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切り札は、おはようの……

 夏場の学校というのは、特に前時代的構造をしている場合は、とにかく過ごしづらい。


 クーラーなどなく、扇風機がある程度。後は生ぬるい自然の風に涼を求めるしなかく、持ち込んだペットボトル飲料もすぐに無くなってしまう。


 せめて生徒会室くらいには冷房を設置して欲しいものだが、あいにくと今年は職員室に優先権を取られて、購入は見送られてしまった。


 夏休み、真昼間、汗だくになりながら椅子に座っているのは、三人の生徒。


 それぞれが、生徒会長、副会長、会計という職を持ち、夏休みの貴重な時間を使って生徒会としての仕事に追われていた。




「副会長ー、会長が寝たまま起きないんですけど」




 会計職の女子生徒が、フレームレスのメガネをかけた男子生徒に言う。




「放っておけ。どうせ起きていても仕事はしない」




 副会長は、机で寝ている会長職の少女を見ながら、額に浮かぶ汗をタオルで拭い答えた。




「でも、確認印が欲しいんですけど……」


「俺の分と合わせて、後で押させればいい。それまでは、熱中症で死なれない程度に無視しておけ」


「はあ……、まあ、いつものことですけど」




 会計はうちわで自分の顔をあおぎながら、ため息を吐く。




「なんで会長って会長してるんです……?」


「面白そうだったから、だそうだ。実際は地味な作業ばかりで嫌気がさしているらしいがな」


「生徒会なんて、進路相談で有利になるくらいにしか思いませんでしたけど……」


「俺もだ」


「どこが楽しそうだったんですか? 聞いたことありませんけど」


「イベントで盛り上がれそう、だったかな」


「あー……、確かにイベントの時ははしゃいでますけど、会長」




 暑さで気力の抜けた、なま温かい視線を送る会計。副会長は、ひたすら自分の書類に取り掛かっている。


 書記は、今日は休みだ。実家の墓参りがあるという連絡があり、来ていない。


 三人、ではなく二人が一生懸命に作成しているのは、新生徒会へ向けた引継ぎ資料だった。夏休みが終われば、新しい生徒会役員を決める選挙がある。今年で高校三年になった会長と副会長は、当然退任。会計は次の選挙にも出るらしいが、




「なんだか、こんな会長を見ていると、次の生徒会にも不安が湧くんですけど……」


「だったら、お前が生徒会長になればいいだろう?」


「えぇー……。会計くらいが楽そうでいいんですけど」


「お前もお前でどうしようもないな」


「そんなことありませんよ。ちゃんと進路を考えて生徒会に入りましたし。三年間勤められればかなり有利になるって聞きましたけど」


「なら、進路のために我慢しろ」


「うう、そうですけど……」




 副会長にバッサリと切り捨てられ、会計は大人しくなった。ぶつぶつと呟いてはいるが、自分の書類作成に取り掛かった。


 手元の書類をにらみながら、副会長は思いだす。会長が生徒会役員に立候補した年を。


 副会長もまた進路を考えての得点稼ぎのために、生徒会に入った。会長は、そんな副会長を追いかけるかのように、生徒会に入った。


 公約は、生徒主体のイベントを増やして学校生活をもっと楽しく充実させる、だったか。


 生徒会の権限を大きくして生徒の自主性を高める、という副会長の公約と上手くハマリ、会長と副会長は当選した。


 今はだらけている会長だが、公約は守った。体育祭、文化祭といった既存行事に加えて、新入生歓迎祭、部活動対抗予算争奪祭、期末テスト順位予想祭などなど。思いついた物を片っ端からイベントにした。


