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第六話 ワザッ……

致死量……十年前の適量。

 付き添いのお礼に、ハームフルは何枚かランカを放ってよこした。お忘れになった方も多いだろうが(なにしろ数話前のことなので)、ランカというのはこの世界の――少なくともこの大陸での――通貨単位である。


 そのさまを見て、マリアはようやく、いままでどのようにしてこの怠惰な神父が生き延びてきたのかを知ったのだった。つまり、村人から依頼を受け、それを解決し、報酬を得ているのだ。しかし、またひとつ彼女に疑問がわく。その証拠に、この少女の頭上を見上げよ。あれを疑問符と呼ばずしてなんと呼ぶ?


「神父という職についた方は」

 マリアはいった。

「働いてお金を受け取ってはいけないのじゃありませんでしたっけ?」


「なに、これは労働の対価ではない」

 ムライはこともなげにいった。

「ただの寄付だ」


「そういう体にしておいてあげて。じゃなきゃあ、もし<聖地>の面々の耳に入ったとき彼は……」

 ハームフルは笑って、

「死刑にされちゃうから!」


「そうだ。たいていのやつは火あぶりになんてされたくないだろうが、実を言うと……」

 とムライ。

「おれもそうだ」


 たくさんの黄色いキイン草(そのほとんどをムライとマリアに摘ませた)を抱え、ハームフルは教会を去った。いつの間にか日は暮れていて、西から差す光に彼女は溶け込んでいくように見える。


 後日、ふんだんのキイン草で調合した薬を、ひとビン持ってきてくれた。ただでさえこの教会は散らかってるんだから、これ以上ごみを増やすな、と、ムライはかんかんだったが。


 <ニューロンの森>でのハームフルの言葉を思い出し、マリアはムライにそれを飲み下してみることを冗談めかして提案した。するとあんがいあっさり、彼はビンに口をつけた。彼自身その効能に少なからず興味はあったようで。


 硫黄のような色の濁った液体が、傾斜したビンの内側をドロドロと滑り降り、ムライの口へと滑落していく。あっという間に完飲してしまった。


「がっ、まずっ!」

 ムライはそう叫んだ。そう叫んでから、どういうわけかそのときまでまったく忘却していたハームフルの言葉を思い出した。


「一応いっとくけど」

 十分前の玄関で、

「一回分の適量は大さじ一杯だからね!」


「おい、マリア」

 ムライがいった。


「はい?」


「どうしてお前も忘れてたんだ」


「いやあ、だって」

 マリアは肩をすくめた。


「そんなセリフがあったこと、たったいま知ったんですもの」


「ああああ!」

 ムライは教会の汚れた床(というのも、床を掃除したのはマリアだったから)をのたうちまわった。

「死ぬ、死ぬ!」


「わっ。大変だあ。ハームフルさんを呼ばなくちゃ」

 マリアもびっくりしていった。

「どうせ致死量だから、楽に逝ける薬を……」


「勝手に諦めてんじゃねえ!」

 ムライが苦しみながらもどなった。

「くそう、うかつだった。あいつが調合した薬にはいつもひどい目にあってんのに……」


「たとえば?」

 興味をひかれ、マリアは訊ねてみた。


「たとえば……あああ!」

 またムライはどなった。

「いま起こってるようなことだよ!」


「じゃ、大丈夫ですね」

 マリアはほっとした。

「それでも生きてるんですから」

 

□ □ □ □ □ □ □


「金がほしい」

 唐突にムライがつぶやいた。


「できるだけ多く、できるだけたくさん」


「どっちも同じじゃないですか」

 マリアは教会の床を掃いていた。どういうわけか彼女がホウキを動かすたびに、どこからか新たな塵や埃が現れた。


「それくらい欲しいってことだよ……ああ、どうしよっかなあ」

 ムライはうなった。

「働くのはイヤだし……ああやっぱり働くのはイヤだし……」


「そういえばハームフルさんが広告を出してましたよ」

 村へ行ったときのことを思い出し、マリアが、

「治験体の」


「よし、行ってこい」


「イヤです」


「だよな」

 ムライはため息をついた。

「……しかたない、アレを試すか」


「アレって?」


「<奇跡>のことだよ」

 とムライ。

「お前にも、もう何回かやって見せただろ」


「……! じゃああれが……?」

 ようやくあれ(ドラゴン)やあれ(ゴブリン)の原理が説明され、マリアは喜んだ。しかし、それは信じがたいものでもあった。

「でも<奇跡>って、すごい聖職者にしかできないんじゃあ……」


「そうだよ」

 そしてムライは自分を指差していった。

「おれもそう見えるだろ?」


「いや……」 

 反射的にマリアはそういってしまった。とはいえ、命の恩人への感謝を忘れていたわけでもなかった。彼はそれほど悪い人間ではないのだ……ただ、聖職者としてどうかは別として。


「<奇跡>はいろんなことができるはずなんだ」

 ムライはいう、

「魔物を気絶させたり、傷を癒やしたり……それだけじゃないはず。つまり!」

 ここで高らかに、

「鉄クズを黄金にもできるはずだ!」


「ええー……」

 というのがマリアの素直な感想であった。

「聞いたことないですよ……黄金を作る奇跡なんて。そもそも、そういう個人的な願いはムリなんじゃあ……」


「だれも試そうとしなかっただけだろ。バカだから」

 ムライは譲らなかった。バカというか、善人だからしなかったんじゃないかとマリアは思ったが。


「おれは賢い。賢すぎてたまに自殺しそうになるくらいだ。だからおれはやるのだ!」


 そういってムライは二階へ続く階段を駆け登った。材料を探すためであろうが、これはあまり賢い行動とはいえなかった。彼が足をかけたのは木製の階段であり、しかもだいぶ前からある木製の階段であったから。


 まあそういうわけで、


「ああっ!」


 十三段目の階段に足を乗せたとたん、もろくも崩れ去り、転落。幸いにも打ちどころが悪かったため、彼はその日一日中気絶していた。どうしてこれが幸いなのかというと、もし打ちどころがよかったのなら、彼は気を失わず、再び二階に行き、鉄クズを見つけ、それを黄金に変える奇跡を試し、失敗し、大爆発を起こし、地上からこの村の存在を消し去ってしまったであろうから。



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