転章 最強パーティと難易度S級の依頼書
東西に長い領土を持つヤンク王国のほぼ中心に位置し、巨大な河川を抱き四方八方へ伸びる通商路を用いた交易によって栄える町、バンカラ。
河川はいくつもの支流を有し、意匠を凝らした石造りの橋がそこかしこに渡されている。のんびりと客を乗せて運河を進む小舟。河川沿いに構える店から威勢のいい声がひっきりなしに聞こえる。
あたたかな日差し、空気は澄んでいて川の流れもまた穏やかである。下流へ進めば大河は海へ合流し、ヤンク王国の巨大な海運基地が立ち並ぶ港を眺めることができる。
晴れ渡る空に舞う小型の飛竜。騎乗しその手綱を握るのは獣人族の若者たち。海上は彼ら飛竜乗りにとって格好の練習場所だ。
この町には複数の冒険者ギルド、大小様々な闘技場、無数のダンジョンが存在し、多くの冒険者が一攫千金を夢見てここに滞在する。
彼らを主たる顧客とする道具屋も大勢やってくる。
バンカラは人々の熱気によっていつも賑わっている町だ。
今、この町で最大の冒険者ギルド、ライラック・ギルドの赤茶けたレンガ造りの壁一面に依頼書が無造作に張り出されていた。
それぞれの依頼書にはE~Sまでのランク=達成難易度が設定されている。言うまでもなくこのランクが高ければ高いほど難しい依頼である、ということだ。
「C、B、これもB……大した依頼は出てねぇな、ウォード」
巨大な戦斧を背負った大男が不満そうに口を尖らせ、隣に立つ細身で美形の男に声をかけている。
「まぁ焦るなよノリス。Aランクの依頼は案外こうやって……」
ウォード・クロムウェル。バンカラ一帯を拠点として活動する冒険者パーティ“ウォーナイツ”のリーダーをしている剣士だ。彼は折り重なる膨大な数の依頼書を手で押し除け、それらに埋もれている古い依頼を探っていた。
「奥のほうにあるもんさ」
やがて彼のしなやかな指先が壁から一枚の依頼書を剥がし、相棒である戦斧使いのノリス・ビクトールの眼前へと突き付けた。
「マジか! Aランク!?」
「ここらじゃAランクの依頼に挑もうなんて命知らずは僕らくらいなものさ。当然、こうした難易度の高い依頼書は新規のしょぼい依頼書に埋もれてゆくってわけ」
軽快な足音を鳴らし、ウォードがギルドの窓口へ進む。
「君、この依頼書の有効期限はまだ?」
受付嬢に依頼書を手渡し、確認を行う。稀に依頼が既に達成もしくは取り下げられているにも関わらず張り出されたままのケースがあるからだ。特にこのライラック・ギルドほど依頼件数が多いギルドなら事務員の手続きミスは十分起こりうる。
「あら、ウォード様、おはようございます」
受付嬢はウォードの完璧なスマイルに対しやや顔を伏せ照れながら、
「少々待ちくださいませ。確認してまいります」
そう言って退席しようとした。
その矢先の事……。
「うおぉ、Sランク!?」
「Sランクが出ているぞ!」
「鋼糸蜘蛛の目玉だって!?」
俄かに建物内が騒がしくなった。ちらりと視線をやるウォード。その傍にやってきて彼の肩を叩くノリス。
「おい、あれは……」
「あぁ、僕もほとんど見たことがない依頼だ。最高ランクの……Sランクの依頼書とはね」
係員が壁の一際目立つ場所に掲示したのは、攻略難易度が最も高いSランクの依頼書だった。
そこにはこう書かれていた。
“依頼:マガマガ・ダンジョンにて、鋼糸蜘蛛の討伐及びその目玉の回収”
“報酬:金貨300枚に加えて、希望があれば王国正規軍への推挙”
「金貨300枚……毎日女を買っても使い切れねぇ額じゃねぇか」
「おいノリス、君はその下品なたとえ方をやめたほうがいいよ。ま、とにかく、これは大変なことだ」
二人は顔を突き合わせ、同時にニヤリとした。
「やらねぇわけは、ないよな?」
「当然やるでしょ」
「だが俺たちの戦力はたったの3人。どう思う?」
「ホーリィの回復魔法の腕はなかなかだが、彼女は実戦経験に乏しいからね。もう少し戦力の増強はしておきたいところかな、安全にゆくなら」
「だな。しかしあのお嬢ちゃん、一体どこに行ったんだ? 方向音痴が酷すぎるぜ」
「そのうち来るんじゃない? 来なければ後で探しに……」
その時だった。
「すいません、この依頼、冒険者ギルドに登録してなくても受けられますか!?」
鮮やかな赤髪が目を引く青年が突如、壁にデカデカと貼られたSランクの依頼書を指さしながら受付嬢に向かって大声で叫んだ。
確かにギルドの中はいつも騒がしく、しかして会話には相応の声のボリュームが求められるものだがそれにしても青年の声はあまりに大きく、フロア中によく響いた。まるで自身の存在を誇示するかのように。
「えっ!? Sランクの依頼ですよ!?」
受付嬢が驚いて目を丸くしている。
「うん、わかってますよ。手っ取り早くお金が欲しいのでこのSランクの依頼、受けさせてください」
「あ、でも、まずはご登録を……一応名簿を管理しておりますので」
「えー、書類書かなきゃいけないの? 俺、自慢なんだけど字がめちゃくちゃ汚いんですよ」
「グレン、アンタねぇ……それ自慢することじゃないから」
隣にいる美女に肘で小突かれて、赤髪がおかしそうに笑った。
「おい、おい見ろよウォード」
ノリスの視線が、ある一点で制止していた。
「なんだ、また始まったのかい君の……」
「デ、デケェ……おっぱいがっ!」
エリナは巨乳だった。しかもこの町の服屋で、腰のところでコルセットをぎゅっと絞るタイプの新しいドレスを買ったせいでインパクトが、∞になっていた!
「あの男、少し気に入らないね」
ウォードの眼光が鋭くなる。このライラック・ギルド最強の自分のパーティを差し置いてSランクの依頼を、しかも部外者が“横取り”するなどあってはならない。彼の自尊心に小さな傷が生じた。
赤髪がふいにウォードの方を向く。
いかにも軽薄そうで頭の足らなさそうな男だ。どうせ大した能力もないのだろう。Sランクの依頼など受けたところで無駄死にするだけに決まっている。
ウォードは視線を逸らさず歩き出した。元・宮廷主任薬法師グレン・レオンハートの元へ。
第一章 追放された宮廷薬法師、旅に出る! 了
第二章 ダンジョンの禍々しき!薬をキメて一攫千金!! へ続く