第8話 ハイになるお薬
「とっておきのやつを、見せてやるぜ!」
肩に背負った麻袋の中に手を突っ込んでゴソゴソと探り、小さな瓢箪型のビンを二つ、抜き出す。
「ウォード! ノリス! これを飲めーっ!!」
二つのビンが放物線を描いて宙に舞う。それはとっておきの秘薬。無数の首を持つ魔獣、多頭毒蛇の胆汁に含まれる猛毒を魔素分解して精力剤として成分を再構築したドリンク剤、“ブラック・ワークアウトX”だ。
ウォードとノリスはうまくビンを掴み取り、栓を抜く。そして同時に顔を顰めた。
この薬、効き目は最高なのだがにおいがとにかく酷い。腐敗した肉に糞尿を混ぜ込んだかのような鼻を突き上げる刺激臭があるのだ。
「こ、これ飲んでも大丈夫なのかい!?」
「臭ぇ……俺達を殺す気か!」
「時間がない! 早く飲んで! ぐいっと! 飲めばわかるこの効き目!」
ジオセンティピードが鋏角を開く。滴り落ちる唾液。
「ホーリィさん、立って」
俺はへたり込む豊満な魔導師の手を引いて立ち上がらせた。
「防御魔法は?」
「あ、はい! 使えます! 白の光よ……白の光よ……」
あ、これ詠唱にめっちゃ時間かかるやり方じゃん。声も、杖を持つ手も凄く震えているぞ……。
チラリと視線を向けると、鼻を抑えたウォードとノリスが覚悟を決めてブラック・ワークアウトXを飲んでくれていた。さすがにこちらの二人は判断が早い。
「むぅ……な、何だこれは!?」
ノリスが驚愕し目を見開く。ウォードも自分の胸を押さえ、口を開けて周囲を見回していた。二人の冒険者の体から立ち上る湯気と、魔力の輝き。俺が開発した即効性の精力剤は服用すればその者の潜在能力を無理やり発揮させ、通常の数倍の力を発揮出来るようになる。その上、周囲に存在する魔力を体内へ取り込み、それすらも力に変える作用をも持つ。
「よし、今の二人ならこんな魔物ごとき、一撃だ! 頼みますよ、大将!」
俺が発破をかける。
ジオセンティピードは背後に感じる強い魔力に反応し、首をぐるりと動かしてウォードらを睥睨した。
「凄い……体が、剣も軽い……」
ウォードの長剣が青白い輝きを帯びている。知らず知らずのうちに、剣に魔力によるコーティングを施したようだ。
ジオセンティピードはその輝きを生命力の強さと認識したのだろう。ウォードへ向かい、一気に大顎を開きながら突っ込んでいった。しかし、
ヒュン
風切り音が鳴った直後、その頭部は呆気なく切断され、壁面へぶつかった後で地面に転がっていた。
ウォードの剣筋が俺には視認できないほど速く、鋭くなっていた。
「は……ははっ……何という薬なんだい、これは。信じられない!」
ウォードの乾いた笑い。
「クソ、俺も暴れまわりたくなってきたぜ! おい、ウォード、このままダンジョン下層へ向けて突っ走るぞ!」
鼻息荒く大斧を振り上げてノリスが走り出した。
「ウオーッ!」
「おーい、落ち着け!」
って、聞こえてないか。薬の効果でハイになった二人は雄たけびを上げながらどこかへ走り去っていく。
俺とホーリィは取り残されてしまった。
うーん、ちょっと副作用強かったかなぁ?