第22話 賢いイーノ、兵士に不正を指示
最後の有権者が投票を終えた頃、既に日は傾き始めていた。
「イーノ様、これで全員です」
兵士が言う。イーノが満足そうに頷いた。
「よろしい。では早速だがアイオミ区の開票と行こうか。って、これ、わざわざ開票作業する必要あるのか~!? ぶわっはっはっはー!!!」
唾を飛ばしながら、椅子にふんぞり返ってチビデブが笑う。それから兵士に指示し、投票箱を机の上に置かせた。
「まぁ、一応、ね。形式上の確認というのはやっておこうか。しっかりとチェックしててくれましたよね? 見届け人さん達も」
「ええ、我々はずっと見ておりましたが不正は一切ありませんでした」
「右に同じ」
「私もです」
3人の中央から派遣されてきたと思しき見届け人達が言う。
「はい、これで今回の選挙はとてもクリーンに行われたということが保証されたね。つまり、この投票箱の中身をここにぶちまけて、その結果が全てアクラッツ票だったとしても、問題は何もないということだよ」
イーノが言った。
「本当に、本当にこの僕をイラつかせるのが上手い男だったが……結局最後はこの僕が勝つんだよ。グレン・レオンハート、アイツの悔しがる顔を早く見たいところだねぇ」
「あの……イーノ様」
とある兵士がおずおずとイーノの前に歩み出た。そして緊張した面持ちで言う。
「自分は、納得できておりません。このような……このようなやり方では」
「はぁ? 誰だよお前? 何様? 死にたいの? ってか何が問題だって言うの?」
尊大な態度を崩さず、イーノが問い詰める。
「それは……その……武器を携えた兵士が、見ている目の前で投票用紙に記入させるなどというのは」
「え、この僕がそんなことしたっけ? 誰か、覚えてる人いる?」
周囲をイーノが見回すも、誰一人、何も言わない。
「ほーら、ごらんよ。君の勘違いでしょ。だって公正な見届け人の方々からも何も言ってこないんだからさぁ」
「……」
「何だよ、せっかくの楽しい気分が盛り下がっちゃうじゃん。もういいよ、どっか行けよお前」
唇を噛んで、勇敢な兵士は引き下がった。さぞかし、悔しかったに違いない。
「さぁ、さぁさぁさぁ皆さん! 盛大に、パーッと開票しちゃおうね。おい、アクラッツ」
「は、イーノ様」
「投票箱のカギを開けなさい」
素早く、アクラッツはそれを実行した。カチャリと硬質な音がして、木製の箱のフタが開けられる。
「さて、では机の上に出して」
「はい」
箱をアクラッツがひっくり返すと、小さな紙片が折り重なった山が出来た。これが全て、投票用紙なのだ。
「じゃ、開票して、読み上げていってね」
イーノの合図で、何名かの兵士が紙片の山に近寄り、一枚ずつ開いて中の表記を確認してゆく。
そして……。
「こ、これは!」
兵士が息を呑んだ。
「何だよ大げさだなぁ。そんなリアクションいらないよぉ?」
チラッと、イーノは横目でその投票用紙を確認した。
「……は?」
無能宰相の、バカ息子の表情が凍り付いた。
投票用紙に書かれていた名前は、“ゼンノ”。
「って、脅かすなよー。一票くらいこういうイレギュラーがあった方が盛り上がるっていう、誰かのイタズラだろう?」
「い、いえ……イーノ様」
「おい、何だよその顔は、あぁっ!?」
硬直した兵士が取りこぼした投票用紙。それにも“ゼンノ”の文字。
「なっ……これも、これも、これもっ!? 何でだよ……どうして全部が全部、ゼンノの名前なんだよ!!?」
イーノは狼狽し投票用紙をぐちゃぐちゃにばら撒いた。白い紙吹雪が舞う。そのいずれにも、ゼンノ、ゼンノ、ゼンノの文字!
「お、お前達! しっかり見てたんだろうな!? 住民どもはちゃんと、アクラッツの名前を書いていたんだろう!?」
「は、はいっ、間違いありません! 我々はこの目で確かに……」
「だったら、これは何なんだ? まさか、またアイツの仕業なのか……」
その可能性に思い至ったのであろう。イーノは頭を抑え、困惑の表情を浮かべた。しかし、すぐに不敵な笑みがまた戻ってきた。
「って、まぁどうでもいーや! おい、リンチ区やヘイレン区と同じように、やれ!」
「は、かしこまりました!」
兵士達はキビキビと散らかった投票用紙を拾い、投票箱の中に戻してゆく。
「焼いちゃえば証拠も残らないしね。開票速報の掲示板には適当な数字書いといて。アクラッツ:ゼンノで8:2くらいにしとけばそれっぽいでしょ。こういうアクシデントにも冷静に対処できる僕ってすっごく賢くない?」
イーノは言った。「リンチ区やヘイレン区と同じように」「掲示板には適当な数字」と。それはつまり、実際の投票結果を無視して、数字を勝手に改竄したということ。
「どうだ、これが支配者たる僕のやり方だぞ、レオンハートよ。この場にお前がいないのが本当に悔やまれるよ。あー残念。やっぱり最後に勝つのはこの僕……」
ビシィ!!!
イーノの言葉を遮り、壁に大きな亀裂が走った。
投票所の赤レンガ造りの壁面に、鋭い亀裂がいくつも生じた。
「な、何だっ!?」
ボロボロと細かな粒子に変わったレンガの一部を音を立てて崩落させ、
「呼んだか? イーノ」
ようやっと、俺は憎たらしいガキの前に姿を見せることにした。
「き、貴様は! レオンハート!?」
「全て、聞かせてもらったよ。この壁の中でな」
コツンとレンガを叩く。
そう、俺は投票所の建物の壁の中に魔素分解を用いて空間を生み出し、隠れていた。で、レンガに小さな穴を開けて投票所の中の様子を観察していたのである。
最初から全部、俺はこの目で見ていたのだ。
「何だと!? のぞき趣味か!? この変態!!」
「つまらん冗談は止めておけ。イーノ、その投票用紙を一体どうするつもりだった?」
「はぁ? こんな結果、不正に決まっている。一度破棄して選挙のやり直しを」
「触るなよ、お前ら」
右手を魔力で赤々と輝かせ、俺は兵士達を威嚇する。
「下手に動くと、消し飛ぶぞ。お前らの上司の首がな」
そしてイーノを睨み付ける。何が“不正”だ。抜け抜けと言いやがって。散々、てめぇの方が不正を働いてきたくせに。
「この僕を、脅すってのか!?」
「いいや、そんなことはしない。ただ、透明性のあるクリーンな選挙というのをしたいと思ってね」
「はぁ~? 意味がわからないんだけど」
「すぐに分かるさ」
そう言って俺は右の拳を固く、固く握り締めた。魔力が、そこに凝る。