛ばし、既に半壊の状態にあった王の間を完全に粉砕した。壁が破られ、破片が散らばる。
眩いばかりの輝きの中から、何者かがゆっくりと姿を現した。
玉座から立ち上がるアルトラ王の前に来て、その者は膝を折り、深々と頭を下げる。
ボロ布のような黒いローブを纏った土気色の顔をした男だった。魔導師のような雰囲気ではあるが、より禍々しい気配を漂わせている。生気のないゾンビのような相貌。目だけが赤く充血していて悪魔じみた印象を与える。
「アルトゥーラ様、お迎えに上がりました」
王は頷く。アルトラ王という仮の名を捨て、彼はシャイア族の現王アルトゥーラとして腹心へ命じた。
「アンヘル、船の番人よ……私をヴァルハラへ連れてゆけ。獅子心王を継ぐ子らを回収しに行こうぞ」
うめき、瓦礫の下で身をよじる兵士達を尻目に、アルトゥーラは番人と共に光の中へ進む。転移魔法が再び発動し、二人の姿は一瞬にしてその場から掻き消された。