 もっとも、祭りの調整は、ほぼ副会長や会計書記に任されたが。会長は祭りを考え、進行MCをやっては、はしゃぎまくるばかりであった。


 そんな日々も、後二十日、一か月もしない内に、終わる。


 副会長としては、肩の荷が下りるのでありがたい。会計も、無茶な予算編成に悩まなくなるので嬉しいだろう。




「さて」




 と息を吐きながら呟いて、副会長は次に作成する資料を考える。




「副会長、そろそろお昼ですけど、どうします? 私はお弁当買ってきましたけど」


「もうそんな時間か」


「はい、会長は……、まだ寝てますけど。起こします?」


「いい。腹が減ったら起きるだろう」


「でも、なんだか寝苦しそうに唸ってますけど」


「こんな暑さの中で机に突っ伏せばそうだろうな」


「机の上の汗が大変なことになってますけど……」


「……死なれると困る。起こせ」




 ため息を吐きながら、会計が席を立つ。会長の肩をゆすり、声をかけている。




「会長、会長、そろそろ起きて欲しいんですけど。このままだと、死んじゃいますけど……」




 会長は起きない。汗だくになりながらも、まだ寝ていたいらしい。




「副会長、どうしましょう。副会長なら会長の起こし方を知ってそうですけど……。確か、幼馴染だとか」


「ああ、そうだ。切り札はある。だが、俺は絶対に出したくない」


「そんなこと言わないでくださいよ。このままだと、本当に大変なことになりますけど。何をしたらいいんです?」




 会計が尋ねると、会長がもぞりと動いた。起きるのかと思いきや、




「なんで今度は上を向いて寝るんです? まだ起きないんですけど……」


「お前が余計なことを言うからだ」


「えっ? 変なことなんて言ってませんけど……」




 天井を仰ぐような寝相は、おそらくあからさまなもの。見慣れた副会長としては、頭痛ものである。




「顔面にかかと落としを叩き込め。それで起きる」


「それはそれで大変なことになりそうですけど!?」




 寝ている会長も、口をとがらせて不満を表す。というか、会長も半分は起きているだろう。


 副会長は肩を落としながら、飲みかけの水入りペットボトルを持ち上げる。二リットルの大きなものだ。


 それを、迷わずに会長の顔にかけた。ペットボトル真っ逆さまの容赦ない勢いで。




「ぷあっ!? ぷはあっ!?」




 悲鳴を上げながら、会長が飛び起きた。髪までぐっしょりぬれねずみになって、必死に息を吸っている。




「酷い起こし方ですけど、これでいいんです?」


「起きただろう?」


「それ、結果論ですけど……」




 副会長は、残った水をあおる。




「ひ、酷いよお……」




 水をしたたらせ、会長が恨めし気に副会長を見る。その視線を難なく受け止め、副会長は会長の頭を小突いた。




「脱水症状一歩手前まで寝る奴が悪い」


「でもお、もっと優しい起こし方してよお」


「知るか。水を飲ませてもらっただけありがたいと思え。それと、ほら」




 と言って、ポケットから個包装の飴玉を取り出し、




「舐めとけ。塩分補給だ」


「うう、いただきますぅ」




 素直に飴玉を口に入れて、会長はしょんぼりと縮こまった。




「いつも、こんな起こし方してるんですか?」




 大人しく飴玉を転がす会長を見て、会計が呆れていた。




「たまにな。こいつは寝起きが悪いから」


「えぇー……。私ならこんな起こし方怒りますけど……」


「こんなのに毎日付き合ってみろ。いちいち丁寧に起こしてられるか」




 半泣きの会長に予備のタオルを貸して、頭を拭いてやる。雑に扱われながらも、会長は何も言わずに飴玉を食べていた。


 そんな様子を見て、会計も副会長の苦労を察してくれたらしい。




「はあ、幼馴染って大変なんですね。私なら起こせませんけど」


「俺とこいつが同じ病院で生まれたからって、親同士の仲が良すぎるんだ。わざわざ起こしに行かせるなっての」


「もっと優しく起こして欲しいのにぃ……」


「もっと早く起きてくれるんならな」




 会長の恨めし気な呟きを一蹴する。たまに遅刻ギリギリまで付き合わされる方としては文句くらい言いたくなる。




「前はもっと優しかったのにぃ……」


「前?」


「そう、小学校くらいまではおはようのキ……、ふぶぅ!?」




 会計に余計なことを言いそうだったので、濡れたタオルを顔面にぶつけてやった。




「おはようの……? よく聞こえなかったんですけど?」


「聞こえなくていい。まだ寝ぼけてるんだろう」


「は、はあ……?」




 よく分からなかったらしい会計の詮索を強引に終わらせて、副会長は持ってきた弁当を保冷バックから取り出した。


 会長の分もある。出がけに、母親から渡された。


 片方を無言で手渡し、副会長は弁当を食べ始める。会長はまだ何か言いたそうだったが、余計なことを言わない限り無視することにした。


 小学生の頃の話など、もう時効だと思いたい。黒い歴史だのなんだのと言って封印したい。


 起きてくれない時の切り札は、もう絶対に出したくない。




「二度と出すか、あんな切り札」




 弁当をかみしめながら、副会長は思いだし、自分で恥ずかしくなりながら必死に箸を動かしていた。

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