第16話 ソフレの誘惑
金貨1万枚。それが現在の俺の所持金である。
ここまで来るともうバンカラ中の富が俺に集中したんじゃないかとさえ思えてくる。手押し車が列を成し俺の背後をついてくるが、誰もあれに積載されているのが全て金貨だとは到底思えないだろう。あまりに非現実的な光景だった。
それでもなお……。
「この一番デカいのはどこで売ればいいんだ?」
特大の麻袋に入れ、俺が背中に担いでいる成体アラクネの目玉。もう、この町にこいつの買い取り手はいないだろう。
これの他にもまだ数個、幼体の魔晶石が残っている。
さすがに派手に立ち回りすぎたし、バンカラの質屋に一度にたくさんの魔晶石が集まりすぎたから明日から価値は暴落してしまうはずだ。そろそろ、どこか別の町へ行くか。
エルフの国、アルフヘイムへの旅費としてはもう十分過ぎるほど。残った金はこれから先、一生を過ごさせてもらうつもりのエルフの国に対する手土産にする。
宿は中心地から少し離れた場所にあった。周囲に小規模なダンジョンがいくつかあり、冒険者達がよく利用する安宿だ。
のどかな風景の中をオーク達がぞろぞろと手押し車を手に進行する。俺はその先頭車両の荷台に乗り込み、流れゆく風景を眺めていた。
視界の先に、エリナ達がいるであろう宿が見えてきた。
「ふぅむ……あれは?」
何だか騒がしいな。人がたくさん集まっている。大きな冒険者パーティでもやってきたか。いや、にしては装備らしい装備もしていない。
宿の近くまでやってくると、俺を見つけたエリナが駆けてきた。
「おかえりなさい、グレン」
「あぁ、ただいま。ってそれよりもこの行列、どうしたんだ?」
「あー、これ、ね」
むさ苦しい男達が整列して、代わる代わる宿の中へ入ってゆく。宿から出てきた男達は皆、ぼーっと夢見心地な表情をしていた。
まさかこの宿、風紀が乱れてるんじゃないだろうな? あまり表には出せない商売をしているのでは?
エリナが苦笑しつつ、立て看板を指し示す。
「ん、何だあれ?」
いかにも手書きで急ごしらえしましたといった風な木製の看板。そこには“ソフレ:1回銀貨4枚”と書かれていた。
「ソフレ?」
「あーっ! グレンさん!」
その時、威勢のいい声を上げながらローリエが宿から飛び出してきた。
「ローリエ、まさかこれ、お前か!?」
「はい! 待ってる間暇すぎたので新しい商売を始めてみました! 添い寝フレンド、略してソフレです。日頃何かとお疲れの男性方と添い寝して、私の癒しパワーで元気になってもらおうという、慈善事業です!」
「何が慈善だ、金取ってるじゃねぇか!」
「はい、チップですね」
「堂々と看板に値段書いてるけど?」
「慈善事業です」
「その腰にぶらさげた袋は何だ? 随分たくさん入ってるみたいじゃねぇか」
「チップです。もし良かったらグレンさんも……添い寝してみます? ソフレ」
「結構だ。俺を誘うな、俺を!」
「あ、でもでも……グレンさんだったら“ソ”じゃなくて“セ”でもいいですよ?」
「……試しに一回」
後ろからエリナに助走つけて殴られました。