第10話 宿敵との再会
結局、相手と同じように裏技で戦うしかないよなぁ……。
そんな事を思いつつエリナと二人、日暮れが迫る大通りを宿へ向かい歩いている。静かな町だ。昼間は商店で賑わうこの一角もとうに店仕舞いをしていて、人通りは減っていた。子供達が嬌声を上げながらすれ違う。
遠く、アルフヘイムの山々が見えている。あの国が俺の旅の最終目標地点だ。エルフ達と穏やかな余生を送ること、その為に、俺はこの選挙戦で何としてもゼンノ市長候補を勝たせたい。戦争など、絶対にやらせはしない。
「ねぇ、グレン」
「ん、何?」
「私、ふと思ったんだけど……もし仮にこの選挙戦に勝ったとして、ゼンノさんが市長になるじゃない?」
「うん」
「それでもイーノ総督が無理やりエルフの国へ戦争を仕掛ける可能性はあるんじゃないの? 選挙結果なんか無視して」
「おぉ、いい着眼点だなエリナ」
「ニヤニヤしないで。真面目に答えてよ」
「その可能性は、ある」
「やっぱり」
「でも、そうはならないと思うよ、実際」
俺はヤンク王国の成り立ちについて簡単に説明をした。
王政へ移行する前、まだ“ヤンク共和国”だった時代から、我が国の元老院は強大な発言権を持っていた。彼らは未だに宮廷の政務に対して強い権限を持ち、自分達の子飼いの者を政務官として任命し、元老院の意向に沿う形で政策を決議させようとする。俺から言わせれば“老害”だ。社会の実情を見ず、所詮は派閥内の狭い狭い政治の世界のみに生きている年寄りども。
で、元老院の連中はとにかく頭が固いから選挙という昔ながらの形式に強い拘りを持っているのだ。透明性のある政治、市民の総意による公明正大な代表者選出。まぁこんなもの、今ではとっくに形骸化しているが。
アクラッツが恐喝や現金バラ撒きをしていたところで、咎める者は一人もいない。元老院までは報告が上がらない。宮廷で強権を持つムノー宰相と軍部の総司令官イーノ総督が、不正を握り潰すだけだ。
「だが、選挙当日は話が別だ。元老院にも一応のプライドがあるから、開票時には立会人を用意するはずだよ。イーノ派ではない、公正な判断が出来る立会人をね」
「だったら選挙に負けてもそれを無視して無茶な行軍、っていうの出来ないのね?」
「多分、な」
それでもあのイーノだったら、やりかねないが。そんなに頭が良い奴じゃないから後先考えずに突っ込む可能性はゼロではない。
「さっきも言ったように、正攻法では勝ち目は無い。卑怯な手を使う事になるだろう。でもそのやり方は、よくよく考えないといけないな」
「あのお金を、使うんでしょ?」
「あぁ、それがまず一つだ」
今の俺の軍資金、2万枚にも及ぶ金貨。それは持ち運ぶには途方もない量なのでワイバーンで近くまで運搬した後、森の中に埋めてきた。あれを使い、アクラッツと現金で市民を殴り合うマネーゲームに興じてみるか。そうすれば、事態は少し面白い方向へ流れてゆくはず。
あと5日間。残された時間はあまりに少ない。だがギリギリ、間に合うと思う。宿に帰ったらみんなと打ち合わせだ。忙しくなりそうだな。
と、その時だった。
「グレン、あれ!」
エリナが、とある場所を指差した。
重厚な甲冑に身を包み、槍をこれ見よがしに掲げながら先頭を行く兵士。その後ろに豪奢な飾りが施された馬車。馬車を取り囲む重装兵団。
ガシャリ、ガシャリと重々しい金属音がこちらに届いてくる。
「……アイツはっ!?」
でっぷりと醜く肥え太った姿。猜疑心の強そうな瞳が、こちらへ。
「イーノ」
わざわざこんな僻地まで、直々に視察に来たわけか。俺の姿を見つけ一瞬だけ驚いた顔をした後、イーノは実に厭らしい笑みを浮かべた。
イーノがさっと手を上げ、それを合図にして一団はその場に停止する。
かつて、この俺の宮廷主任薬法師としての任を解き追放した男、ムノー宰相の一人息子。
「おやおや、おやおやおや~? レオンハート君じゃないか!」
粘っこいその声が、俺に投げ掛けられた。