第2話 ライラック・ギルドにて
「バンカラ最大の冒険者ギルド、ライラック・ギルドだ」
俺はエリナを連れて、町の中心地の人工島に存在する地域最大の冒険者ギルドを訪れていた。かつてこの地に文明を築いた者達が奴隷の力を借りて手作業で石を積み、泥を運び埋め立てたこの人工島には8本の橋がかかっている。その様を上空から眺めればまるで、蜘蛛のようだ。
この地域の人々は古くから蜘蛛を特別視し、時に神の使い、時には悪魔の使者として畏怖の念を抱いてきた。この人工島の形状はそんな彼らの信仰心が如実に表れたものであると言える。
蜘蛛の“頭”に当たる部分に鎮座し一際威容を誇る薄紫色の石造りの建物、それがライラック・ギルド。その門をくぐり内部へと入る。
この建物は数度に渡る改築と塗装の塗り直しによって外側と内部の石の色が違う。一番古い骨格部分は、赤レンガを積んで隙間を火山灰を加工した“つなぎ”によって接着させたものである為、全体的に赤茶けた風合いとなっている。
「うわぁ、人が大勢いるね。これ全員冒険者なの?」
エリナが驚くのも無理はない。俺達が暮らしていた城下町周辺は王国正規軍によって治安が維持されていたので冒険者ギルドの規模はそんなに大きくなかったのだ。ここは桁違いだ。よく整備された街路を辿り、多くの冒険者がここに集まってくる。そして豊かな自然はいくつもの複雑怪奇なダンジョンを生み、冒険者達を一獲千金の夢へと誘う。
「あぁ、そうだ。そして壁一面を埋め尽くすこの依頼書、これこそバンカラ名物! うーん、紙と油煙のにおいがたまらないな。この町には俺も何度か来たことがあるが、このギルドに足を運ぶといつもなんというか……心が子供に戻っちゃうんだよね」
冒険心、ダンジョンを攻略する際に感じる高揚感。せっかくなのでまたあれを味わいたくなって、この町へとやってきたのだ。エリナはあんまりピンと来ないみたいだけど。
「へ、へぇ……」
「よし、一番難易度の高い依頼書を探すぞ」
「こ、こんなにたくさんある中から!?」
「あぁ、そうだ。男はみんな夢追い人なんだ!」
我ながら意味不明な事を呟きつつ、俺は手近なところにある依頼書を閲覧し始めた。血気盛んな冒険者達と肩と肩をぶつけ合いながら、つぶさに依頼書を眺める時間。ううむ、ロマン。
ちなみにローリエは結局、酒場で一日中洗い物をさせられることになった。日が暮れたら一度、様子を見に行ってやろう。
「これはBランク、おっとこっちはCランクか、ふむふむ……」
などとブツブツ言いながら依頼を吟味していると、俄かに建物内が騒がしくなった。皆の視線が一か所に集まる。
「うおぉ、Sランク!?」
「Sランクが出ているぞ!」
「鋼糸蜘蛛の目玉だって!?」
思わず俺は声を上げてしまった。その名の通り、非常に強靭な鋼の糸を体内で生成して吐き出す巨大な蜘蛛の魔物だ。並の刃物ではこいつの体に傷一つつけることは出来ない。その上、鋼の糸とは別に強力な腐蝕性をもつ毒も有している。退治するのはかなり大変だ。
「何なの、そのケブ……ナントカって」
「ケブラ・アラクネ。この町の太古の伝承にもその退治譚が残るほどの強大な魔物だよ。幼体なら俺も何度か見たことがあるけど、もし成体がいるとなると……一体どれほどの大きさでどれほど貴重な素材を持っているか見当もつかない」
この魔物の目は魔晶石の塊だ。世界中の魔導師が金貨を山積みしてでも欲しがるだろう。だが俺の狙いはそれよりも、こいつの吐き出す糸だ。鋼の強度と絹のようなしなやかさを併せ持つケブラ・アラクネ糸なら軽さと耐衝撃・防刃性能を両立した最高の防具を作成することが出来る。
「成体なら、俺達全員分の防具を作ってもなお余るくらいたくさん糸を獲得出来るだろうな……ぐふふ……あと毒も抽出して持ち帰りたい。成分を分解して再構築すれば興奮剤や精力剤にすることが出来そうだ……いっひっひ……」
「キ、キモいよグレン……」
っと俺としたことが、心の声がダダ漏れだったか! これはいけない。
とにかく、だ。善は急げ。
「あの依頼、俺がもらうよ」
エリナにそう告げ、俺は壁の一際目立つところに貼られた依頼書の近くに寄る。
「すいません、この依頼、冒険者ギルドに登録してなくても受けられますか!?」
俺は敢えて、受付嬢と周辺にいる冒険者達全員に聞こえるような大声でそう言った。
「えっ!? Sランクの依頼ですよ!?」
受付嬢が驚いて目を丸くしている。
「うん、わかってますよ。手っ取り早くお金が欲しいのでこのSランクの依頼、受けさせてください」
本当はお金より素材だ。金なら稼ごうと思えばいくらでも稼げる。だがレア素材は機会を逃せば手に入らなくなってしまう。
「あ、でも、まずはご登録を……一応名簿を管理しておりますので」
うーん、まぁそりゃそうだよね。未登録で依頼を受けるのは無理に決まってる。かつてこの町に寄った時は王の捺印がされた宮廷主任薬法師の証明書があったから問題無かったけど、今は身分を保証するものは何も持っていない。いや、それ以前に無職。
「えー、書類書かなきゃいけないの? 俺、自慢なんだけど字がめちゃくちゃ汚いんですよ」
「グレン、アンタねぇ……それ自慢することじゃないから」
で、このツッコミが実に気持ちいい。さすがはエリナ、よく分かっている。
っと、そんな事よりも、だ。
早速、“食い付いて”きた奴がいるな。
俺はわざとこの場の全員に聞こえるように言った。俺のような新参者がSランクの依頼を受けるとどうなるか。簡単なこと、突っかかってくる奴らが絶対にいる。ここに集まっているのは高いプライドと、それに見合う実力を持った冒険者達ばかりだ。よそ者に最上級ランクの依頼を横取りされて黙っていられるほど、おとなしくはないだろう。
さっきから俺に向かって強烈な視線を放っている奴が一人。俺はゆっくりとそいつの方を向く。意外と甘いマスクの剣士が、燃える眼差しで俺を睨んでいた。
「いいねぇ……」
いかにも負けん気が強そうだ。こういう奴じゃないとダメだ。
近づいてきた男に対し、俺は声をかけた。
「そこのアナタ、俺と一緒にSランクの依頼を攻略しませんか?」