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陽ノ下家殺人事件

作者: りーこ

pixivとの重複投稿です

登場人物


榛海代ハシバミ ウミシロ…探偵。榛探偵事務所の所長

椿矢音斗ツバキ ヤオト…榛探偵事務所の事務員

榛桜ハシバミ サクラ…榛の養女。十歳

柄屋正太郎ツカヤ セイタロウ…警察官


陽ノ下十呉ヒノシタ ジュウゴ…陽ノ下家前当主。既に他界している

陽ノ下陸子ヒノシタ リクコ…十呉の妻

陽ノ下黄也ヒノシタ コウヤ…十呉の長男。依頼人

陽ノ下紅緒ヒノシタ ベニオ…十呉の長女

陽ノ下緑子ヒノシタ ミドリコ…十呉の次女

陽ノ下銀ヒノシタ ギン…十呉の次男

陽ノ下灰音ヒノシタ ハイネ…十呉の三女。銀とは双子

陽ノ下桃華ヒノシタ トウカ…十呉の四女。十五歳

陽ノ下黒曜ヒノシタ コクヨウ…十呉の三男。十三歳

八場識澄ヤツバ シキスミ…十呉の秘書兼陽ノ下家元執事。他界している

三柱涼ミバシラ リョウ…黄也の秘書



 手を動かさなければ。ひたすら手を動かして、この地に隠された全てのものを暴き出すのだ

 体中から汗が出る。夜明けまで三時間。もちろん時間内に全て終わらせる事はできないが、一週間以内に誰にも見つからずにこの計画を遂行する必要がある

 しかし、それでもこれはまだ計画の一つに過ぎない。全ての計画が実行されて、運がこちらに傾いて、はじめて自分の目的は達成される

 そう。全ては、ただ一つの願いのために


海代さん。」

 意識がまどろむ。子供の声だ。ああこれは…

「海代さん!」

 腕をひっぱたかれた。顔の上に乗せていた新聞紙を除けると、ついこの間引き取ったばかりの少女が顔をのぞかせた

「依頼人の方がいらっしゃっていますよ。」

 榛はのそりと起きる。欠伸をかみ殺して客間に向かうと、椿がちょうど依頼人と思われし男性に、緑茶を出しているところだった

 客間のソファーに座っている男性は三十代半ばと思われた。優し気な顔に穏やかな笑みを見せている。美丈夫だった。その後ろに立っている男性は二十代半ばから三十代前半くらいか。前に座っている男性とは反対に、切れ目が冷たい印象を与えた

 彼らは榛に気がつくと、立って頭を下げた

「はじめまして。榛さん。私はこういう者です。」

 男性は座る。榛も対面したソファーに腰かけて、貰った名刺を見る

 陽ノ下株式会社社長 陽ノ下黄也

「陽ノ下家…ですか?」

 榛は目を見開く。陽ノ下家とは貴族の血を引き、大正時代には数々の事業を成功させ、現在でもこの国の上位に入る資産家だ。榛も名前を聞いたことがある。この国では知らない方が珍しい。陽ノ下家の長男が社長であると聞いたことがある

「はい。ご存知かと思われますが、陽ノ下家は銀行や金属部品、木材加工、家具、家電などの数々の事業を展開しています。」

「はい。知っています。陽ノ下さんが先日亡くなられたご当主の長男でいらっしゃる事も。」

 黄也は頷く。しかしその顔は浮かない顔である

「はい。私は後を継ぐつもりでいたのです…が…。」

「…先をどうぞ。」

 黄也はうつむいた

「…遺言状がどこを探しても無いのです。」

「陽ノ下家では代々遺言で当主を決めるのですか?」

「はい。二ヶ月前亡くなった先代当主である父も、先々代の祖父からの遺言で当主になりました。今回、前執事であった八場氏が遺言状を預かっていて、先月公表される予定だったのですが、彼もその前に持病で亡くなり、そのかわりをこの、三柱にさせようと思ったのですが、八場氏の部屋を探してもどこにも見当たらないのです。弁護士が預かっている可能性もあり、当たってみましたが、心当たりのある弁護士からは預かっていないという返事を頂きました。」

「では、依頼と言うのは…。」

 黄也は顔を上げた

「遺言状を、探してほしいのです。」


「では、しばらく留守にする。」

 旅行バックに最低限のものを詰め込みながら、後ろにいる二人に向かって言う

「椿、桜を頼んだぞ。」

「分かりました。こちらでなにかお手伝い出来る事がありましたら、いつでもおっしゃってくださいね。」

 頭を下げた椿に榛は苦笑する

「よろしく頼む。…桜、少し留守にするが、すぐ戻ってくるからな。」

 少女は真顔だ。榛が行くのは少々嫌らしい。そっぽを向いて走って行った

 榛は玄関で靴を履く。桜が駆け寄ってきた

「これ。疲れたら食べて。」

 渡されたのは十枚ほどのクッキーだった。どうやら手作りらしい

 榛は桜の頭を撫でる

「ありがとう。戴くよ。では、行ってきます。」

「いってらっしゃい。」

 部下と養女に見送られて、榛は階段を降りていく。下には道路脇に寄ったベンツがあり、その傍には三柱と言われた黄也の秘書が立っていた

「どうぞ。」

 三柱は後部座席へ促す。頭を下げて乗った

「陽ノ下さんは?」

「先に戻られました。それと、屋敷に着いたら陽ノ下ばかりなので、下の名前で呼ぶようにと伝言でございます。」

「わかりました。」


車は都心を出てもまだ随分と走っていた。景色が徐々にコンクリートの建物から、木の群衆へと変わり、山の中を走り、小さなトンネルを出て、やがて山で囲まれた小さな町が見えてきた

