第13話 お金で住人の理解を得よう!
ドンドンドン!
「すいませーん! ちょっとお話聞いてはもらえませんかー!?」
「あー、何だいこんな朝っぱらから!」
ドタドタと足音を響かせて、住人のおばさんがドアを開けた。
「おはようございます、マダム。早速ですが今度の市長選、是非ともゼンノ候補に清き一票を!」
最高の営業スマイルと共に俺は言った。
「あぁ!? 誰があんなハゲになんか投票するってんだい。おとといきやがれ」
「ちょっと、手を出してください」
「あぁ!?」
チャリーン!
「かーっ! こんな金貨一枚でアタシを買収しようってのかい? 薄汚いやり口だねぇ! かーっ!」
チャリーン! チャリーン!
「かーっ! 金貨三枚だって! ……話くらい聞いてあげてもいいわ」
チャリーン! チャリーン!
「五枚も!? やるじゃないか、このアタシをその気にさせるなんてね」
「ありがとうございます。エルフの森を守ろう!」
「エルフの森を守ろう!」
こうして俺は一軒ずつ、地道な挨拶回りを開始した。俺の背後には二台の馬車。満載の金貨。ここでもオークの便利屋達が役に立ってくれた。彼らはその容姿で人間から見下されがちだが、俺にとっては勤勉で義理堅い頼れる仕事人達だ。
既にエリナとホーリィはゼンノさんとその少数の支援者達を伴いリンチ区、ヘイレン区へと向かった。あっちは不正などせず、純粋に街頭演説で住人の理解を求める手筈だ。
俺は、俺のやり方でこの最大の選挙区であるアイオミ区を攻略する。
そしてローリエ。今回の彼女の役回りは非常に重要だ。俺の指令を快諾し、ローリエはアルフヘイムとの国境線へと向かった。途中で人間達に正体がバレると襲撃される危険性があるので慎重に行動するように言い含めてはおいたが、果たしてうまくやってくれるだろうか。
ローリエの働き次第で、ワイルド区とローズ区、ほぼ攻略不可能に思える両区での戦いにも希望が見えてくる。更に俺の策とローリエの隠密任務が合わされば、最大の効果を生んでアクラッツとその背後にいるであろうイーノに一泡吹かせることが出来るはずだ。
こういう大規模な市長選挙がある町には、必ず集まってくる奴らがいる。大きな荷馬車を引き連れて、たくさんの“流し”の商売人達が大通りを通行していた。
今の国内の選挙制度はほぼ形骸化している。クリーンな選挙戦にはならず、大抵が権力側に阿る候補者が資金力をバックに大手を振り当選する。
つまり、選挙戦には金のバラ撒きが付き物なのだ。商売人達は町が金で潤うタイミングに合わせてぞろぞろとやってきて、住民に高価な品物を売りつけようとする。普段なら高級品には手が出せない住民達も、この時ばかりはついつい浮かれて高い買い物をしてしまうって寸法だ。
「普通ならアクラッツが金をバラ撒いて終了だが……対抗勢力であるこっちが更に大盤振る舞いで金をバラ撒いたらどうなるか、見物だぜぇこれは」
町に金の音が鳴る。
「エルフの森を守ろう!」
「エルフは友達!」
「戦争反対!」
「平和な社会!」
人々の声、また声。
俺の平和的な選挙活動によって次々と、旗色は変わってゆく。
「エルフを森をみんなで守りましょう! ゼンノ候補に投票を約束してくださった方には、選挙後に追加で“お礼”を致します! 是非とも今度のライネ市長選はゼンノ候補、ゼンノ候補に投票をお願いしまーす!」
さぁこれだけド派手にブチかましたんだからそろそろ、何らかのリアクションが返ってくるだろう。それを、俺は待っている。
そしてようやく、その時は訪れた。
「随分と薄汚い真似をしているようだねぇ、レオンハート君」
ガッチリと周囲を重装兵にガードされながら、そいつはやってきた。苛立ちを抑えきれず、こめかみをピクピクさせながら。
「おや、どなたかと思えば……イーノ総督じゃありませんか。こりゃどうも。金貨、いります?」
「この僕をバカにしているのかい? そんな端金、いらないよ」
「あら、そうですか。ところで今日はどうされたんです? 見回りですか?」
「はぁ~? 君が悪事を働いてると聞いて、本当かどうか様子を見に来たんだけど?」
「悪事? 俺がですか? 俺はただ、アイオミ区の住人達にゼンノ候補への投票をお願いしに回ってるだけですよ。挨拶回りは選挙の基本です。いけませんか?」
「現金を、バラ撒いてるそうじゃないか」
「え? そうなんですか!? この俺が、現金を!?」
「とぼけるなよ、おい」
「ふーん、そっかぁ。記憶にありませんね。だったら住人達に聞いてみたらどうですか?」
まぁ、金を受け取ったなんて言うわけないけどな! 一応、建前上、現金のバラ撒きは違反行為だからな。受け取ったと証言すれば罪に問われる。それにアクラッツ側も同じことをしている以上、イーノはそこまで深く住人を糾弾は出来ない。“同じ穴のトロール”というやつだ。
「君さぁ、自分の立場を分かってるの?」
「え、無職ですけど?」
「あんまり愚かしいことやってると、潰すよ?」
「こわい、泣きそうです」
「はぁ……よくもまぁそんな舐めた態度が出来るよねこの僕に」
「あの、俺も暇じゃないんでそろそろ行ってもいいですか?」
「待ちたまえよ、レオンハート」
イーノの合図で兵士が槍をクロスさせ、俺を押し留めた。へぇ、どうする気なんだろうね。
「ちょっと話をしないか。二人きりで」
「仲直りの話し合いですか?」
「あぁ、そういうことだ」
「それはいい。平和的な解決方法を一緒に模索しましょう」
「僕についてきなよ、レオンハート」
イーノがでっぷりと太った二重アゴをしゃくり、先に立って歩き出した。こういう展開を待っていた。楽しいことになりそうだな。