転章 深紅の大鎌を持つ女
エルフの国、アルフヘイムにて。
深夜、身を切る寒さの中をその女は薄いノンスリーブの黒いドレス一枚で歩いていた。風は冷たく、常人であれば分厚い動物の毛皮を着ていてもなお凍えるほどだ。それなのに、彼女は平然としている。風は長い髪をなぶり、獰猛なその相貌を闇夜に曝け出している。
樹上生活を送ることが多いエルフは、森林の中に住み家を構える習性がある。中でもアルフヘイムの中央に天を衝く威容を聳えさせている世界樹にはまるで螺旋階段のように、巨大な幹をぐるりと囲むようにしてエルフの大集落が形成されていた。
「匂う、匂うねぇ……」
すらりと高く整った鼻梁をヒクつかせ、女は言った。視線の先には、世界樹にほど近い広葉樹の上に設えられた星見台……エルフの占星術師達の居所。
「弟はあそこにいるのかな」
音もなく、女は進む。ドレスの裾が地面から突き出た木の根っこに触れるが、不思議なことに生地は全く引っ掛からず、根っこをすり抜けた。
このドレス自体、彼女の超常的な力によって生み出されたものなのだ。この生地は魔力を練って編まれているのである。
「んー、どうにも気に入らないね。頭上をブンブン飛び回るハエがいたんじゃ集中できないよ」
右手を伸ばすと、宙に黒い渦が生じた。やがて渦は形を成し、一本のどす黒いオーラを纏う大鎌へと変じた。鮮血のような赤い刃が月光を反射する。
一定距離を保ちながら樹上を飛び渡って彼女の追跡をしていたエルフ達は、存在を気取られていたと知り、姿を隠すのを諦めた。一人、また一人と地面へと降り立ってくる。その数、4名。
「そうそう、さっさと出てくりゃいいんだよ」
「女、アルフヘイムに一体何の用だ?」
射手のエルフが問う。その矢は引き絞られて女の眉間へと狙いをつけている。
「お前達には用はないんだよ。アタシは弟に会いに来た」
「……弟とは誰の事だ?」
「一から十まで全部言わなきゃダメかい? 今のところ暴れるつもりはないから、見逃してくれたら嬉しいんだけどね」
「そうはいかない」
射手の合図で残りの3人が散開した。いずれも手に短剣を握っている。このような足場が悪く障害物も多い森の中では、長物は取り回しが悪く不利だ。彼らは森がホームグラウンド、戦い方を熟知している。
「やる気ってことかい?」
「そちらの素性がわからなければな」
「警戒心が強いね」
「それが我々の仕事だ」
「なるほどねぇ……だったら」
女の足元から漆黒の魔力が沸き上がる。それ自体が意思を持つかのように無数の触手を成し、ゆらゆらと揺れた。
「力ずく、というのは?」
「いいだろう。押し通ってみろ」
エルフの射手、ヌークは魔力を眼球と指先に注入し、矢を引き絞った。
「この場で死ぬことを、全く恐れていない目をしているね。相当の修羅場を潜ってきた顔だ。狩るのは惜しいよ」
「そう簡単に、行くかな」
「試してみるかい?」
大鎌を宙で振り回し、女は突風を発生させる。そして吹き飛ぶ木の葉の中で、不敵に笑う。
「モーラ・レオンハート、それがアタシの名だ」
瞬間、女の姿はヌークの視界から消失した!
刹那に破壊の嵐が吹き抜け夜の静寂を引き裂いてすぐ、森はまた元の静けさを取り戻した……。
第三章 焼け!エルフの森!!不正選挙大決戦!!! 了
最終章 命の輝き、降り注ぐ地にて へ続く