 車はその町の丘の上、一番大きな建物の中へと入って行った

 その建物はどこかいびつだった。洋風の邸のすぐそばには日本風の建物がある。そして敷地の脇にはポツンと古びた日本風の倉があった

 和洋折衷と一言では言い辛い。来るものを拒むかのような建物だと榛は思った

 車を降りると、真っ直ぐな髪を腰まで伸ばしている凛とした美女が迎えてくれた。その後ろには、肩くらいまでのボブヘアーの明るい顔つきの美少女が、もの珍しそうに榛を見つめている

 女性は頭を下げた

「黄也から話は聞いています。私は陽ノ下家長女、紅緒と申します。」

 真っ直ぐな髪の女性がそう言って、慌てて後ろの美少女も頭を下げた

「陽ノ下家四女、桃華です。」

 紅緒は薄く笑う

「部屋は用意しています。案内しますので、どうぞついてきてください。」

 紅緒の後をついて行く。洋館が榛の寝泊まりする所らしい

 外観は洋館であったが、案内された部屋は和室だった。トイレと風呂がついている

「夕飯の時間になったら、お呼びしますので、それまでゆっくりとなさって下さい。」

 紅緒はそう言って部屋を出ていく。が、榛はゆっくりするつもりもはない

 なぜか残ってちょんと部屋の隅に腰かけている桃華に笑って話しかける

「こんにちは。榛海代です。探偵をやっています。」

 少女は小首をかしげる

「無くなった遺言状を探しに来られたんですね。」

「ええ。その過程で色々と調査しなければいけません。」

「私でよろしければ、喜んで協力いたしますわ。」

 少女ははじめて笑った

「では、お願いできますか?まずは、屋敷の人々について。」

「屋敷には亡くなった父と八場さん、使用人達を除いて今は九人の方がいます。長男の黄也兄様、長女の紅緒姉さま、兄様の秘書をされている三柱さんにはもうお会いされましたよね。」

 ふと疑問に思った言葉が口をつく

「三柱さんもこの屋敷に住んでおられるのですか?」

「はい。幼い頃から一緒ですので、もう兄妹みたいなものですわ。」

「その三柱さんを含めて九人。どのような方がおられますか?」

 少女は俯く。その美貌に僅かに影が差した

「母の、陸子がいます。…その、私には優しいのですが、今回の榛さんの事については反対していて。」

「ほう。」

「遺言状が見つからなければ仕方ないと、兄が何とか説得をしたのですが、外部の人間を入れるのはどうしても嫌みたいで。三柱さんの他に八場さんも屋敷に住んでいたのですが、彼らにも冷たかったです。」

「分かりました。」

「母が冷たい態度をとっても、気になさらないで下さいね。」

 少女の懇願に榛は頷いた

「よくある事です。…他には?」

「私の兄弟です。次女の緑子姉さま、次男の銀兄様、三女の灰音姉さま、三男の黒曜がいます。黒曜は私より下で、十三歳です。私は十五歳。銀兄様と灰音姉さまは双子なのですが…。」

 言って口を閉ざす。首をかしげて先を促すと、桃華は重く言葉を出した

「銀兄様は私が物ごごろついたときから寝たきりなのです。緑子姉さまや灰音姉さまが必死に看病しているのですが、目を覚ます気配は一向にありません。」

「顔を見ても?」

 不躾な質問であったが、桃華は気にした様子もなく頷いて立ち上がった

 絨毯のひかれた廊下を歩いて行く

「基本的に皆洋館で暮らしています。離れである和邸で暮らしているのは当主のみになります。その父様も二ヵ月前に亡くなったので今は無人ですが…。」

「奥方である陸子さんも、秘書であった八場氏も和邸で一緒に暮らしていなかったんですね。」

「はい。離れで暮らすのは代々当主のみと決まっています。」

 話しているうちにある部屋の前で桃華は止まる。ノックして扉を開けた。中は榛の部屋とは違い、洋室だった。窓にかけてあるカーテンと、窓の下に置いてあるソファーと真ん中に置かれたベット以外は何もないが、ソファーの上には所せましとぬいぐるみが置いてあった。おそらく手作りである。ベットの上にも兎のぬいぐるみがひとつ置いてあって、そのベットの住人は目を閉じたまま、かすかに胸を上下させるだけで、それ以外は動かなかった。腕には点滴がつながれている

「銀兄様。」

 桃華は話しかける。が、目を閉じたまま反応が無い。慣れている様子で桃華は更に話しかける

「お客様がいらっしゃいましたよ。探偵さんです。目を覚まされたら、いっぱいお話を聞きましょうね。」

 銀はよく見ると美青年だった。肩くらいまである髪の毛は名前の通り銀色。鼻梁もすっと整っていて、起きて表情を変えるとそれだけで眩しくなりそうな顔つきだった

 思ったその時、後ろで扉の開く音がした

「…桃華?そちらの方は?」

 声は固い。女性だった。こちらも紅緒や桃華に負けず劣らずの美女で、髪はアップにして髪留めで止めてある

「緑子姉さま。探偵さんです。遺言状を探しに来た。紅緒姉さまから聞いてませんでしたか?」

「聞いてませんね。」

 緑子とは違う声だった。ハスキーな声は緑子の後ろから聞こえる

「誰か雇ったのですか?遺言状がなかなか出ない事に焦れて?」

 少年だった。こちらも美少年。ショートカットにした黒髪が廊下の光に翻って揺れる。この屋敷には美人しかいないのかと内心で呆れた

「出てきても次代当主は所詮黄也兄でしょう。決まった事をわざわざ他人を雇って調べるのですか。」

「まだ、決まったわけではありませんから。」

 桃華がたしなめる。榛の方を見て頭を下げた

「すみません。緑子姉さまに黒曜です。」

 榛は笑う

「気にしませんよ。色々な考えがあるのでしょう。」

「本当にすみません。」

「私は気にしないわ。」

 緑子が言って、銀のそばに寄る

「遺言状がどうとか、私には関係ないから。調べるなら好きなだけ調べて頂戴。」

 言って、持っていた濡れたタオルで銀の額を拭く

 それ以上は話しかけるなと言う合図ととって、榛達は部屋を出た

「緑子姉さまは、銀兄様につきっきりだから。」

「仕方ありません。緑子姉さまは、僕達とは…いえ。」

 黒曜が言いかけて、止めた

「僕達とは…?」

 先を促すが、黒曜は首を振った

「客人に話す事ではありません。桃華姉さまも必要な事以外は話さないで下さいね。」

 黒曜はそれだけ言って、背を向けた

「黒曜は悪い子ではないんです。ただ、父が亡くなってからちょっとピリピリとしているというか…。」

「わかります。親が亡くなった時の子供とはそういうものです。割り切れない部分もたくさんあるのでしょう。ましてや十三歳ですからね。」

「そう言って下さると、助かります。」

 桃華は言って、頭を下げた

「もう少しお話をしていたいんですけど、夕餉の準備や学校の宿題もありますので、これで。」

 

