第11話 アルハラされる薬法師
「ええい、チクショウめ!」
道端の木箱を蹴飛ばして粉砕し、ノリスが盛大に悪態をつく。
「まぁまぁ、落ち着きなよ。金貨50枚だって大した報酬じゃないか」
「いいや、ウォード、我慢ならねぇ! 本来なら300枚だぜ!? それをだな、ちょっとヒビが入ったくらいで50枚まで減らされるとはよ!」
「僕も悔しいが、冒険者がギルドに反抗しても何の得にもならないよ。まずは落ち着こう」
「ケッ! 酒でも飲まねぇやってられねぇよ! お前ら、俺の憂さ晴らしに付き合ってもらうからな!」
ノリスはウォードと俺の首根っこを掴んで引き寄せた。あ、汗臭いよぉ……。
「チクショー! 今日は朝まで行くぞ、オラァ!!」
ノリスが天に向かって吠える。
えーマジかよー。俺、そんなに酒は飲まないタイプなのに。ってか、魔晶石を割ったのはお前だろうよ、ノリス。明らかにあれ、剣じゃなくてもっと大質量の得物を叩き付けたような割れ方だったぞ?
「ふぅ……君ってやつは。仕方がない。一応、Sランクの依頼は誰一人欠けることなく無事に達成できたわけだし、ここは新たなメンバーとの親交を深める会としようじゃないか」
ノリスは強引に俺とウォードを引っ張り、飲み屋に突入した。まだ昼過ぎだぞ……おい。
というわけで昼間からバンカラの古びた飲み屋で酒を飲んで大暴れすることになった俺達であったのだが……。
「ちょっと、休憩! 休憩させてくれよ!」
「何ーっ! グレンてめぇ、俺様の注いだ酒が飲めないってのか!?」
ノリスが見た目通りの酒豪っぷりでグイグイと酒を飲み干し、俺にも強引に酒を勧める。いや、無理だって! 俺はそこまで酒に強くないんだよー!
「ほれ、ぐびっと、ぐびっといけ!」
「むごごご……」
後頭部を押さえられ、無理やり口に酒を流し込まれる俺。ひ、酷い接待だよ……。
「ノリスさん、そんなに飲ませたら可哀想ですよ」
ホーリィがノリスを制止しようとするが非力な女性の力では当然止められない。ウォードなんか、早々に遠くの席へ逃げて女の子を口説いてやがる! あの野郎……ノリスの酒癖の悪さを知ってやがったな!?
あーダメ、視界がグラグラしてきた。ダンジョンに潜ってハードな戦いをした後で、この脳筋野郎はどうしてこんなに飲めるんだ。アルコール耐性がSランクだよ。
「あっ、グレンさん!?」
思わずふらついて椅子から転げ落ちる俺。回る景色、そして心配そうに俺を覗き込むホーリィ。俺の記憶は、ここで一度途切れることになる。
「おーい、お兄ちゃん。そろそろ閉店だよー?」
「うーん、むにゃむにゃ……やわらかい……おっぱい」
「お兄ちゃんがさっきから揉んでるのは俺の胸だよ」
「……え?」
うっすらと開けてゆく視界。俺の目の前にしゃがみ込む、屈強な飲み屋の店員。あれ、俺はどうしてこんなところで……?
「あっ! もしかして俺、眠っちゃってました!?」
「おう、ずいぶんと気持ちよさそうに眠ってたじゃねぇか。でもお仲間が駄賃を置いていってくれたからよ、何なら朝まで店で寝てくか?」
「そりゃ有難い話……」
もう一度惰眠を貪ろうかとする寸前、俺はある事に気づく。
「あの……俺のバッグは?」
「あぁ、お仲間の冒険者さん達が預かっておくって、持って行ったぞ」
「何っ!?」
しまった!
まんまとハメられたか!?
さては、始めからこの俺を酒で酔い潰して荷物を奪うつもりだったのか。
あのバッグの中にはいくらかの金貨と、俺の作った多くの薬が入っている。
「奴ら……あの薬を使ってもう一度ダンジョンに潜る気か」
立ち上がり走りだそうとするも、足がもつれてしまう。すぐさま屈強な店員が立派な胸で抱き止めてくれた。惚れそう。
……いや、冗談言ってる場合じゃないぞこれは。
薬の効能は俺しか知らない。瓶に貼ってある紙も、あいつらじゃどうせ読めないだろう。俺の字が汚すぎて……。
もし、間違った薬を飲んでしまったら、取り返しのつかない事になる。しかもきっと、ホーリィもウォードとノリスの計画に巻き込まれているに違いない。
「おいお兄ちゃん、その酩酊具合じゃ無理だぜ」
「心配ご無用。こんな事もあろうかと……“薬”は用意してあるから」
この俺に対し、随分と舐めたマネをしてくれたものだな……“ウォーナイツ”。
こりゃあたっぷりと、お仕置きしてやるしかないよなぁ。