第20話 ライネ市長選、開始!
アルフヘイムの急峻な山々から届く清涼な風が、町に吹き渡っていた。
選挙日当日。
遂に、俺達はこの日を迎えた。
夜明け前、俺は冷水で顔を洗い気を引き締め、外へ出た。
「いよいよね」
その声はエリナだった。彼女も早い時間に目が覚めたようだ。昨日殴られたこめかみが未だに疼く。
「あぁ」
「勝てるんだよね、私達」
そんなことを、エリナは訊いてくる。“私達”か。すっかりゼンノさんとも仲間意識が芽生えてしまったな。たった一週間だけだったけど、一緒にここまで頑張ってきたもんな。
「きっと、勝てるさ。俺を信じられないのか?」
「女をとっかえひっかえしてるような奴はね!」
「だーかーらー、それ誤解だって!」
ユナの奴め、適当なことばかり言いやがって。
「なーんて、冗談だよグレン。私はいつでも、アンタを信じてるから」
「本当に?」
「本当よ。今日だってまだ、私達には言ってない策があるんでしょ? 分かってるわよ」
やっぱり、エリナには隠し通せないか。
「あぁ、あるよ。でも出来れば、使いたくないけどな」
イーノとアクラッツが卑怯な手段を使ってくるのなら、俺は受けて立つ。だが釈然としない気持ちもある。結局、互いに汚い手でやり合ってるだけなのでは、と。
「同じ穴のトロール、か」
こういう時は基本に立ち返らないとな。俺は今、何がしたいのか。一番大切なものは何なのか。
エルフの国を守ること、戦争を回避することだ。
俺が手を汚して、それで平和な日々が得られるのなら……やる価値はある。
「ゼンノさんとホーリィはもう、行っちゃったわよ」
「あっ、そうだったな」
リンチ区とヘイレン区の様子を、あの二人は見に行くことになっている。両区は農民が大半だ。彼らの朝は早いし、昼間は仕事で手が離せない。なので両区の投票所も夜明け前、というか深夜と呼ぶべき時間帯から開かれていた。
投票人数もそれぞれ200人程度と少なく、夜明け前からほとんどの住民が投票を終わらせてしまうことが予想されていた。だから開票結果もこの二区が真っ先に告示される。
ゼンノさんとホーリィにはその結果をいち早く、俺に届けてくれるよう頼んでおいた。
そしてワイルド区、ローズ区だ。昨晩もエロフ祭りは開催されたことだろう。兵士達もエロフも、お互いが大いに楽しんだはずだ。そして実際に肌を重ねることで両者の間に横たわる蟠りもいくらか解けてくれたらいい。
ローリエには、ゆっくり寝ててもらおう。彼女は本当によく頑張ってくれた。最後の一押しは、この俺がやる。
「なぁ、エリナ」
「えっ?」
「ここまで俺に付き合ってくれてありがとう」
「ど、どうしたのよ急に!?」
「いや、他意はないよ。純粋に礼を言いたかっただけだ」
「止めてよ、気持ち悪ーい!」
「だってさ、この戦いを乗り越えたら俺達は、いよいよエルフの国へ行くんだぜ?」
「ええ、そうね」
「実質、これが最後の戦いだ。この選挙戦に勝って、戦争を回避して、俺はアルフヘイムでのんびり暮らす。みんなと……もちろん、お前とも」
「うん、頑張ってね」
アイオミ区。
有効投票者数、約2000人。
ライネ市最大の激戦区。ここで得票出来なければ、俺は勝てない。
「さぁて、行くとするか!
背筋を伸ばし、気合いを入れ直す。
視界の先、山稜に明かりが差す。太陽がひょっこりと顔を覗かせる。
日が昇る。
戦いが、始まる。