第10話 ケブラ・アラクネの目玉、確保!
その時は、唐突に訪れた。
ダンジョン60階層。
水の流れる音が絶えず聞こえている。大きな地下水脈が、近くにあるのだろう。
「あれは……」
ホーリィと二人、ダンジョンの狭い通路を進んでいた俺は、通路の向こうから人影がこちらへ向かってくるのを確認した。
さっきから悲鳴にも似た甲高い声や激しい打撃音が洞窟内に鳴り響いていたから、ウォードとノリスが激闘を繰り広げていることはわかっていた。あれだけ大立ち回りを演じていれば、それに引き寄せられて魔物の方から寄ってきたことだろう。
通路の天井を覆いつくさんばかりに、折り重なるようにして蜘蛛の巣が張られていた。人間一人くらいなら容易に絡めとりそうな、粘性と剛性を併せ持つ糸。
間違いない、鋼糸蜘蛛だ。
「ハーハッハ!」
高笑いと共に、何かを両手で重たそうに抱えたウォードが姿を見せた。その隣には鼻息を荒くして肩をいからせたノリスが。
「見たまえ、君達! これが今回の依頼品、鋼糸蜘蛛の目玉だろ!」
ウォードが手にしていたのは切断されたアラクネの頭部だった。そして確かに、妖しく光る複眼が、その頭部には収められていた。が……。
「割れてるぞ……それ」
あーあ、チクショウめ。あれじゃ魔晶石本来の価値は半減以下だ。魔法か何かで加工しなければ魔力を蓄えておくことすら出来ない。ライラック・ギルドに持ち帰っても依頼達成として認めてもらえるかどうか。
「大丈夫だ、細けぇことは気にするな! さぁ、帰って祝杯を上げようじゃないかーっ!」
ノリスが白い歯を見せて豪快に笑い飛ばし、俺の肩をバンバン叩く。かなり痛い。
「えーもうミッション達成ですか? 私も鋼糸蜘蛛の実物を見てみたかったですぅ!」
ホーリィは不満そうな顔。俺なんてもっと不満だよ! せっかくのレア素材が台無しだ。まぁ俺のものになるわけじゃないけど。
意気揚々と引き上げようとする“ウォーナイツ”の面々と尻目に、俺は微弱な風の魔法で渦を作り、天井の蜘蛛の巣を丸めながら回収してゆく。これくらいは持って帰らないと勿体ない。欲を言えば生きているアラクネの体内から新鮮なものを摂取したかった。時間が経過すると糸はどんどん脆くなってくるからね。
「きっと、滅茶苦茶に叩き潰したんだろうなぁ……」
さぞや残酷な解体ショーだったに違いない。名残惜しいからアラクネの様子を見に行こうかと思ったが、止めておく。俺が隊列から外れるとホーリィが迷子になった時に助けられる者がいなくなるし。
「チッ、一旦戻るとするか」
独り言を呟く。その時、天井から砂粒がはらりと俺の肩に降ってきた。素早く視線を上に。黒くて細い脚が、亀裂のように縦横に走る洞窟の横穴へと滑り込んでゆくのを、俺は確かにこの目で確認した。
「へぇ……やっぱりまだいるんじゃねぇか」
これだけの巣を形成するんだから、一匹だけのはずはないと思っていた。
ふふふ……こりゃあ後程、再トライする価値は十分にあるな。
「うふっ……ぐふふっ……」
思わず笑っちまう。指先で球体に仕上げた糸を弄びながら、俺はスキップして仲間の背中を追った。




