第24話 屈強なる“ざまぁ”を、あなたに!
その場を、異様な緊張感が覆っていた。
地面に倒れ伏し砂まみれになりながら頬を押さえて泣いているイーノ。
それを見下ろす俺。
誰もが、俺が魔法によってイーノをバラバラにするものだと考えていたのだろう。
「どうして、殺さなかったのです?」
この緊張感に耐えきれなくなった兵士が俺に訊いてきた。
「俺は人殺しは極力やらない主義なんだ」
「しかし……」
「あぁ、安心しろ。この程度の生ぬるい制裁で済ませるつもりは毛頭ないよ。なぁ、そうだろ、ローリエ」
このお堅い空気感はそろそろ終わりにしてもいいかな。俺は満を持して彼女に語りかけた。今回の一番の功労者。
「うふふっ、ようやくこの私の出番が回ってきましたね! 正直、こんなに走り回って頑張りまくってるのに途中からまともなセリフ一つ無くなって心配になってたところです! 私、今回出番全カットじゃないのーっ!? ってね!」
「そりゃあお前、一番おいしいところを譲るつもりだったからだよ」
「本当ですかー? まぁいいでしょう。では皆さん! あちらをご覧くださいませ!」
ローリエが指差す先、人垣を割って、何者かがやってきた。
「最初にお前からこの話を聞いた時は驚いたよ、ローリエ」
近づいてくる者達を尻目に、俺は言う。
「でしょでしょ。一概にエロフと言っても色々いますからねぇ。特に彼女達は……」
やってきたのは、下半身に腰布だけを纏ったほとんど全裸のエロフの女性達だった。
浅黒く日焼けした肌!
棍棒で全力で殴りつけてもビクともしなさそうな極太の首!
ぶっとい腕! 脚!
何より特大の大胸筋!!!
実に超雌な雰囲気を纏った屈強なエロフ達が、肩をいからせてやってくる。
ただならぬその、威圧感。
「他種族を無理やり掴まえて飼育するのが趣味の、肉体にコミットし過ぎた一族の子達です! あーん、格好いい!」
「オラァ! アタシ等と一戦交えたがってるガキってのはどこのどいつだ!?」
「あ、エロフのお姉さん方、遠くまでご足労頂きありがとうございます。アイツです、あそこで泣いてるアイツ!」
俺は挨拶しながらしれっとイーノを指し示した。
「ほぅ……お前か」
超雌エロフのお姉さんがイーノの傍に屈みこむ。
「あっ、えっ……」
混乱した顔をするイーノ。泣き腫らした目で、お姉さんを見上げている。
「フン! 旨そうじゃないか! いいよ、飼ってやる!」
「何を、何を言ってるんだ?」
「お前を今から、アタシ等が飼育してやると言ってるんだよ、嬉しいだろこのウスノロ!」
ぐいっと首を掴んで無理やりイーノを起き上らせるエロフ姉さん。そのまま片腕だけで宙に持ち上げ、軽々とイーノを放り投げて肩に担いでしまった。
「ぐはっ、げほっ! は、放せこの野郎!!」
「野郎じゃないよ! アタシ等は全員女の子! 乙女だぞこのガキ!」
「うるさい! この僕はヤンク王国正規軍の総督だぞっ!? こんな事をしてタダで済むと思ってるのか!?」
「ハッハ! 元気のいいガキだね! こりゃ調教し甲斐がありそうだよ!」
そこへ俺はこそこそと近づいていって、
「お姉さん、少しお耳を拝借」
ひそひそと耳打ちした。すると超雌エロフは犬歯を剥き出しにしてサディスティックな笑みを浮かべ、とても喜んでくれた。
「面白いねぇ……エルフはアレの具合がいいって? その通りだよ、アタシ等は特に鍛えまくってるからガチガチさ! それにアンタ、エルフを使い捨てるのが趣味なんだってね? これも面白い! 是非ともアタシ等と、どちらが先に潰されるかガチンコ対決がしてみたくなってきたよ! 嬉しいだろ、ガキ!!!」
パシーン!
「ぎゃあ!!」
イーノのケツが猛烈な破裂音を響かせる。単なる平手打ちとは到底思えない、ムチで叩かれたみたいな音したぞ、今!
「や、やめろ! 下ろせ! やめてください……」
「ダメダメ! もらっちゃったものはもう返せないよ! アタシ等全員を満足させたら考えてやるけど、果たしてアンタにそれが出来るのかい!?」
「おい、レオンハート! なんで笑ってるんだよお前! た、助けてくれ! 金ならいくらでも払う! 土地も、宮殿も……いや、次期総督の座を譲ってやる! どうだ、欲しいだろ、権力! おい、僕を見捨てないでくれ! 謝るから! もう悪さしないって誓うからぁ! 嫌だ嫌だ嫌だ、放せー!」
「往生際が悪いな、イーノ。エロフのかわいいお姉さん達と楽しんで来いよ、心置きなく」
って言ったらチラリと超雌が俺を見て、ウィンクしてきた。こわい……俺は遠慮します。
「やめて、やめてぇ! 誰か! 助けて! パパ! パパー!!!」
「やかましい! お前がパパになるんだよ!!!」
エロフのガチムチお姉さんは背筋が凍るようなセリフと共に再びイーノのケツの打擲し、
「うぎゃー!!!」
悲鳴を上げさせて、高笑いを浮かべながら仲間と共に去っていった。
ううむ、出来ればあんまり関わり合いになりたくないエルフ達だなぁ。
ともあれ、だ。
「ようやく、これで全て片付いたな」
しみじみと思う。戦いは終わったのだ。
「おめでとう」
エリナの労いの言葉。
「この度はグレンさんに大変お世話になってしまい、私、頭が禿げあがるほど感謝しております。……って、元からここは不毛地帯でしたか、ガッハッハ!」
ゼンノ候補、もとい、ゼンノ市長がいつものハゲネタを披露する。
そして呆然と佇むアクラッツ。この人、これからどうなるんだろ。まぁいいか。単なるイーノの傀儡に過ぎなかったわけだし、放置しとこ。懲らしめるのも助けるのも特にいらないかな。
「グレン様」
ローズ区の指揮官とワイルド区の指揮官が、兵士達を代表して俺の前に。
「本当にありがとうございました。我々が間違っておりました。エルフは敵だと、決して相容れぬ存在だとばかり……」
「それは、上からそういう教育をされていたからでしょう? 長年ずっといがみ合っていれば、しかも敵意を刷り込まれていれば、仕方のないことです。俺はただ、最前線で戦いこの国を守ってくれているあなた方に、気づいて欲しかった。その戦いには実は何の意味もないのだと」
「今ならよく分かります。我々はきっと、うまくやってゆけるでしょう。エルフ達と共に」
人間とエルフが、この場には並び立っている。そして同じ気持ちで選挙の行く末を見守っていた。最初は不純な関わり方だったと思う。夜の大エロフ祭りだもんなぁ。とんでもない事思いつく奴もいたもんだ。
けれど、そういうスタートで構わない。人と人ですら、手を取り合うのは大変なんだ。種族を超えた友情を育むのはそう簡単なことじゃない。だから、これから少しずつ歩み寄っていけばいい。
俺がその切っ掛けを作ることが出来たのなら、ここまでやってきた甲斐はあった。
夜の帳が降りようとしている。今宵はきっと、盛大な宴となるだろう。
「イーノの方も、きっとな」
俺は苦笑して、かつてのライバルがこれから辿るであろう苦難の道に思いを馳せた。ほんのちょっとだけ。頑張って生きろよ、パパ!
なんちゃって。




