彼女が『伝説のわたあめ屋』になった理由(わけ)~コードネーム『フォックス』の場合~
『はい、あ~ん』のお話です。
! だいぶしょーもないです。どうぞ、広いお気持ちで笑ってやってくださいませm(__)m !
ヘッドドレスの下には、支給されたヘッドセット。
イヤホンをつけなおせば、作戦総指揮であるアルファの声が流れてきた。
『こちらアルファ。ブラボー、チャーリー、首尾はどうだ』
『こちらブラボー。グループ『アイン』全員無事で勝利しました。
ただいまポイントIから帰還、町に入ります』
『あ~イツカさんカッコよかったなあ……ちゃんと俺たちのこと助けてくれて……でへへ……』
『こちらアルファ。
チャーリー、それはどうか後にしてくれたまえ。我々の妄想が無駄に捗る』
『こちらチャーリー。失礼した。
グループ『アイン』、ターゲットとともに中央通りを移動中。まもなくポイントIIに到達する』
『こちらアルファ。了解した。
フォックス、そちらの進捗は』
「っあ! 大丈夫、じゃない、予定通りです!」
突然話を振られ、びくっと棒立ちになってしまった。
カナタさんとミライさんが「どうしたの?」と道の向かい側から優しく声をかけてくれるが「な、なんでもありませんなんでも!」とごまかし作業に戻った。
大丈夫、ばれてない。
さりげなくわたあめ機の調子を見ながら、そっと大通りのほうに目をやった。
もう少しすれば、イツカさんはここに歩いてくる。そこからが、本番だ。
わたしは胸の高鳴りを抑え、その時を待った。
教会前広場から続く参道は、いつもならば馬車が余裕ですれ違えるほどの幅がある。
しかし今日は、軒を連ねる露店に幅をとられ、馬車を通すなら一台分だ。
たこ焼き屋さん、風船屋さん。りんごあめ屋さんに、お面屋さん。
手作り料理をふるまう露店も少なからずあり、向かいに見える『ミライツカナタの手作りキッチン』もそのひとつだ。
小さな貸し露店のなかではカナタさんがシチューを、ミライさんがバタークッキーを作っている。
開始を三十分後に控えた、ミルド恒例秋祭りのためだ。
じきに、どっとお客が押し寄せる。そうしたらほぼ真向かいにあるこの露店からでも、向かいの様子をうかがうのは難しくなるだろう。
だから、そのまえ。まだ秋祭り主催側だけがこうして準備に励んでいる、今の内がチャンスだ。
準備とシミュレーション、リハーサルを重ねた作戦の結実を祈りつつ、私はもくもくとわたあめを作りつづけるのである。
――そうして、約五分。
「おそいね、イツカ」
「遠くまで行ってるのかね。
まったくもう、今日ぐらい狩りはいいのに」
ミライさんがふうっとため息をついた。カナタさんは軽く怒ってみせる。
もっとも本当に怒っているわけではないことは、手元に隠したモニターに映る、水色のうさしっぽを見ればすぐわかった。
大きめのふわふわしっぽは、一抱え以上もあるおなべをかき混ぜるリズムに合わせて、小さくゆらゆら揺れている。
「……と、そろそろいいかな?
ミライ、味見お願い」
「はーい!」
きた!
ミライさんがととっ、とカナタさんに歩み寄る。
可愛らしく目をつぶると、ちょっと上向きにあーんとお口を開けた。
ミライさんを『未来の弟』として溺愛しているカナタさんが、それを拒否するわけもない。
味見用の小皿に小さく一口をよそると、スプーンをとってひとすくい。
「はい、あーん」
『ふーふー』まではしないものの、ほんの少し、時間をとって。
程よく冷めたホワイトシチューを、優しくミライさんのお口へ運ぶ。
むぐ、むぐ、こくん。
ミライさんは、目を開けてにっこり、合格を宣言した。
「ん、おいしーい! これで行こう!
ちょうどいいや。カナタもこれ、味見して?」
もちろん、ミライさんもお返しだ。
天火から出したばかりのほこほこバタークッキーを、ひとつつまんでカナタさんの口もとへ。
カナタさんも優しい笑顔で直接ぱくり。
しばし目を閉じてさくさく、もぐもぐ。
ごくんと飲み込み、しばしバターの香りに浸るとニッコリ。
「おいしい!
これなら売り切れ間違いなしだよ!」
「やったぁ!」
ミライさんがちっちゃくガッツポーズ。
お揃いエプロンの後ろからのぞく、チョコレート色の巻きしっぽがパタパタ揺れる。
ああ、尊い。尊いですよお二方!
