表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

57/81

第1話 血濡れの夢

 ゆらめく淡い紫色の炎が見える。


 またか。

 またあの夢なのか。


 俺は巨大な燭台の並ぶ通路を、一人で歩いている。

 やがて重厚な門扉(もんぴ)が現れて、それに俺は両手をつき、力の限り押して開ける。


 とても(いや)な気分で。


 その先には広大な石室。

 中央に巨大な魔法陣が描かれている。


 赤黒い、獣の血で作られた魔法陣の周囲に、闇に溶けるようにして幾人もの魔導師達が腰を下ろしている。その手は印を結び、その口からは低く朗々とした呪文詠唱の声が漏れていた。


 あぁ、俺はこの先に何が待っているのかを知っている。

 最近は何度となく、この夢を見る。


 やがて魔法陣が煌々と輝きを放ち、俺はその中に、歩いていくのだ。

 隣に誰かがいる。いつの間にか俺は手を握られていた。


「大丈夫、すぐに済むから」


 少女の声。


「嫌だよ」


 俺はとても心細くなって、不安に(さいな)まれて、駄々をこねる。


「嫌だ、嫌だ」


 両側から魔導師達が俺の腕を取り、頭を押さえつけて無理やり座らせる。

 大人の力には抵抗が出来ない。


「グレンよ、今からお前の……」


 貫禄があってよく響く声が、俺に何かを告げる。


 魔法陣はより激しく輝きだし、俺は眩い光の中に包まれてゆく。

 その白々とした光は冷たく、俺は思わず自身の体を掻き抱いて、叫んだ。


 視界が、暗転する。


 あぁ、またなのか。


 俺は真っ赤に染まっていた。

 見渡す限り、血塗れの世界に、かつて人間だったもののカケラが散らばっている。


 頭や腕や、足や、胴体や……。


「大丈夫、あなたは……」


 柔らかな手が、肩に触れる。

 見上げればそこに、漆黒の長髪を振り乱し、紅い瞳で俺を見下ろす少女の姿。


「おやすみなさい、グレン」


 (まぶた)が、下ろされる。

 完全なる暗闇の世界。


 そして俺は、いつもそこで目覚めるのだ。



 今日も……。


 目を開けると、いつものように藁葺(わらふ)きの屋根が見えた。

 ベッドの上で上半身を起こし、両手で顔をこする。


「くそっ……何なんだよ、これは」


 日に日に、この夢を見る頻度が上がっていた。

 アルフヘイムへやってきてから、しばらくはこんなことは無かった。

 ある日を境に、突然だ。訳が分からない。


「変だ。何か、おかしいぞ」


 あの夢の中の石室を、そこへ至る幽玄な雰囲気を持った通路を、俺はおぼろげに覚えている。いつか、あそこへ行ったことがあるような気がしてならない。だが記憶をどう(さかのぼ)っても、そんな出来事には思い至らない。


「疲れてるのかな……」


 休息はちゃんと取っているんだけどなぁ……。新しい生活にストレス感じてるんだろうか。いやぁ、そんな事はないと思うが。


 隣で寝ていたヴァレリアが、俺の起き上がる気配を察知して目を覚ました。


「グレン、どうしたの?」


 澄んだ藍色の瞳は夜露(よつゆ)に濡れたかのように光り、俺を見詰めていた。


「いや、何でもない。悪いな、起こしちゃったか」


「いいの、気にしないで」


 ひんやりとした手が、俺の腕を握ってきた。


「眠れないの?」


「あぁ、最近妙な夢をよく見るんだ」


「夢?」


「俺は多分、夢の中の場所に行ったことがあるんだ。だけど、それを思い出せない」


 薄い絹の寝間着一枚だけを纏ったヴァレリアは、体を起こして俺の肩にもたれかかってきた。


「あなたから不安や焦りを感じる。それと、怯え」


「そうか」


 そっとヴァレリアの体を離して、俺はベッドから降りた。


「どこへ行くの?」


「夢占いの本があったな。あれを見せてほしい」


「夢占い? ロマンチックなのね」


「気を紛らわせたいだけだよ。それに君と二人で寝るのは何というか……落ち着かない」


「……ごめんなさい。あなたのこと」


 ヴァレリアが顔を伏せる。


「君を嫌いになったわけじゃない。ただ……」


 ふいにエリナの顔が、頭を(よぎ)った。アイツもこのところ、様子がおかしい。


「昔のような関係じゃない」


「知ってるわ。でも、一晩だけでもいい。あなたと、こうしていたかったの」


「書庫の場所を教えてくれ」


 これ以上、ヴァレリアと話し続けてはいけない。彼女の想いに、俺は引っ張られてしまうだろうから。


「分かったわ、グレン。でも、一つだけ約束して」


「……」


「もう二度と、黙って遠くに行ってしまうのは」


「行かないよ」


 きっぱりと、俺は言う。


「俺はもう、この国の人間だから」


 ヴァレリアの頬に触れ、彼女の温もりを感じる。

 そう、これからはこの国が、俺の住む場所なのだ。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] わぁーん、こいつら、交尾したんだ!!
[良い点] 『薄い絹の寝間着一枚だけを纏ったヴァレリア』 なんとぉぉぉぉーーー! さっそく女王様とぉぉぉーーー! やけぼっくい的な!? [一言] 前書き、カッコ良かったです! 最後まで楽しみに読…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