 夕食はてっきり自室で食べるものだとおもっていたが、居間に招かれた

 テーブルについて、腰かける。隣には桃華と黒曜。一番上の上座には釣り目の厳しい顔つきの老婦人がいて、その隣には黄也と紅緒がいた。緑子もいる。三柱はいなかった

 夕食はビーフシチューにパン、サラダだった。手を合わせて食べる

「このサラダ。私が作ったんですよ。」

 桃華はこっそり笑って話しかけてくる

「ドレッシングは学校で習ったんです。」

「桃華。」

 老婦人だった。おそらく陸子だろう

「食事中におしゃべりはやめなさい。」

 桃華は首をすくませる

「…はい。」

「榛さん。」

 食事が終わった後、桃華が話しかけてこようとしたが、その声は別の人物に遮られた。陸子だった

「遺言状の事ですが、私は遺言に関係なく、黄也を次期当主にしようと考えています。」

 はっきりとした声だった。自室に戻ろうとした黄也が驚いて振り返った。紅緒と黒曜、緑子でさえ足を止めている

「ですので、遺言状が見つからなくても大丈夫です。黄也は真面目な子ですから、確証が欲しくて貴方を呼んだのでしょうが、必要ありません。」

 それだけ言って、陸子は歩いて行った

 黄也は慌てて首を振る

「母はああ言っていますが、私は遺言状なしに当主になるつもりはありません。ですので…」

「分かっています。」

 榛は言う

「遺言状を見つけるか、黄也さんが依頼を破棄されるまで帰るつもりはありません。」


 夜中、妙な胸騒ぎがして眠れなかった。何度も寝返って布団に頭を当てる

(なんだろう。この違和感。)

 ごくごく一般…と言えるのか分からないが、普通の上級家庭だ。しかし

 洗面所で顔を洗って、部屋を出る。桃華にこっそりと、榛さんが言ったら飲み物を用意してくれるよう使用人に頼んだので、いつでも言って下さいね。と言われたのを思い出したからだ

 まだ使用人は働いているだろうか。居間に向かう

 ガタッと音がした。居間に人がいるのだろうか。扉を開けてみると、想像通り人がいた

 息をのむ。とんでもない美女だった。紅緒や緑子、桃華も相当な美人だったが、格が違う。あちらは地に足がついているが、こちらは完全に宙に浮いている。緩くウェーブした髪は肩甲骨まである銀色。瞳はぱっちりとした二重で、色は髪と同じ銀色。肌は透き通るような白で、それをパーカーとロングスカートで隠していた

(ドレスでも着せれば似合うだろうな。)

