第11話 ローリエの湿っぽい過去
というわけで夜の帳が降りたころ、俺達の前にはコトコトと沸き立つ野趣味溢れるスープが完成していた。
森でキノコと旨味の多い野草を摘んできて、野ウサギ(熊が取ってきてくれた)を捌いた肉とあわせて煮込んだものだ。
「わぁ、凄くいい匂い」
「さすがグレンね」
ローリエは期待を込めた眼差しを、エリナは相変わらずの俺の手並みを褒めてくれた。たまには自分で料理するのもいいな。
ちなみに熊の襲撃によって無残にも殺されてしまった夜盗達は、死体をそのまま放置するわけにもいかず、埋葬をしてやった。
とかく命の軽い時代だ。俺もエリナも戦乱の中で多くの死体を目撃してきた。だから人間の死というものには慣れているし、すぐに気持ちを切り替えて食事にすることも出来る。ローリエも、さほど動揺していない様子だ。
あたたかなスープを、その辺の石ころを魔法で分解して再構築した碗に盛り付ける。焚火を囲みながら食事を摂る。
俺は、すぐ傍に寄ってきて俺が持っている碗を興味深げに眺めている子熊に、ウサギ肉を分けてやった。親熊が俺達の近くで腹を見せてゴロゴロしていることで子熊の警戒もすっかり解けたようだ。
腰を落ち着かせ、俺とエリナは改めてローリエに対して自己紹介をした。
「なるほど、幼馴染ですか。ということはもうとっくに肉体関係はあるという認識でよろしいですね?」
何故かキラキラした目で見てくるローリエに対し、
「いや、あるわけないだろ!」
厳しく突っ込む俺。横で呆れ顔のエリナ。おかしい。俺の中のエルフのイメージがどんどん崩壊してゆく。
「んなことはどうでもいいから、次はローリエの話を聞かせてくれよ」
「私ですか? はい、喜んで。ええっと……何からお話しましょうか」
「住んでた所とか、どうして捕まったのかとか」
「あ、なるほどですね。アルフヘイム、ご存じですか?」
エルフの国か。ちょうど俺たちが目指している場所だな。
「あぁ、知ってるよ」
基本的にエルフは人間のことを好まない。長い歴史の中で、両者は互いを憎みあい、争い続けてきた。いや、少し語弊があるかこの言い方は。むしろ積極的にエルフへ攻撃を加えてきたのは人間の方だ。
とはいえ、エルフと人間の交流は途絶せず続いている。それはどちらにとっても、利益があるから。
「私は普段アルフヘイムで暮らしているのですが、行商としてこの国で山菜や薬草を売っていたところ、野蛮な人間達に捕まってしまって」
ローリエを捕まえ売り捌こうとしていた者達にはそれ相応の罰が下った。連中がなぜ危険を冒してまで城下町で奴隷売買をしようとしていたのかは結局不明のままだが、まぁそれ程重要なことではないだろう。
「それで、城下町まで運ばれる途中で俺達と出会った」
「ですね。まぁどうせ私は天涯孤独の身、アルフヘイムでも厄介者扱いでしたので、いっそ人間の富豪に売られてそちらで生活するのも悪くなかったのかな、なんて」
そんなことを言いながら、ペロッと舌を出すローリエ。
「お前は人間のことが嫌いじゃないのか?」
「ええ、全然。私の母も、人間のことが好きでした。それがある日、国境線を超えて人間の兵団がアルフヘイムに侵入してきて……」
そう言いながら顔を伏せるローリエ。
「っと、ちょっと待ってくれ」
「えっ?」
俺は碗を置き、やや声のトーンを落として言う。
「もしかして湿っぽい話になる? 暗い過去編は無しだぞ? せっかくここまでテンポよく明るく旅を続けてきたんだ。重たい話だったらしなくていいぞ」
「あ、いえ、大丈夫です」
「ん?」
「母は人間の兵士達と代わる代わる交わった挙句、兵士の一人と結婚して一緒にどこかへ去っていきました」
「ただのビッチじゃねぇか!」
人間が好きってそういう意味かよっ!?
「まぁ私はそんな母とは似ても似つかず清楚ですけどね! 典型的な清楚系エルフですけどね!」
「いいや確実に血を受け継いでるね!」