第七話:統計によれば、ハクスラとトレハンの区別がつかない者の割合は……
洞窟……だいたい最初のダンジョン。
「できるなら危ないからついて来るなと言いたいがそうか行きたいかよしわかった一緒に行こう!」
「はい?」
いきなりムライにそんなことをいわれ、マリアにはなにがなんだかわからなかった。
「<奇跡>に頼るのはやめだ。あれ使うの疲れるし……だからダンジョンに行く」
決然とムライはそういった。
「すみません、まだなんのことやら……」
「鈍いな、トレジャーハンティングだよ」
ムライはもどかしそうに身をよじった。
「こないだ道を歩いていたら、明らかにダンジョンとしかいいようのない洞窟を見つけた。まだ地図にも載ってない。つまりギルドの強欲な冒険者どももまだご登場でないってわけだ」
強欲なのはあなたも一緒じゃないかとマリアは思ったが、黙っていた。
「えっ、それ、わたしも行くんですか?」
マリアは訊ねた。
「お荷物になっちゃうんじゃ」
「ああ、お荷物だ。いや、お荷物係だ」
ムライは答えた。
「ありとあらゆる金目のものを拾え」
「はあ」
「行くぞ!」
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ダンジョンとは、あまり人が住むには適さない、というのはべつに湿気が多いとか隣人がうるさいからというわけではなく、危険な魔物が出没する、そんな場所を示す言葉である。
また冒険者とは、説明不要なくらい有名なあの、あのギルドに所属し、各地で乱獲や遺跡破壊といった暴力行為に従事する犯罪者のことである。
よく知られているように、ダンジョンには謎が多い。どうしてこんなだれも来なそうな場所に宝物が置いてあるのか、またどうしてこうも都合よくあちこちにあるのか、またどうして勝手に冒険者が入っていって中身をかっさらってもいいのか、など。しかしじっさい有用なアイテムも数多いため、黙認状態であった。
ムライはマリアに大きなかばん(ごみ捨て場で取得……いや拾得したものだ)をもたせ、自分はなにも持たずに外へ出た。
「あっちだ」
と彼が指さす方向は村の出口に通じていた。
ちなみにこの村<コマンド>にはだいたい百箇所くらいの出入り口があり、現在もその数は増加中である。というのも最近になりようやく、この村がとうてい住むには耐えない場所であることに気づいた者が現れ始めたからである。
いかにも貧乏人が暮らしてそうな、そしてじっさい貧乏人が暮らしていたボロ屋の連なりを越え、悪臭ただよう側溝にかかる橋を渡り、不潔な雑踏をくぐり抜けると、ようやくそこは村の境界であった。
一応、正式な出入り口であるらしく、そのことを外来者に(村人はだれひとりとしてそんな認識を持っていなかったから)示すためか、アーチ状の門がそびえていた。が、その汚れと老朽の具合を見るに、どう考えてもないほうがマシであった。村の雰囲気を如実に再現するものではあったけれど。
ふたりはそこをくぐり抜けた――まあべつに、そこまでまれな出来事でもなく、しょっちゅうやっていたことだから、とくに感慨が生じることはなかったが。
「そりゃそうだ」
ムライはうなった。
「あんな村に死ぬまで閉じこもってたら……死ぬぜ」
「それはそうでしょうね」
マリアもいった。
そこは平原で、エイプ草、ミカガミバナ、バネカンラン、ハルシオー、ニュプラタの大木、ヨウコウクレ大樹など、春に生えるありとあらゆる植物が一年中見られるのだった。なにしろ、この大陸は一年中春の気候なのだ。
ムライは街道をなぞらず、早々とそれを外れ、ひときわ緑が豊かな場所を目指し歩いた。そこはあまりにも植物が繁茂していて、まるでぬかるみのように彼らは足を取られた。
「ここだよここ」
ムライは前方に指を突き出した。
「見えるな?」
なるほど、そこには露骨に口を開けた洞窟があった。
「どうやって見つけたんですか?」
とマリア。
「散歩してるときだっていっただろ。何度も言わせるな」
「いや……ふつう、こんなとこ散歩しますかね?」
「おれはふつうじゃねえんだよ」
そういいながらムライは入り口へ向かった。
「そろそろ気づけ」
それはいわれるまでもないことだと、マリアは思った。
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洞窟の内部は暗かった。
わけではなかった。
「おかしいな……明かりがついてるぞ?」
壁面には燭台の連なりが深部まで続いていた。そのうちのいくつかにはもう火が灯されて、ふたりの影を壁に投射していた。
「先客がいるのか?」
ムライはあわてていった。
「まずいぞ、宝を横取りされる。早く追いついてぶん殴って奪い返そう」
「それ、ムライさんがやってくださいね」
とマリア。
「わたしは無関係ってことで」
「なにいってんだ、絶対に相手は二人組に襲われたと証言するはずだぞ」
「脅されてやったって言います」
「じゃあおれもお前に脅されたってことにするぞ」
「だれも取り合いませんよ……そんなの」
「バカいえ。たいていの少女は触れた相手を社会的に即死させるパッシヴ効果を……」
ムライはその先を続けられなかった。
穴に落ちたから。
「大丈夫ですかー?」
なんかこの前もこんなのやったな、と思いつつ、マリアは暗がりにあり、そのため彼が気づけなかった穴に落ち込んだムライに向かって声をかけた。
「下に槍がある! ああ! ああ! 串刺しになる! やめろ! おれはまだやらなくちゃいけないことが軽く三百くらいはあるんだ! そのリストは羊皮紙に書いて机のなかにしまってあって、それを見られたら死んでも死ねないんだ!」
ムライはわめいていた。それがいかにも元気そうな様子であったので、マリアは安心した。
「あっ。安心したなお前! そんな描写いらないから、早くおれを助けてくれ! ああ! 腕、腕がつる!」
なんとも都合よく落ちていたロープをマリアが垂らしたことで、ムライは穴の壁を登って助かることができた。
「お礼はいりませんよ」
いつかのムライの真似をして、マリアはいってみた。
「……だれがするかバカ!」
予想通りの返答を得られたため、彼女は満足した。