「あの…。」

 女性は声を出す。綺麗なソプラノだった

「どちらさまですか?」

 使用人だろうか。もしくは緑子や黒曜と同じく聞かされていないのかもしれない

「陽ノ下家三女、灰音さんですか?」

 美女は頷いた

「それで、あの…。」

 しどろもどろな灰音に、榛は笑って返す

「榛海代と言います。探偵をやっています。黄也さんの依頼で、無くなった遺言状を探しに来ました。」

「探偵さん…ですか?」

「はい。」


 灰音は席に着く。夕食の時に緑子が座っていた席だ。榛にはオレンジジュースを出してくれた

「私はあまり知りません。父は病気で亡くなったと聞きましたけど、最期も会っていませんでしたし。」

「灰音さんは夕食にはおられませんでしたね。」

 灰音は頷く

「ええ。私だけ別で食べる事をしているんです。両親や兄弟と一緒に食べた事はありません。」

「三柱さんの姿も見えませんでした。」

「彼は、使用人というくくりらしくて、…その、使用人と一緒に食べています。八場さんもそうでした。」

「なるほど。…ではなぜあなただけ別で?」

 彼女は首を振る

「分かりません。物心ついた時からそうでした。他の兄弟とはいつも別にされていて…。」

「心当たりは?」

「……特に、ありません。」

 長い沈黙だった。何か薄々感ずいているのだろうか

「そうですか。」

 榛は何も聞かない事にした

 灰音は笑う。笑おうとして失敗したような笑みだったが、それでも必死に笑おうとしていた


 灰音と別れて部屋に戻って布団の中に入る。しばらく微睡んで、ようやく意識を失いかけた時に、大声が飛んできた

「大変です!榛さん!」

 黄也だった

「母が、陸子が、血を流して倒れています!」


「…どう見ても他殺ですな。」

 通報を受けて来た刑事は柄屋と言った。彼は鑑識が終わった後、死体を見て言う

「死因は首を刺された事によるショック死。凶器は何か先を尖らせた鋭い鉄の細い棒。」

 陸子は自室で死んでいた。首からは血を流していて、傍には凶器らしきものが転がっている。先端には血がついていた

「まず、犯人は陸子の部屋をノックする。そして出てきた陸子を一息で首を突いた。その後部屋の扉を閉めた。…第一発見者は?」

「私です。」

 黄也が出てきた

「母が夕食の後に当主を私に決めたと言い張って、夜、どうしても真意が聞きたくなりまして、部屋を訪れたら…。」

 言って泣き崩れる。紅緒が支えた。その紅緒の顔も蒼白である

「父に続き、母も…。」

「父上ですか。」

 刑事はふと言った

「父上の死も本当に病死ですか?」

 黄也は固まる

「なぜ?」

「いえ。しかし陸子女史の死は完全に他殺ですので、その件を中心に調べたいと思います。」


「やはり、十呉氏の死は他殺だとお思いで?」

 榛は柄屋に聞く

「その可能性もある。表向きは一応、病死だったな。」

「そうですね。」

 柄屋は榛の背を叩く

「しかしまた殺人事件で会うとはな。第三商業殺人事件以来じゃないか。どうだ桜ちゃんは。元気にしているか?」

 三ヶ月ほど前に起きた事件で榛は桜を引き取った。その時の事件を担当していたのが柄屋だ。二人はそれ以来、約三ヶ月ぶりの再会となる

「少し笑えるようになりましたね。」

「そうか。これからもあの子の笑顔を守れよ。あんな悲劇、二度と起こしちゃいけないからな。」

「…そうですね。」

 桜は先の事件で母と姉を失った。父は既に他界しており、家族が一人もいなくなったので、知り合った榛が引き取る事にしたのだった

「今回の事についてですが、犯人の心当たりは?」

「ふーむ…。陸子の身長は百七十五センチ。真っ直ぐに首を突かれていたのだから、身長の低い桃華や黒曜はやり辛い事くらいか。犯人は実に鮮やかに陸子の命を奪っている。」

「…殺しに慣れた人物という事ですか?」

「その可能性は高い。」

「外部の人間の犯行と言うのは…。」

「それも含めて調査中だ。外部の人間、使用人、兄弟、まとめて容疑者だ。」


 榛は屋敷を歩く。あちこちに警官が出入りしているのが見える。行ったのは屋敷に着いた時から気になっていた倉だ

 そっと入る。埃が光に当たって浮かんでいる。大きな倉だった。何かの骨董品が転がっている。床を見た。切れ目がある。これは何だろうと思って手をかけて

 不意に後ろから音がした

「なにをやっているんですか?」

 黄也だった

「ここは屋敷の人間も立ち入らない場所なんです。」

「そうなんですか?」

「ええ。昔からある骨董品を壊してはいけないので、立ち入り禁止を父が定めたのです。榛さんも例外ではありません。ですので外へ。」

 後ろ髪を引かれたが、渋々外に出る

「私の事を見かけたんですか?」

 聞くと、黄也は榛を見た

「ええ。偶然。そして倉の方へ行こうとしておられたので。…それより、父の遺言状の件は?」

 訝しげに黄也を見る

「言いたい事は分かっています。母が亡くなったのにと。しかし私は当主になって、この陽ノ下家を引っ張って行かなければいけません。」

「…もし、遺言状に書いてある名前が別の人物だったら?」

「ありえません。」

 黄也は言い切った

「確実に、当主は私を指名しています。」


 暗い。何度もここに入れられたが、闇に慣れる事は一向にない。泣きそうになって、しかし泣いても誰も助けてくれないのだとそれまでの経験で学んでいた

 暗闇に目が慣れた頃、扉を探して扉を叩く。何度叩いても開く事が無い事など知っている。しかし叩かずにはいられなかった

 助けて、助けて、と呼ぶ。誰も助けてはくれない。けれど声を上げる。もう嫌だ。暗闇はもう飽きた。たくさんだ

 コツ、コツと音が聞こえたのはその時だった。黙り込んで扉に目をやる。扉が開く事は無かった。しかし、扉越しに人がいるのが分かった

「誰?」

 返事は返ってこない。しかし、立ち去る気配もない。ただ動かずじっとしている

 しかしそれだけで涙が出るほど安堵した。自分一人ではない。誰かが自分と同じ所にいる

 気配は、ずっとそこにあった。やがて疲れて寝るまでは


「凶器に指紋はなし。…か。犯人が遺言状を隠した人物と陸子さんを殺した人物だとすると、黄也さんを当主につけたくない人物?」

「ありえますね。」

 電話越しに聞こえる椿の声はいつも以上に固い

「という事は犯人に黄也さんを除外してもいいと。」

「自作自演の可能性も否めませんが、そんな事をする理由はありませんしね。次に、別々の犯人であった場合ですが…陸子さんに個人的に恨みを抱いていた人物に心当たりは?」

「…まだ何とも言えない。」

「あるんですね。」

「三女の灰音さんと、四女の桃華さんだ。桃華さんは母親の事を顔をしかめて話していたし、灰音さんは食事を一緒に取っていなかった。これが陸子さんの指示だとすると、一人はみ出し者にされた恨みがあるんじゃないか。…と思うんだが…。」

「なにか?」

「二人とも、誰かに恨みを持つ人物だとは思えなかった。」

 長い溜息が電話越しに聞こえる

「相手が美女だからって目が曇ってるんじゃないですか?」

「…いや、ないだろう。」

「本当に無いと言い切れるんですか?」

「…。」

 椿と連絡を切ったあと、一人で考え込む。自室で悶々として、やはり情報収集だとおもって、部屋を出ようとしたところ、ノックの音が聞こえた

「榛さん。遅いですが朝食を持ってまいりました。」

「ありがとうございます。三柱さん。」

「桃華さんの手作りのおにぎりです。」

 そう言って去ろうとするのを引き留めた

「待ってください。…三柱さんはこの家に引き取られたんですよね?」

 三柱は目を細める。冷たい印象がさらに増した

「それがなにか?」

「その前にはどちらにいらっしゃったんですか?」

「…孤児院です。私は孤児でして。幼い頃に母は死に、父はいなかったので、孤児院にずっといました。この家に引き取られたのは十四の時です。十呉当主と八場さんが迎えに来てくれました。」

