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転章 エルフの国と破局の予兆

 アルフヘイム。通称、エルフの国。

 太古の時代、世界中に散らばっていたエルフ達がこの地に(そび)える世界樹(ユグドラシル)の下に集い建国したとされる、エルフ単一種族の国。人間は、ほとんどいない。その他の種族も交易の為にこの地を訪れることはあっても定着する者は皆無。


 エルフの、エルフによる、エルフの為の国。

 雄大な自然を抱き、静かに時が過ぎる魔法国家。


 ユグドラシルにほど近い、広葉樹の上に作られた星見台にて。


 二人のエルフの少女が、水を満たした銀製の浅底の皿に目を凝らしている。水面に触れるか触れないかのところに小さな水晶を垂らし、真剣な眼差しで“何か”を見続けていた。


「水面に波を立ててはいけませんよ。精神を研ぎ澄まし、水晶と水面の接点に集中なさい」


 彼女らの背後、本を片手に部屋をゆったりと歩くエルフの女性。静謐(せいひつ)な間に雑音を立てぬよう、しかし教え子達に適度なプレシャーを与えるように摺り足をしている。

 淡い水色と緑色の羽衣を召しているのは上級エルフの証。長い髪を頭頂部で髪留めを用いて幾重にも結わえ、金の鳳凰を模した髪飾りをつけている。


 アルフヘイム第一王妃、ヴァレリア。国内屈指の魔導師にして、占星術や魔法を用いた未来予知により国家の趨勢を見極め指導する、為政者兼教育者である。

 精強であったエルフの王は他国との戦争により没し、今は彼女が実質的な国のトップを担っている。次代の王はまだ若く、至らぬところが多い。隣国であるヤンク王国は血気盛んで、国境線上では小競り合いが続いている。ヴァレリアの双肩には重責が圧し掛かっていた。


「未来予知をするには時の流れと我が身を一つにする必要があります。リノ、クルル……魔法の才に恵まれているあなた達ならきっと、出来るはずです」


 多忙な業務のプレッシャーなどまるで見せず、落ち着き払った声で教え子たちを激励する。


 が、それから程なくして、リノが先に音を上げた。


「む、むり~!」


 水晶を垂らす腕が痺れて思わず水面に落としてしまった。水が跳ねてテーブルを濡らす。


「私も!」


 つられてクルルも、水晶を置いて天井を見上げ大きく息を吐いた。


「あらあら、二人とも辛抱が足りないわね」


 ヴァレリアは咎めるでもなく穏やかにそう言った。超然とした雰囲気を持つエルフだった。


「本当に、未来を視ることなんか出来るんですか?」

「出来るのー?」


「ええ、あなた達ならきっと。けれどその前に、たくさん練習しなくてはいけません」


「えー」

「やだー」


 口を尖らせ不満を言う子供らに向かい、ヴァレリアは肩を竦めて見せた。まだこの年齢では魔術の何たるか、魔導師の何たるかは理解できない。後進の育成に対する焦りは無かったが、他の懸案事項はいくつかある。


 ヴァレリアが思いを巡らせていると、木々を飛び渡り星見台へと一人の青年エルフがやってきた。彼の表情は硬く、その眼差しは曇っていた。


「ヴァレリア様、ご報告に上がりました」


「ご苦労。“あちら”の様子はどうでしたか」


「はっ。ライネの町では近々行われる市長選へ向けて政治活動が活発になっているようです。戦争容認派の市長候補が有利である、とのことです」


「やはり、そうですか。ではこちらも準備を進めておかなくてはなりませんね」


「戦争の、ですか」


「ええ。人間達はいよいよ実力行使に出るつもりでしょうから。我々はこの国を、民を、魔法を、世界樹を……何としても守らなければ」


 憂いを帯びた瞳は空を睨んだ。ヴァレリアの脳裏に浮かぶ、かつて愛した男の飄々とした顔。

 彼女は子供の落書きよりも酷い筆跡で書かれた本の表紙を指でなぞり、言った。


「国境線へ弓使いと魔導師達を配備しなさい。迎え撃つ用意はあると、人間達に示しておくのです」


「承知いたしました」


 深く(こうべ)を垂れる青年エルフ。

 事情を知らぬ子供達はきょとんとした表情をしていた。


 ヴァレリアの懸案事項のうち一つはこれだ。人間との戦争。その可能性が段々と大きくなってきた。避けられぬのなら立ち向かうしかない。どれだけ多くの血が流されようと、野蛮な人間達にただ黙って蹂躙されるつもりはない。


 そして懸案事項のもう一つ。これはまだ誰にも言ってはいない。

 かつてない規模の災害、天変地異、あるいは争乱の予兆。未来予知が指し示した恐るべき凶報。

 そう遠くない未来に、それは必ず起きる。

 恐らく此度(こたび)の人間との戦の事ではないだろう。もっと異質な、遥かに強大な力を感じた。


 どす黒い不安がヴァレリアを襲う。


 こんな時……。


「あなたが私の(そば)に居てくれたなら……」


 口を衝いて出たのは、その名前だった。人生のほんの一時、とても濃密な時間を共有した掛け替えのない人間の魔導師。


「グレン」




 破局(カタストロフ)の時は近い。

 だが誰も、それに気付かない。


 アルフヘイムの大森林を抜けた先、エルフ達が忌避し“死の砂漠”と呼称する荒涼たる地が今、静かに蠢動(しゅんどう)を始める。

 流砂を撒き散らして太古の遺跡が地上へと露出した。




第二章 ダンジョンの禍々しき!薬をキメて一攫千金!! 了


第三章 焼け!エルフの森!!不正選挙大決戦!!! へ続く


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