第1話 親切すぎる子供達
いつの間にやら、すっかり気候は涼しくなり木々も見事に黄色や赤色で色づいている。長旅という程では無かったが、季節が移ろうくらいの時間は経過していたということだ。この間、色んな事があった気がする。
落葉が始まるとすぐに、ヤンク王国には雪が降る。王都の積雪量はそれほどでも無いが、急峻な山々を抱くエルフの国に隣接するこの町にはきっと、それはそれは大量の雪が降り積もるのだろう。
ヤンク王国の西の最果て、アルフヘイムに接する国境線の町、ライネ。ようやく俺たちはそこへ到着した。
「着いたー!」
ローリエが町の入り口のアーチを抜けて飛び跳ねている。本当にいつも元気いっぱいなやつだ。
「へぇ、ここがライネですか。辺境の割に栄えていますね」
これはホーリィの感想。
そう、ライネは王都から遠く離れているにも関わらずとても栄えている。それは何故か。皮肉なことに、人間とエルフの不仲のせいである。
国境線沿いに常に諍いが続いているせいで、治安維持の為にこの町には相当数の兵士が常駐している。彼らの居住区がまず開発された。そしてそこへ商売人達が流れ着き、更に周辺の地域から人々が流入してきた。
当初は軍事拠点として拓かれたはずの町が今や、辺境ながらにヤンク王国屈指の都市として発展しているのはとても皮肉めいている。
戦争は、金を生むのだ。
だが俺達にとってはどうでもいいこと。この町を経由したのも穏便にエルフの国へ入る為に過ぎない。ここから森へ分け入れば、いずれどこかでエルフの“歓迎”に遭うだろう。幸いこちらにはローリエがいるし、俺も少しは顔が利く。揉め事にはならない可能性が高い。
「さて、目的地はもう目の前。幸いにして資金も潤沢」
ていうか、あれから圧倒的に増えた。金貨2万枚。とんでもない額だ。これが今の俺達の資金。
「というわけで、ここはパーッと豪勢に散財しよう!」
「いよっ! 待ってました!」
エリナが拳を突き上げ、
「素敵! 抱いて!」
ローリエがもはやお決まりのセリフを言う。
「何が食べたい?」
「「肉!」」
エリナとローリエの声が重なる。その隣で無言のままニコニコしているホーリィ。
「ホーリィも肉でいい?」
「ええ、私は何でも」
「じゃ、決定で」
やはり肉だ。贅沢と言ったら肉。それにこの辺りは海が遠いから魚はほとんど見かけない。
アルフヘイムとの国境線を守る兵士達は相応に金を持っているので、兵士向けのちょっとした贅沢が出来るお店は結構多い。大人向けの娯楽を提供するお店も。
「よーし、肉を、肉を食うぞ! お前達!」
「「「うおーっ!」」」
気分は蛮族。野太い雄たけびを上げつつ、メインストリートへ繰り出そうとした矢先のことだった。
3人の子供達が楽しそうな笑い声と共に俺達の前を横切った。
「おい、早く行こうぜ」
「待てよー」
「何をそんなに急いでるんだよー?」
どこか遊びに行くのかな?
微笑ましい光景だ。
「広場でアクラッツ市長候補の演説があるんだぜー。酪農が盛んなリンチ区、通商路を囲むようにレンガ造りの民家が立ち並ぶヘイレン区、エルフの国に接するワイルド区、ローズ区、そしてライネの商業の中心であるここ、アイオミ区という特徴的な5つの区からなるライネは近々二人の市長候補が激突する選挙が行われるんだけど、その一方の候補者、アクラッツ氏が中央広場で演説するんだぜー」
「おい、本当かよ!? あの“エルフの森を焼こう”を公約に掲げるやり手政治家のアクラッツ氏が!?」
「駐在している兵士にも特例で選挙権を認めているこのライネにおいて絶対的支持を誇るあのアクラッツ氏の演説なら見逃がせねぇぜ。なにせアクラッツ氏が当選したらいよいよイーノ総督率いるヤンク王国正規軍がアルフヘイムに侵攻し長年に渡る争いに終止符を打つ計画らしいからな」
わいわい言いながら子供達が広場の方へ駆けていった。
……不思議だ。俺は今、この町が置かれている状況に急に詳しくなった気がしている。
「肉の前に、とりあえず広場に行ってみよっか」
必然的に、こう言わざるを得なくなってしまった。