「ありがとうございます。」

「もういいですか?」

 三柱は出ていく。榛は素早く朝食を食べて、倣うように部屋を出た

 通りかかったのは銀の部屋の前だった。扉が少し開いていて、ベットの横には緑子がいて、熱心に何かを作っていた

「入って構いません。」

 榛は中を見る。声は緑子のものだった

「私に聞きたい事があるのでしょう?」

「…失礼します。」

 緑子は視線を手から離さない。手は細やかに動いて、縫物を仕上げていく

「…このぬいぐるみは全て緑子さんが作ったのですか?」

「そんな事を聞きたいわけではないのでしょう。…まあいいです。私が教えて灰音が作った物もありますが、ほぼ私が作りました。」

「…銀さんの事が好きなのですね。」

 緑子は手を止めた

「昨日、黒曜が言いかかった言葉ですが、私と他の兄弟は半分しか血が繋がっていないのです。…私は先代当主の娘ではありません。」

 榛は目を見開く

「では、陸子さんが?」

「ええ。一時期、母と先代当主がとても仲の悪い時期があったのです。しばらくして元の関係に戻り、子も産まれましたが…私は仲が悪かった頃に産まれた子供です。」

「先代当主はその事を…?」

「勿論知っています。先代当主はそれでも私の事を実の娘のように扱ってくれました。…逆に母は、不貞で出来た私の事を煩わしく思っていたようで、度々厳しい言葉を投げられた事があります。銀兄様は母の言葉で泣いてる私に、笑って飴玉をくれたんです。それ以来、ずっと大切な人です。」

「辛い事を聞きますが、桃華さんは物心ついたときから銀さんは今のままだったと…。」

「…ある日突然倒れたのではなく、徐々に衰弱していく形でした。眠ったままになったのは私が六歳の頃です。」

「…病気で?」

「父と医者はそう言っていました。」

「…話してくれてありがとうございます。」


 廊下を歩きながら考える。足は自然と倉に向かっていた

 緑子には悪いが、銀が病気だとすると、昏睡状態に陥ってから今まで生きていられるものだろうか。その時、遠くから声が聞こえた

「外部犯の可能性はほぼ無いか。」

 柄屋の声だ。聞きに行こうとして駆けだそうとする

 その時ゴツンという音が聞こえた。続いて頭部に鋭い痛みが走った

 振り向く間もなく、榛は地面に崩れ落ちた


 ふつふつとする。目を開いたが、目の前は真っ暗で開けた感覚が無かった

 そうだ!勢いよく顔を上げようとして、後頭部に痛みが走る。ジンと痺れて、うずくまる。目の前は相変わらず真っ暗だ。今日は新月では無かったはず。それに、ここはおそらく室内

 頭を手で押さえて、周りを見る。どこだろう。ここは

 時間はどのくらいか…腕時計を見る。午前十一時。持ち物を探したが、携帯は見当たらない。ポケットの中に入っていたクッキーしかなかった

(どうするか?)

 榛を襲った犯人が遺言状を隠した犯人や陸子を殺した犯人と同じなら、一体なぜこんな真似を

 目が暗闇に慣れて、徐々に室内の様子が分かっていく

 壁は土でできた塗り壁だった。触るとぽろぽろと落ちていく。伝って、木でできた壁に行きついた。壁にはドアノブのような物がついている

(壁じゃなくて扉か…。)

 おーい!と大きな声で呼んでみたけど、返事は返ってこない。もう一度呼んでみたけど、シーンとしたままだ

 仕方なく、榛は室内を調べる事にした

 と言っても何もない。室内は百七十八ある榛が立ってスレスレの高さ。腕を伸ばして天井に触れてみると、天井は木でできた物らしいというのが分かった

 塗り壁を伝っていくと、一か所、崩れている所があった

 しめた。出られるかも知れない

 榛はクッキーを一つ口に入れると、その部分をかきだしはじめた


 時間は午後三時を超えた。随分掻き出したが、まだ外には出られない。その時手に何か丸い物が当たって、掴んで出す

「!」

 白くて丸い。中央よりやや上には丸い穴が二つできている

 白骨化した人間の頭部だった

 言葉を失いかけた時、背後から光が差した

「榛!大丈夫か!?」

 柄屋の声に応えようとして、遠くで悲鳴が聞こえた

 柄屋の部下が慌てて駆け込んでくる

「また、事件です!」

「何だ!こっちも事件だ!」

 部下は首を振る

「殺人事件です!今度は黄也さんが殺されました!」

 榛は呆然とする

 何なんだ。これは


 柄屋の手を振りほどいて、階段を上っていく。視界の隅に動転した黒曜の姿を見たが、気にせず真っ直ぐに黄也の部屋に向かって行く

 そこに人が倒れていた。うつ伏せで、背中から血を流している。背にはナイフが刺さったままだった

(二撃か…。)

 そうして改めて死体を見て、その指の先に、みばしと書いてある血文字を見つけた

(三柱さん?)

「あの…。」

 かかった声はまさに今思考していた人の名前で

「どけ、榛!」

 声は柄屋に遮られた

「ダイイング・メッセージか?…みばし?」

 三柱を見る。彼は蒼白の顔をしていた

「お前!」

「待ってください。」

 榛は冷静に止める

「この死体、よく調べてみて下さい。犯人は二撃で黄也さんを殺している。二撃目、確実に死に追いやったはずです。黄也さんはダイイング・メッセージを書く余裕があったのでしょうか?書いたとて、犯人が気づかないはずがありません。」

