第7話 頭上より襲い来るもの
40階層。
ここまで潜ってくるともう、他のパーティとすれ違うことも無くなった。
実際にはほぼ真っ暗闇なのだが、俺の薬の効果で視界をしっかりと確保し、迷いなく俺達は進む。
「さすがに連戦は堪えるな……鋼糸蜘蛛の出現エリアはまだかよ」
額に浮かぶ玉の汗を拭い、不満を言うノリス。
ダンジョン内は湿度が高い。あれだけ激しく動き回れば大量に発汗もするだろう。疲労もそろそろ蓄積されてきた頃か。一応、俺は荷物の中に疲労がポンと飛ぶ薬を忍ばせてはいる。だがまだ使いたくない。本命であるアラクネとの戦いまで、こいつは温存だ。
「シッ! 君達、静かにして!」
先頭を行くウォードが指を立てて俺達の会話を阻止した。
「この音、聞こえるかい?」
「音?」
ふむ、耳を澄ましてみれば……微かに。カリカリと硬い物質が壁を叩くような音がしている気がする。その音は段々と俺達の方へ近付いてきた。
やがて、そのややトーンの高い音に交じってずりずりと何かが地面を這うような音が聞こえてきた。
チチチチ……
この音は……いや、声かな。どこかで聞いたことがあるような……。
「ねぇねぇ、これ、何でしょう?」
相変わらずのんびりとした口調で言いながら、ホーリィが俺の袖をちょこんとつまんでくる。
「ん、これって?」
「ほら、このべっちょりした液体……」
ホーリィが掌の上に向け、俺に近づけた。粘性の高い、スライムのような液体が彼女の掌に乗っている。
「天井から垂れてきてますよぉ? 味見していいです?」
「いや……味見は止めといた方が……」
なるほど、そうか、この音の正体が分かったぞ。これ、鋏角を打ち合わせる音だ。蜘蛛やサソリみたいな節足動物の大顎。そして液体はきっと、唾液だ。天井からそいつが垂れてきてるってことは、だな。
そーっと、俺は天井を見上げてみた。まぁだいたい、何がいるかは分かってるんだけど。
「墓守・大毒百足か」
ダンジョンの天井にとぐろを巻いて張り付いていたのは、ちょっとしたドラゴン並みに巨大なムカデ。土葬が主流だったかつての人間墓地に頻繁に出現し、土を掘り起こして屍肉を漁ることから“墓守”という皮肉めいたネーミングがなされた、獰猛な肉食の昆虫型魔獣。
グレイブ・ジオセンティピード。しかも、俺がこれまで見てきた中でも最大サイズじゃねぇかこいつ。
「みんな、そーっと、そーーーーっと後ろに下がろう。あんまり上は見ない方がいいぜ」
小声で警告し、俺はゆっくり後ずさり始めた。下手に刺激するとよろしくない。
が、俺の願いは脆くも崩れ去ることになる。
「きゃあーーーー!」
ホーリィが全く空気を読まずに絶叫したからだ。
そして声に反応し巨大なムカデの魔獣は一気に、俺達に向かって落下してきた。
「来るぞ!」
「オウッ!」
素早く得物を構えるウォードとノリス。
ギィン!
二人の冒険者の攻撃はジオセンティピードの強固な体によってたやすく弾き返された。
「チッ!」
俺はホーリィを後ろから抱き抱えて地面に身を投げ出した。魔獣の胴体で押し潰されるのを回避し、素早く起き上がり迎撃態勢を整える。
「このひ弱な薬法師である俺と、戦おうってのか!?」
鎌首をもたげ、鋏角を打ち鳴らし、ジオセンティピードが俺と相対する。
「ホーリィさんって、バフとかデバフとか撒けるタイプ?」
「は、はいっ! 何をやったらいいですか!? 肉体の一部を一時的に硬く逞しく出来る魔法とか、感度が3000倍になるやつとか使えますけど!?」
「あ、やっぱ使わなくていいや……ごめん」
どこでどう間違ったらそんな変な魔法を覚えるんだよ。ったく……しゃあねぇ。
「とっておきのやつを、見せてやるぜ!」