でも、ここでへんな声など上げたら台無しだ。
わたしたちミルド町内会直属タスクフォースが夜も寝ないで練り上げたこの計画は、まだまだ序の口なのである。
息さえかかるほどの距離で、仲睦まじく談笑するお二人の愛くるしさにぶっ倒れぬよう、耐えること数分。
イツカさんがやってきた。
両手に焼きたてホカホカの串焼き肉を持って。
この串焼きの原材料は、ついさっき狩ってきたばかりのサンドブル肉だ。
なぜ知っているのかって? そんな野暮なことはいいのだ。
とにかく、イツカさんはやってきた。
予定通りの場所に、予定通りの時間に、予定通りの姿で。
おいしそうなシチューとクッキーの香りに包まれた露店の前に、お土産の串焼き肉を両手に持って。
はたして、イツカさんは言ってくれた。
「おー!! うまそう!
なーなーひとくち! 味見させてっ!!」
「はいはい、まずはその串焼き食べちゃって手を洗っといで?」
もしこれがミライさんなら、無条件で『あーん』をしてあげているところだが、カナタさんはイツカさんにはちょっぴり厳しい(そこがいいのだけれど)。
もっともイツカさんは平気でそのハートをぶっ刺さす言葉を口に出す……それも、ミライさんよりカナタさんより背が大きいくせに無意識の上目遣いで。
「えー、これは二人のだから俺食えないもん。
なー、ミライもいいだろ? ひとくちあじみ~」
「うん! はい、あーん!」
いつも甘いくらいに優しいミライさんは、それを聞くとニッコリ笑って、クッキーをひとつつまんで差し出した。
あーん、ぱくっとほおばれば、イツカさんもニッコリ笑顔。
「ふまーい!」
「でしょー? カナタもおいしいよって言ってくれたんだ!
シチューのほうもおいしいよ? ねっカナタ!」
「っ……!!」
ミライさんの天使の笑顔と、イツカさんの子猫のような目を向けられて、カナタさんも陥落した。
「しょ、しょうがないな……
だったらもうちょっとこっち寄って。シチューに毛がはいったら売り物にならなくなっちゃうから。
はい、どうぞ」
いえカナタさんもしそうなったらむしろ100倍の値が付く売り物になると思いますっ!!
と思ったが残念ながら、ここはVRMMOのセカイ。そして頭のお耳はアクセサリー。もふもふしてても猫毛は落ちない。
だがあの貸し露店のパーツは、すでに地下オークションにかけられることが決まっている。ついでに言うなら、露店の立ってるところの石畳も。
もちろん私も入札には参加する予定だ。この時のために溜めたTPで、なんとかひとつでも『ミライツカナタ』の触れた、聖なる品物を……!!
いけないいけない、こんな風にギラギラしていてはお三方にばれてしまう。
今日のわたしはメイド服の超似あう、清楚可憐なわたあめ売りの美少女だ。
役柄は絶対厳守。それが同志の、わたしのためだ。
ぶつぶつと念じているとしかし、そんな決意を吹っ飛ばすとんでもないシーンがやってきた。
「ふっ……あひゅいっ」
「ちょ、いったん口に入れたんだから食べるっ!」
「! ! !」
イツカさんは ハフハフしている! ▼
手元のモニターに映るルビーの目は潤み、黒の猫耳は倒れかけ。
カナタさんはビシッと『出すな』とたしなめつつ、お水を小さなコップに汲んで差し出す。
けれどイツカさんは、ふるふると首を横に振った。
けなげに頑張って、もぐ、もぐ、ごくん。
それからやっとコップに口を付けた。
「んぐ、んぐ、ぷはー!
らからあひゅいっへのー!」
「だいじょぶイツカ? 『回復』!」
どうやら軽いやけどをしたらしく、滑舌がたいへんなことになってるイツカさんに、すかさずミライさんが魔法をかけてあげる。
なんですか、なんなんですか、このやばいくらいの大サービス。わたしたちまだここまで要求していませんよっ?
なかば錯乱していれば、はじまる痴話、もとい可愛い口喧嘩。
「サンキューミライ!
だからカナタ、俺猫舌なんだからもーちょっと冷ましてってのにっ」
「だからイツカ、フーフーぐらい自分でしなって言ってるじゃんっ。
ていうかおまえ猫舌すぎ!」
「俺、猫装備だもん!」
「だったら学習しよう?」
「うぐっ」
イツカさんがあえなくK.O.された、と思った瞬間さらなる攻撃がやってきた。
それは、間に入った(あらかじめお鍋にふたもしていた)ミライさんによるもの。
「ね、ねえ、イツカ、カナタ。
だったらおれがフーフーしよっか?」
「え、いいの?」
「だめだよ、ミライ。
イツカがミライなしで生きてけなくなっちゃったらこまるでしょ?
