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第三話 簡単な仕事-1

神父……死者すら蘇らせる全知全能の持ち主。じゃあなんで神を信仰しているのか?

 数日がたった。


 あいかわらずムライは祭壇で寝ている。信徒もだれも来ない。


 そのようすを見て、マリアはやっと数日前の彼のセリフを思い出した。あのドラゴンに食われかかったときの。


「ちなみにべつだん神は信じてない」


 命が助かったことばかりよろこんで聞き過ごしていたが、これはちょっと神父のセリフとしてはいただけない。というか、矛盾している。


「ムライ様、神さまを信じていないんですか?」

 壇上の神父に彼女は訊ねた。


「ああ」

 といいざま、手にした本のページをめくる。

「まったく信じてないな。信仰ゼロだ」


「でも」

 とマリア。

「神父ですよね?」


「まあな」


「わたしはいままで、神父っていうのはみんな信仰を持っているものだと思っていました」


「例外が目の前にいるな」


「それならどうして……」

 マリアは恩人の機嫌を損ねないよう、慎重に言葉を選んで聞いた。というのも、この数日で、彼がかなり短気らしいことがわかったからである。

「神父をやってるんですか?」


「税金を払わなくて済むからだよ」

 

「は?」


「教会は、税金を払わなくてもいいの」

 ムライはとくに気分を害したふうもなくいった。

「おれが神父をやってる理由はそれだけだよ」


「……神を信じていないんですよね」


「まあ、あまり真面目な動機でないのは確かだが」


「いえ、その」

 マリアはあわてていった。

「いいんです。ムライ様はわたしを助けてくださいました。それは間違いなく事実です」


「そうだろうな」


「だから、ムライ様の考えはどうでもいいんです……あ、いや、どうでもいってのは、つまり……」


「いや、わかるよ」

 ムライはうなずいた。

「おれも人の考えてることはどうでもいい」


「は、そうですか……それで、ええと、……もしよければ、教えてくれませんか」

 ようやく本題に入ることができ、少しほっとしてマリアがいった。

「どうして神さまを信じていないのか」


「すると、きみは信じてるんだな」


「ええ」


「……ま、それは勝手だが。おれが信じていないのはだな……」


 そのときハームフルがやって来て、そのハームフルというのはいつもとんでもなくやっかいなことばかり引き起こすものだから、それを防ごうとして、ムライは会話を打ち切らざるを得なかった。


「ほらな、厄介だろ?」


□ □ □ □ □ □ □


「あれ、この子は?」

 ハームフルがふしぎそうな顔をしてマリアを見た。それからムライのほうを向いて、

「あんたが産んだの?」


「んなわけねーでしょ」


 ムライはげんなりした。このハームフル――略さずいえばハームフル・トリスマシストマスだがあんまり長いので両親にすらフルネームで呼ばれることはなかった――は薬師(と勝手に名乗っている)の少女だった。


「それでおれのところにしょっちゅうやって来ては、あれを採ってこいだのなんだのやかましくするんだ」

 ムライはマリアに説明した。


「わあ失礼」

 ハームフルがいった。


「事実だろ」

 ムライも返す。

「ほんと、名は体をあらわすっていうのを証明するためにいるような……」


「それって『ハームフル』のこと?」

 薬師の少女はいった。


「そりゃ、確かにこれは英語だと『有害な』って意味の形容詞だけどさ。だけどこの世界に英語なんてないんだし、そこをあげつらうのはよくないんじゃない?」


「じゃあなんで存在しないはずの言語についてお前は知ってるんだよ!」

 ムライが噛みついた。


「先にいったのはあんた!」

 ハームフルも負けじといった。


「すみません、なんの話ですか?」

 マリアがふたりに訊ねた。


「そうだよ。なんの話してんの?」

 ハームフルもムライに訊いた。


「それはおれも聞きたいな。なにしに来たんだ?」

 ムライもまたハームフルに問うた。


「キイン草を採りに行こうと思って……」

 急に薬師はもじもじし始めた。ムライにはそれが獲物を狙う猫の運動のようにしか見えなかった。


「へえ」

 そっけなく神父はいった。

「行けばいいじゃんか」


「……一緒に行かない?」


「行かない」

 

「くそっ、死ねこのくそ神父」


「えっ」

 マリアがびっくりしていった。

「けっこう口悪いんですね」


「当たり前だ。この村じゃ口がきれいなやつなんてひとりもいないんだ」

 ムライがにくにくしげにいった。

「バリゾウゴン病という風土病がはびこってるからな……」


「それほんとですか?」


「いやうそ」


「マリアちゃん、このダメ神父の言うことを信じちゃダメだよ」

 ハームフルがいい聞かせるように、

「この人、十回に一回くらいしかほんとのこといわないし、それもじっさいはほんとのことじゃないんだから」


「おや、ずいぶん買いかぶってくれるねえ」

 ムライがへらへら笑っていった。

「百回に一回の間違いだろ」


「ああ、日が暮れそう」

 とマリアがいったとたん、日が暮れ、夜になった。


□ □ □ □ □ □ □


「……で」

 翌朝、懲りずにまたやって来たハームフルにムライが、

「ほんとに、なにしに来たんだ……?」


「キイン草は、村からちょっと離れた<ニューロンの森>に生える」


「知ってるよ。お前にさんざ聞かされたからな」


「その森には魔物が出る」


「この<コマンド>にもたまにやって来るな」

 

「女の子ひとりじゃ危険」


「で、お前は女の子じゃないから平気ってわけだ」

 ムライはうなずいて教会の扉を閉じ始めた。

「じゃあ行ってら……」


 蹴られた。



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