第11話 イヤな奴!
「イーノ……」
「まさかこんなところで君に会うとはね。宮廷から追放されこんな僻地にまで流れてきたのかい?」
嘲りを含んだ声音。こいつとは初めて会った時から本当に気が合わなかった。為政者としての実力も人望も無いくせに、ムノーの息子というだけで幼少期からチヤホヤされ戦略の一つも知らないうちに軍の総督にまで抜擢された、閥族政治の申し子みたいな男。
「あなたは相変わらず、元気そうですね」
「ふふん、君がいなくなってヤンク王国の財政問題も随分と見通しが明るくなったよ。やはり無駄な研究費用は削って正解だな」
やはり、宮廷薬法師の研究予算はカットされたか。そりゃ一時的には効果が出るだろうよ。しかし長い目で見れば、兵士も魔導師もティマーも、大きな損失を被ることになるはず。俺を追放し、他の者に果たして代わりが務まるのか。
「そうですか。それは良かった。ならば俺も心置きなくこの国を去ることが出来ます」
「おや、どこへ行くつもりかな?」
「あなたには言う必要がありません」
「へぇ、態度悪いじゃんレオンハート君。君みたいな卑しい出自の人間が、僕にそんな反抗的な目をしていいと思っているのかい?」
「俺はもう、この国とも宮廷とも無関係の人間です」
どうしても、心がささくれてしまう。こいつと話していると嫌悪感で語気が荒くなる。
「おっと、そうだったね。無能過ぎて追放されちゃったかわいそうな薬法師くん」
「……」
唇を、噛む。エリナが俺の腕を掴んだ。
「大丈夫だ。暴れたりしないよ」
心配そうな顔をしている相棒に声をかけ、努めて冷静さを維持する。
「女を侍らせていいご身分だねぇ。ま、精々頑張って貧乏生活をエンジョイするといいよ。僕はこれからとても忙しくなるから、君と長々と雑談している場合じゃないのだ。我が国の栄光の為に軍を率いてゆかなくてはならないんでね。これにて、失礼するよ。はっはっは!」
イーノの合図で一団は再び動き出した。俺はエリナと共に脇へ避ける。高笑いするイーノを担ぎ、兵士達はゆっくりと行進していく。その最後尾に、漆黒のローブを纏った魔導師の姿があった。
「あれは……」
フードを脱ぎ、魔導師が俺の方を向く。
「ユナ」
「グレン様、お久しぶりです」
懐かしい顔だ。俺の教え子の一人、薬法師のユナだった。小柄な体躯、おかっぱ頭に童顔。顔に似つかわしくない程よく発達した胸がローブをぐっと押し上げている。
「お前が、俺の後任か」
「いえ、主任は別の方が。私は志願してイーノ様に付き従っています」
「宮廷のみんなは、元気にしてるのか?」
ユナが、かぶりを振った。
「良くはありません。ただ、この場ではお話はちょっと……」
「あぁ」
ユナは軽く頭を下げ、兵士達の列へ戻った。何か言いたげな様子だったが、強引に呼び止めるわけにも行かないな。
一団が去り、辺りに人気が無くなってから、俺は大きくため息をついた。
「今の人は知り合い?」
エリナはユナの事が気になるようだ。
「同僚だよ。俺が薬法師としての技術を叩き込んだ魔導師の一人だ」
「そうなの」
「優秀な薬法師だ。俺の後任を抜擢するなら彼女が最適だろうと思っていたが……そうか、別の人間がやっているのか」
どうせ、イーノかムノーの人選だろうな。自分達にとって都合のいい人間を割り当てたに違いない。
だがここでユナに会えたのはもしかしたらラッキーかもな。彼女なら、こっそり俺に情報を横流ししてくれる可能性はある。