愚者の烙印
久しぶりの短編です。締め切りに沿って書いたものなので、少し読みづらいかもです。バッドエンドとはありますが、それほど厳しい物でも無いので、是非ここまで開いたからにはラストを見届けてやって下さい。
SP”274/370
MP”346/420
体育の授業が終わって疲れきった僕が目を覚ますと、突然目の前に何かの数値が見えた。なんだこれ。じーっと見つめると、板にゲージのようなものが二本下に出ていて、上のやつも下のやつも大体四分の三まで減っていることが分かった。
ねぼけているのかな。手を伸ばしたり、顔を近づけたりしてみる。
「コラー!トームラー!テメー授業中に寝たとオモッタラ、今度はボーッとしだして、何やってんダヨ!」
軽く怒鳴られるや否やさっと顔を上げた。すると怒りの形相を浮かべた冗談が(本名がマイケルで、しかもくだらないギャグを連発するから皆そう呼ぶようになった)僕の事を教卓から見下ろしていた。
「うげっ、すんません」
「ソーイウのはいい、ここ、何番がコタエろ!」
「えー,,,」
「ったく。授業はシッカリ受けろヨナ!」
「はい,,,」
先生のお叱りを甘んじて受けた後、改めてゲージ盤(仮名)を見てみる。
材質は何なのだろう。そう思って触れてみたら手が透けてぎょっとした。どうやら、このゲージ版自体に実体は無くて、プロジェクションマッピングのようなものみたいだ。だいたいプラスチック下敷きくらいの大きさはあるから、とても目立つのだが、皆には見えていないのだろうか?
「おい!ソラ、これ見える?」
そう聞くと、彼は頭のおかしい人を見る目をこちらに向けてきた。
「は!?,,,お前さっきの英語の時間といい、なんか幻覚みたいの見えてんのかよ。気味が悪いんだけど」
「いや、悪い。疲れてたみたいだわ。ごめんよ」
長い間ソラの友人をやっていたら分かる。あれはガチの反応だ。それにこれ以上聞いて回ったら、いよいよ僕が狂人のような扱いを受けるようになるのは目に見えている。だから、このゲージ版は僕にしか見えていないと結論づけた。
じゃあこのゲージは何なのだろうか?まるで初期のRPGのような、何も凝っていない、ただのゲージ。
もしそのRPGの定石をたどるならば、上が生命力。
しかしその理屈で行けば、僕はすでに四分の一程生命力を失っていることになる。僕本人は外傷など全く無いので、その説は却下だ。
とりあえず、Pとある以上は、何かしらのポイントであることには違いがないので、SやMから始まる単語を考えてみる。いや、やっぱりちょっと並べるのは危ないから辞めておく。
Sと言えば,,,スペシャル?いや、スーパー、いや、だとしたらそもそも何のポイントか分からない。
Mと言えば,,,マイト、力とか,,,?でも減るものでも無いしな,,,後は、
しかし、それ以上考えても「めかぶ」以上にMから始まる言葉が浮かんでこなかったので、僕は考えるのを辞めた。
そこでだ。ふと、考えが浮かんだのだ。
人のゲージ版は見えないのだろうか。
自分のゲージ版から意識を逸らすと、それは僕からも見えなくなるというのは冗談のお叱りを受けている時に気付いた。
しかし、さっきまで人の物を見てみようという考えは全く無かったから、そこに意識を向けることは無かった。意識を人のゲージ盤に向けたら、人の物も見ることが出来るのだろうか。
「おい!ソラ!」
「ん、なんだよ。今度は何の用だ?」
「明日の、授業なんだけれど
怪訝な顔をするソラに曖昧な返答をし、彼のゲージ版を見ようとすることに意識を集中させる。
「お、おおお」
はっきり見えた。だいたいどちらのゲージも四分の三程度。僕と似たような物だ。しかし、自分のゲージ盤は黄緑がかって見えるのに反して、ソラの物は青味がかって見える。他人のゲージ盤は色が違うのだろう。
しかし、そうやって感心していると、ますますソラの目線が冷えた物となった。
「お前、マジでどうした。何見てたんだよ」
「いや、廊下に超美人で噂の佐渡さんが通ってたから。思わず見てしまって」
「なんだ。そんなことか」
彼の目が友人を見るものでは無くなっていたので、慌てて適当な理由で取り繕った。本当は佐渡さんのいる一組は、移動教室でもぬけの殻だが、素直に騙されてくれて助かった。
その大体一週間後の事だ。
電車が通過するのを待つが、開かずの踏切と名高いその踏切は、一本通り過ぎて次の一本の通過を待つ前に、また両方のランプが点灯した。
「!」
そこで、ふと隣で同じように踏切を待っている少女になんとなく目を向け、自然に流したのだが、もう一度見直した。その少女にただならぬ気配を感じたのだ。
慌ててゲージ盤を開いて調べてみる。
SP”59/279
MP”0/59