男はみんな、狼なんだから。いつまでも子猫と思って甘やかしてちゃダメなんだからね?」
「なんかよくわかんないけどすっごくひどい!」
イツカさんがひどーいと声を上げれば、カナタさんはそれを見事に手のひらで転がす。
「あれ、イツカは強い男じゃなかったの?
例えばお祭りの日に突如現れたレイドボスを、少ない有志とサクッと倒してきちゃうような?」
「あ、そうだ。これ狩り手伝ったからっておすそ分け。
俺のぶんはもう食ってきちゃったから二人に」
「どれどれー? うん、おいしい!」
カナタさんはくるっと露店を抜け出して、イツカさんの手から串焼き肉をパクリ。
そしてニッコリ笑顔を見せれば、イツカさんのご機嫌はすっかり回復。
ミライさんも同じようにして無邪気にパクッと行けば、もうニコニコだ。
ああ、なんだろうねこの尊いトライアングル。女神様ありがとう。うん、わたし生きててよかった。ほんとよかった。
『フォックス、落ち着いて聞け。
こちらアルファ、緊急指令だ』
そんなわたしを現実に引き戻したのは、アルファの声。
くそっ、いますぐ狙撃してやろうかテメエ。心で毒づいた私は、すぐにそれを詫びることとなった。なぜって。
『予定より早いが、ソナタさんがそっちに向かっている!
でっかいピンクのわたあめをつくって差し上げるんだ。『四人でかじれるようなデカさのを』だぞ!』
「イエス、サー!!」
思わず直立不動で敬礼した。素晴らしきとっさのその判断、やはりアナタはわれらがリーダーですよ!
ならば全力で応えざるを得ぬ。さあ、うなれわが右腕よ! わたあめ屋歴三日三晩の実力を、存分に天下に知らしめるのだッ!!
そして完成した巨大わたあめを手に、わたしは露店を出た。
そして、とことこと歩いてきたソナタちゃんに笑顔で声をかけた。
「ソーナーターちゃん?
はい、これどうぞ。
いつもお兄さんたちにお世話になってるから、感謝のしるしよ。
四人で仲良く食べてね?」
するとソナタちゃんは、かわいらしい顔をいっぱいにほころばせて、素直にわたしの献上品をお納めくださった。
「ほんと? ありがとうお姉ちゃん!
こちらこそ、いつもお兄ちゃんたちをありがとう!
どうぞ、おいわいのボンボンです!」
そしてポケットからかわいく包まれたティア・ボンボンをとりだすと、小さな手でそっと握らせてくれた。
ほんのりあたたかな小さな飴を胸に抱き、わたしはソナタちゃんに約束した。
「い、一生の宝物にしますっっ!!」
「お姉ちゃんってば。
ボンボンだから、割れちゃったらなかみ出ちゃうよ。
教会でソナタたちがいっぱい作ってるから、またもらいに来て?」
「はい、必ずっ!!」
そうだ、そうだった。
ソナタちゃんはプリースト。つまりわたしもプリーストになれば、教会でミライくんやソナタちゃんたちと一緒にあんなことやこんなことができるのじゃないかッ!!
「神様……わたし、入信します……っ!!」
ああ、なんでこんな簡単なことに気づかなかったのか。今日はいい日だ。神様、そして世界中のみんな、ありがとう、ありがとう。
わたしは流れる涙を押し隠しながら、ソナタちゃんの世界一可憐な背中を見送った。
ああ、聞こえてくる。妙なる天使たちの歌声が。
「ねえねえお兄ちゃんたち、いっしょにわたあめ食べよう!
そこで会ったお姉さんがね、いつものお礼だからみんなと食べてって、さっきくれたの!」
「うお、でっけー! やったじゃんソナタちゃん!」
「よかったねソナタ。そのお姉さん、どんな人?」
「あのね、かわいいメイド服をきた、優しそうなお姉ちゃん!」
「わー。よかったね~ソナタちゃん!」
「うんっ!
ほらおにいちゃんたち、いっしょにあ~ん」
「あ~」
「あ~……ってどうしたのミライ、顔真っ赤にして」
「え、あの、ちょっと、ちょっとまって!
これってさ、そのさ、よく考えたらあのー……」
「おっ、そっかそっか!」
「そうだったね、ごめんね気づかなくって。
それじゃ、ミライ、ソナタ。まずは二人で一緒に、ね?」
「ふぇっ?!」
「はわわわ?!」
真っ赤になって見つめあった二人は、それでもおずおずと、ひとつのわたあめを一緒にかじったのであった。
おしまい