 それだけ言って榛は倒れこむ。気力が限界にきたのだった


「大丈夫か?」

 柄屋が缶コーヒーを差し出してくる。榛はそれをありがたく受け取りながら、頷いた

 ここは小さな町の病院。そこで検査を受けて、打ち身以外なにも異常は無い事が分かり、安心する

「俺がいた所は倉の地下だったんですね。隠し扉があった。」

「出てきた白骨死体は今調査が進んでいる。おそらく女性で、骨もおよそ二百六本すべて見つかった。死んだ後あの塗り壁の中に埋められた事は間違い無いようだ。」

「俺が閉じ込められているのはどうして?」

「ああ。しばらくしてお前がいない事が騒ぎになって、皆で探していたんだが、ふとあそこはどうだろうと言った人物がいたんだ。」

「その人とは?」

「灰音さんだ。」

「灰音さんが?」

「ああ。彼女が教えてくれた。…鍵は離れの和室か、陸子さんの部屋にあると言って。その通りだった。」

 榛は立ち上がった。灰音に話を聞きに行かないといけない

「彼女には警察が今話を聞いている。大丈夫だ。」

 しかし、彼女から直接話を聞かないと気が済まない。病院を出て、陽ノ下邸に向かう。柄屋もついてきた

 玄関の所に人がいた。灰音と三柱だ

「いい加減にしてください。」

 三柱は冷たく灰音を突き放す

「貴女がどうしようと知った事ではない。私は黄也さんの後始末をしなくてはいけないのです。」

「三柱さん…。」

 灰音の手を振り払って、三柱は室内へと速足で向かって行く。それを見て柄屋は彼女に話しかけた

「今のは…?」

 灰音は首を振る

「ダイイング・メッセージに三柱さんの名前が書かれていた事は、皆知っています。なので、心当たりはないかと聞いていたんです。」

 嘘は言っていない…が本当の事を言っているとは思えなかった

「貴女がどうしよう…とは?」

「…私が昔、あの地下に閉じ込められていた事を話したんです。」

 地下。榛が閉じ込められていた所

「子供の時に…ですか?」

「はい。なので榛さんがいなくなった時にもすぐにあそこなのではないかと思いました。」

「もういいでしょう。」

 不意に第三者の声がかかって、外を見る。紅緒だった

「灰音があそこに閉じ込められていた事は私もはじめて知りましたが、辛い記憶を蘇らせるものではありません。ただでさえ、母と兄を立て続けに亡くして、気が動転しているのですから。」

 さ、灰音と紅緒は促す。灰音は頷いて、紅緒に寄った

「すみません。何かあったらまた話してください。」


 榛は部屋に帰る。気が動転…か。自分もそうかも知れない。一日で色々な事が起きすぎた

 桜はどうしているだろうか。クッキーのお礼をしなくてはいけない

 扉がノックされた。また襲われないとは限らない。注意して開けると、桃華がいた

「少し、話がしたいと思いまして。」

「どうぞ。」

 桃華は座る。榛がおいてあったポットと湯呑を使って茶を入れて、それを飲んで少しほっとしたようだった

「すみません。こんな…。」

 言って桃華は俯く。ぽたぽたと握りしめた手の甲に涙が落ちてきた

「なんで、兄様が…こんな目に…」

 しばらく榛は彼女の背を撫でていた。三ヶ月前に親兄弟を亡くした子供とだぶった

「…落ち着きましたか?」

「はい。」

 桃華は顔を上げる。泣きはらした目は真っ赤で、頬も赤い。しかし桃華は言った

「私で答えられる質問があれば、何でも答えます。」

「遠慮しませんよ?」

「はい。慰めてくれたお礼です。」

「灰音さんが地下に閉じ込められていた事は知っていましたか?」

 桃華は首を振る

「全く知りませんでした。」

「…では、それにおそらくお父さんとお母さんが関わっていた事も?」

 残酷な質問であったが、桃華はしっかりと答えた

「はい。私にとっては優しい父と母でしたので、まさか灰音姉さまがあんな事をされているとは思ってもいませんでした。」

「出てきた白骨死体に心当たりは?」

「ありません。」

「黄也さんがいなくなって、喜ぶような人物はいるとおもいますか?」

 桃華はしばらく黙った。長い沈黙の後、搾るかのように声を出した

「紅緒姉さまが、黄也兄様が当主になるのは反対だと、言っていました。」


 廊下で黒曜とすれ違う。彼は榛を見て、はじめて十三歳であるようなあどけない顔をした

「探偵ってなにやるの?」

 初日に会った時とは違い、口調も砕けている。榛は聞いた

「興味があるのかい?」

「うん。俺、もう陽ノ下家を出て、外で働こうと思っているから。」

 あんな事が起きたからか。しかし黒曜は首を振った

「もうずっと前から決めていたんだ。この家堅苦しいし。紅緒姉さんや桃華姉さんは優しいけど、基本的に皆ピリピリしてるし。もっと肩の力を抜きたい。榛さんは自活してるんだよね?」

「そうだね。養子だけど、子供もいる。」

「自分でお金を稼いで、好きな人と結婚して、裕福じゃないけど一緒にご飯食べりながら喋って笑いあったりしてさ。それなりの普通の幸せってのに憧れているんだ。」

 榛は黒曜の頭を撫でた

「君なら、できるよ。」


 扉を叩く。女性の寝所に入るのはどうかと思ったが、仕方ない。紅緒は扉を開けて中に入れてくれた

「桃華から聞きましたか。」

「…。」

「あの子は随分と貴方に懐いていますからね。」

「黄也さんが当主になる事を反対されていたと。」

 紅緒は頷く

「はい。欲を言うなら、私が当主になりたいと思っていました。」

「紅緒さんが、ですか?」

「ええ。帝王学も学んでいますし、大学では経済学を専攻していました。出来ることなら、陽ノ下家の指揮を取りたいと思っていましたが、父からは女は当主になれないと反対されていました。」

