第5話 千々に乱れる、心
「グレン様、一体どうなさったんです!?」
「すまん、ユナ。何も聞かないで手伝ってくれ。魔チュールを改良する。今すぐにだ」
俺は研究室の机の上に置かれている雑多な道具を腕で押し、全て床下に叩き落した。グラスが派手に割れて破片が散らかる。足元から床に魔力を送り込み、それらを細かく分解して砂に変える。だが失敗した。一部は煙になって部屋に充満し始めた。分解度合いを、見誤った。
「窓を開けて換気をしてくれ」
「グレン様、これは何事です!? 落ち着いてください、魔チュールに改良は必要ありませんよ。あれ以上効能を強めたら、たとえ魔物であっても殺してしまいます!」
ユナの主張はもっともだ。だが俺は、何としてでも魔チュールを……!
「エリナがペリルに乗っている。あれは極めて凶暴なワイバーンだ。体も大きいし、火球も使ってくる。本来はベテランの飛竜乗りしか扱えないはず。それを、アイツ……どうしてあんな無茶を!」
寂しげな眼差しを残して俺から背を向けた幼馴染の姿が、脳裏に焼き付いて離れない。研究を、新薬の開発をしなくては! ペリルを鎮静化させる為の薬を!
「グレン様、いけません。そのような精神状態では魔素分解は」
「俺に指図するな!」
机に拳を叩き付ける。魔力が抑えられず、机はバラバラになって砕け散った。
「……グレン様」
ユナは、怯えていた。目を見開き、両手で口元を抑えて。
「すまない……どうしちゃったんだろう俺は」
「あなたはきっと、疲れているんです。少し、休まれた方が」
震える声でユナが言う。わかっている、そんなこと。だけど……。
「怖いんだ。エリナを、失うのが……」
「大丈夫です。あの方はなら、きっと大丈夫。あなたのことを見放したりは」
「だが、死んだらどうする? ペリルの火球で焼き殺されたり、いきなり空中で暴れだして制御できず墜落したら? 俺は……俺が何とかしてやらないと」
「グレン様、お願いです。どうか冷静に」
心のさざ波が止まらない。心臓が早鐘を鳴らして、うるさい。
「何故、エリナはあんなに俺に反抗的なんだ? 俺が一体、何をしたっていうんだよ!」
いつも、アイツの為を思って行動してきた。それなのにどうして?
「グレン様があの方を心の底から大切に思ってらっしゃるのは、周知の事実です。それはきっと、あの方もご存じのはず。何か考えがあってのことでしょう。グレン様を嫌いになったのでは無いかと」
「なら……」
何がいけなかったんだ?
この世界に、こんなにも俺の理解が及ばない現象があるのか。エリナとは深いところで心が繋がっているのだと、何があっても切れない絆で結ばれているのだと、信じていた。
「どうしたらいい? 俺は……」
「ちょっと、いいかしら」
涼やかなその声が、開いたドアから冷風と共に耳に流れ込んできた。
「ヴァレリア」
「王妃様」
「ユナさん、少し外してもらっても? 私がグレンを引き受けるわ」
「かしこまりました。グレン様を、お願いします」
ユナは素早く状況判断し、一礼して研究室から出ていった。ヴァレリアが倒されていた椅子を起こし、うなだれる俺の傍に置いて、座った。
「あなたにもこんな意外な弱点があったなんてね」
「どういう意味だ?」
「話しましょう。ヒントを教えてあげるわ」
かつての俺の想い人は、慈愛を秘めた眼差しで俺を見詰めていた。