「そうですか。」

「それに…」

「それに?」

「黄也兄様は不気味な所がありましたから。」

 これには驚いた。あの優しそうな美丈夫が、実の妹から不気味だと言われるとは

「何か裏でやっている。そんな気がしていたのです。私は、もし灰音が閉じ込められていた事を黄也兄様が知っていて、黙っていたとしても何の驚きもありません。」

「黄也さんはそういう暗い一面があったと。」

「三柱もです。結託して何かやってると。もしかしたら、銀の事も絡んでいるかも知れないし、父を殺したのも彼らなのではないかと。」

 榛は続けて質問する

「先代当主は病死ではなく、殺人だと。」

 紅緒ははっきりと頷いた

「私はそう思っています。父が亡くなる時と、銀が昏睡状態に陥った時の症状が酷似していましたから。」


 榛は柄屋に連絡する。陽ノ下家が裏で何か薬を手に入れてなかったか。それと白骨死体のDNAを徹底的に調べろ。そして、椿に電話して、一つ頼み事をした

 柄屋から連絡が返ってきたのは半日後だった

「確かに陽ノ下家は毒を手に入れていた。少しづつとる事で徐々に毒が回り、最終的には昏睡状態に陥って、死に至る毒だ。」

「解毒剤はありますか?」

「ある…がどうしたんだ?」

「いえ…そして手に入れた人物の名は分かりましたか?」

 それだがな…と警察官は言った

「十呉氏本人だった。」

 榛は内心で手を打った。読みは当たった

「それと、ダイイング・メッセージの件だが、血痕の渇き具合から正式に殺された後に書かれた物だと判明した。つまり犯人は三柱に罪を擦り付けたのだな。」

「白骨死体の件は。」

 柄屋は更に困ったように言う

「これは…考えられないんだが、骨にはある色素が染みついていてな。これがあの地下の塗り壁の中には出ない物だったんだ。それで調べた所、別の場所に埋められた死体を誰かが掘り起こして、あの壁の中に埋めなおしたのかと。…しかし骨は一本残らずあったがなあ…。」

「白骨死体を全て掘り起こすには、とんでもない労力が必要ですが、出来ない事はありません。犯人は、よほどそうしたい目的があったのでしょう。」

「…あーお前さん?もしかして犯人の目星がついている?」

「白骨死体のDNAはどうでした?兄弟から血縁者は出ましたか?」

「出た。銀、灰音兄妹からだった。それ以外の兄弟からは出ていない。」

 

 椿から連絡が来た。上手くやったらしい。安堵して、立つ。最後に向かう所がある

「灰音さん。」

 灰音は出会った場所、居間にいた。周りには誰もいない

「なんですか?」

「質問したい事があります。」

 その質問に灰音はしばらく呆然として、ややあって、ゆっくり頷いた


 扉をノックする。気配はあったが、返事は返ってこなかったので、勝手に開けた。その人は今水を飲もうとしていた所だった

「話したい事があります。」

 人物は答えない。ただ、榛を見た

「これから事件の総まとめをしたいと思っています。付き合ってくれますね。犯人…いや、三柱さん。」


 三柱は真っ直ぐに榛を見る。睨み付けていると言ってもいい。後ろでガタッと音がした。振り返ると、灰音だった

「あ…。」

 彼女は首を振る

「まさか、そんな。」

 灰音は突き付けられた三柱よりも蒼白な顔だった。必死に首を振って榛に訴えかける

「間違いです。三柱さんが、そんな、母や黄也兄様を殺すなんて事はありえません。」

 三柱は灰音を見る。いつもより冷淡な目つきだったが、僅かに揺れていた

「どうして貴女はここへ?」

「なにか、胸騒ぎがして。…先ほど榛さんが私の所へ来られたので、はしたないとは思いつつも、後をつけたのです。」

 三柱は再び榛を見た

「続けて下さい。何故私が犯人だと思ったのですか?」

「その前に、確認したい事があります。あなたは、十呉さんを殺しましたね?」

 灰音は絶句する。ただ茫然として榛と三柱を見た

「毒を徐々に盛り、昏睡させて最終的には殺した。そう言う毒です。医者が見ても病気だと勘違いするような。」

「…。」

 三柱は答えない。だから榛は続けた

「それは最初、十呉さんが手に入れた物だった。別の人に使われたそれを、あなたが十呉さんに盛ったのです。」

「別の人とは…?」

 何とか声を出した灰音に、榛は答える

「銀さんです。十呉氏、妻の陸子さん、そして黄也さんは銀さんを殺そうとしていた。」

「なぜ…。」

 震えた灰音の声に榛は首を振った

「事件の核心に触れるので、後で説明します。そしてあなたは遺言状を隠し、第三者である私を呼び込もうと黄也さんを唆した。八場さんが亡くなったのは偶然です。八場さんの後継者であったあなたはいくらでも彼の自室に入ることができた。亡くなったのはあなたが遺言状を盗んだ後でしょう。しかし、あなたは持病を進ませる薬を盛っていた可能性もありますがね。八場氏も十呉さん達が銀さんを殺そうとしていたのは知っていたはずですから。」

「第三者であるあなたをこの家に入れようと唆した理由を教えて下さい。」

 三柱に催促されて榛は続ける

「白骨死体を見つけさせるためです。あなたは別の所に埋めてあった死体を残らず掘り起こし、一本一本丁寧に土を拭きとって再びあの地下へと埋めた。そして私を背後から襲い、地下に閉じ込めて、死体を発見させるようにした。」

「なんでそんな面倒くさい事をしなければいけないのですか。」

 煩わしそうに三柱は聞く。榛は笑った

「白骨死体が、銀さん、そして灰音さんの近親者だからです。おそらく、母親。」

 灰音は完全に固まった

「あなたは幼い頃から黄也さんについていた。だから白骨死体の事も、銀さんのことも全て知っていた。あの白骨死体は銀さん、灰音さんの母親のものだった。銀さん、灰音さんの父親は確かに十呉氏ですが、母親は陸子さんではなく彼女だった。緑子さんが生まれるきっかけになった不仲も、彼女が絡んでいるのでしょう。彼女はどこかから十呉さんが攫ってきてあの地下に閉じ込めた。そして銀さん、灰音さんを産ませた。…灰音さんも、いずれ彼女と同じ道を辿る事になっていた。」

 三柱の視線が鋭くなる。灰音は絶句したまま動かない

「灰音さんだけが地下に閉じ込められたり、食事を一緒にとらないと言った虐待を受けていたのは、彼女が陽ノ下家と契約している他の金持ちに売られる予定だったからです。他の兄弟が灰音さんに近づいて、同情しないようにした。少しでも近づくと、灰音さんは地下に入れられた。」

 一旦、言葉を切って、再び続ける

「紅緒さんや緑子さんはそれでも灰音さんと仲が良かったらしいですがね。特に陸子さんは灰音さんを嫌っていた。愛した主人が他の女に手を出して生まれた子だから当然です。しかしそうしなければいけない理由があった。陽ノ下家は代々、そうやって美女を産ませては金持ち達に売っていた。その対価で金や株を手に入れていた。そうやって陽ノ下家は上級階級にのしあがってきたのです。もちろん、時期当主であった黄也さんもその事を知っていた。知らなかったのは紅緒さんをはじめとする、他の兄弟達だけです。」

「……。」

「銀さんは灰音さんを売るのに邪魔だったら、殺されかけた。赤ん坊の時にはまだ使い道があるだろうと思っていた十呉達ですが、緑子さんのことも含め銀さんは徐々に目の上のたんこぶ的な存在になっていった。だから毒を盛ったのです。それでもこれまで生きてきたのは、あなたが十呉達の目を盗んで解毒剤を処方していたから。」

 三柱の目つきは更に鋭く、冷淡な物になっていく。しかし榛は気にしていない

「…証拠はあるのですか?」

「うちの優秀な部下が、解毒剤のルートをつきとめてくれました。闇医者である禅道氏の賭に勝って、禅道氏からあなたが解毒剤を購入したことを聞いてくれましたよ。」

 もういいでしょう。と榛は言った

「あなたの目的、それは灰音さんをこの陽ノ下家から救いだす事です。」


 三柱は沈黙する。灰音もまた、固まったまま動かない

「あなたは、灰音さんの事を愛していますね。」

「どこに、そんな…」

 ようやく三柱は言葉を出して、榛を睨み付ける

「もうやめましょう。悪びれるのは。あなたはわざと冷淡にふるまう事で、殺人者である自分から灰音さんを遠ざけたかったのは分かりますが、灰音さんはもう、既にあなたに堕ちています。」

 灰音に放った最後の質問、それは三柱の事を愛しているかだった

「あなたは黄也さんを殺した後、最後の総仕上げとして自分の名前を書いた。そうする事でスムーズに逮捕されようとした。しかし、私が口をはさんだので出来ずじまいだった。私が口を挟まなかったら、あなたは犯行を自白していた。おそらく、当主の座が欲しかったとか適当な理由をつけて。」

 榛は彼が持っていた水の入ったコップを見た

「しかしそれがあなたの首を絞めた。あなたに容疑が向くはずが、これでは別の人物に向かってしまう。最悪、灰音さんが疑われかねない。灰音さんは白骨死体の女性の娘なのですから。だからあなたは犯行を自白した遺書を書いた。」

 コップを持って上げる

「これには毒が入っていますね。」

「馬鹿馬鹿しい!」

 三柱は声をあげる

「そんなもの、あんたの勝手な想像だ!確かに俺は十呉達を殺した!しかし、彼女のためではない!全て自分のためだ!俺が金持ちになりたかったからだ!」

「では、これには毒が入っていないと。」

「当然だ!」

「それでは、これを飲んでください。灰音さん。」

 三柱が目を見開いた

 灰音はおずおずとそれを受け取る。口に運ぼうとして、コップを落とす。コップはパリンと割れた

 三柱が、灰音の手を払っていた

 榛はそれを見つめる

「毒があるかは飛び散った水を調べればわかります。遺書もこの部屋にあるのでしょう。遺言状と共に。」

「…もう、」

 灰音は搾り出すように声を出す

「もう、いいんです。私のためにそこまでしてくれなくても。もう、充分です。」

「俺は幸せだった!」

 三柱は叫ぶ

「最初は馬鹿な子供がいると思った!けれど、貴女はどんな境遇に落とされても、それでも笑おうとしていたから。その笑顔を守るためならどんな事だってできた!それが俺にとっての幸せだったんだ!」

 榛は沈黙する。そのまま部屋を出た

 廊下に柄屋が立っていた

「…どうなりますか?」

「三人殺せば確実に死刑だが、情状酌量の余地があるからなあ…。優秀な弁護士がついてくれるといいんだが。」

「部下が元弁護士です。その伝手を辿ってみます。」

「任せていいか?」

「はい。」


 榛は荷物をまとめる。三柱の部屋から遺言状は見つかった。遺言状には当主を黄也に定めると書いてあった。しかし黄也が死んだ以上、それは役目を果たさない

「もう帰るの?」

 振り返ると黒曜だった

「まあね。」

「俺、やっぱりこの家を出るよ。ってかこんな家とっとと潰れちまえと思ってる。新しく当主になる紅緒姉さんには悪いけどさ。」

「素直な子だなあ。君は。」

 榛は笑う。そして黒曜に紙を渡した

「何か困った事があったら、ここに連絡をくれよ。いつでも駆けつけるから。」

 黒曜は目を輝かせる

「いいの?」

「ああ。用事がなくても構わない。君とそんなに年の変わらない子もいるしね。その子の遊び相手になってくれ。」

「うん。必ず遊びに行くからね。桃華姉さんもつれて。」


 榛は玄関を出る。灰音が頭を下げた

「ありがとうございました。」

「…元気で。」

 灰音は笑う。相変わらず失敗したような笑みだったが、これから良くなっていくだろう

「強く、生きようと思います。」

 それと、と灰音は言葉を紡ぐ

「子供の時に地下に閉じ込められた時、扉の外からずっと人の気配がしたんです。あのおかげで私は暗闇が怖くなくなったのです。何も喋らなかったけど、あれは三柱さんだったのだと思います。」

 その時、屋敷の中から声が聞こえた

「銀兄様が!」

 緑子の声だった

「銀兄様が目を覚ましました!」

 灰音は振り返る。緑子が来て灰音を連れて行った。そして屋敷の中は慌ただしくなっていく。それを笑って見て、榛は背を向けた


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