やっぱり,,, 0って、一体何をしたのだろうか。もしかして、彼女がどんな行動をするか分かったらSPとMPが何なのかも分かる気がしたのだ。
じーっと、気づかれたら気持ち悪がられるだろうなぁってくらいに彼女を観察してみたが、彼女はこちらに気づかずにそわそわして、煮えきらない表情を浮かべている。
トイレにでも行きたいのかな。なんて、呑気に考えていた、その時だった。
「危ない!」
すかさず彼女の腕を掴んだ。
彼女は、ふらっと。それでいて勢い良く踏切を潜り抜けようとしたのだ。もし、僕が彼女に目もくれずにいたら、彼女は電車に轢かれて,,,考えたくもない。
なんで、飛び込もうとなんて,,,
「どうして,,,どうして止めたんですか」
彼女はぽろぽろ涙をこぼしながら、僕の目を見つめた。
「馬鹿言うな。お前あのままだったら死んでたろ」
と、僕は少し厳し目の口調で言うと、彼女はもっと泣きだしてしまった。
やっちまったなぁ,,,
ここは人通りの多い踏切の真ん中。周囲の目線が痛い。
「とりあえず、どこか目立たない場所に行こう」
そのまま、彼女の手を引いて近くの公園まで歩いた。新緑に囲まれた、人目に付きにくい。付いてもあまり多くの人目に付かないような公園だ。
「ほら。そんな泣くな。俺で良かったら教えてくれないか?なんであんなことしようとしたか」
脳に糖分が足りないと、思考がネガティブになってしまうという話をどこかで聞いたのを思い出したので、自販機でココアを買って手渡す。はじめは躊躇っていたものの、何回も差し出す僕に諦めたのか、こくこくと飲み始めた。
「いじめられてるの,,,」
ココアを飲み干すと、彼女はゆっくり口を開いた。
彼女が言うには、学校でのいじめに耐えかねて不登校になったらしい。それからは塾だとか通信教育だとかで勉強するようにした。
しかし、ある日些細な事を境に両親の仲が悪くなり、家で居心地が悪くなった。そして遂に離婚し、彼女は父親に引き取られる。それだけに及ばず、その父親は彼女が不登校であることを許してはくれなかったのだ。と
筆舌に尽くしがたいが、聞いているだけでも辛くなるような話で。彼女はときおり涙声になりながら僕に話し続けた。
それで彼女の心はどれほど傷つけられてきたのだろう。
そこでふっとあることが浮かんだ。
「メンタルのM,,,か」
Mは、心の強さ。生きていくためのメンタルのMではないか。そうすれば、彼女の動向や日が終わるにつれて減っていくのに説明がつく。
彼女のゲージ版を見ると、MPが0から57まで増えている。僕は、一応でも彼女の力になれていた、ということだろう。
「どうしたんですか」
ずっと考え込んでいたのを怪訝に思ったのか、彼女が遠慮がちに声をかけてくる。彼女のせっかくの配慮に申し訳ないが、僕はそれをまた質問で返した。
「これからさ、君はどうしていくつもりなの?」
ふと公園にある大きな時計を見ると、今はまだ夕方とも言えない三時。その賑やかなはずの都会の公園に似つかわしくない沈黙が流れる。
「わかりません」
「じゃあ、君はこのままで良いの?」
「それは,,,イヤ,,,です,,,」
なんだ。まだ生きる意志はあるんじゃないか。
「はい」
「なんですか?これ」
「連絡先。また辛くなったら連絡して。話くらいは聞くよ」
それはくしゃくしゃに折り曲げていたが、彼女は黙って紙を受け取った。
彼女を助けてみて、ふと、この不思議な力は何なのだろうと、考えを巡らせる。当たり前に人の精神状態と、何かを覗けてしまう。人を助けてみて、改めて自分はとても重い物を背負っているのではないかと不安になる。
漫画みたいに、死ぬほど苦しいことや悲しいことがあったりした、なんてことは無いし、そもそも人の心の状態が見えるようになったらなんて、考えた事がない。
ただ、毎日に追われるように生きていただけなのに、何が僕をこうさせたのか、そもそもこのゲージ盤は何なのか。それが知りたくなった。
辛かったこと、嬉しかったこと、悲しかったこと。
八割ネガ二割ポジのような内容の彼女の話を、僕はそれから五回六回ほど聞いた。
ただ、字面ほど悲しい物ではなく、彼女は話すのが上手かったし、何より僕はこのゲージ盤がなんで見えるのかが知りたかったから苦にはならなかった。
彼女と話すたびに、ゲージ盤がいったい何なのかかが少しずつ分かっていって、この前も彼女が疲れ気味の時にSPはスタミナポイントなのではないかなどと分かった。
彼女が辛いときは、ゲージ盤に目に見えて現れる。疲れているときも。だからゲージ盤を見ながら人と話すのは楽だったし、うまく気を使えたのだ。
だんだんクラスの人との会話も増えてきて、話上手になりつつあった。
そして、いつものように、彼女からのラインを受け取ったある日のこと。
「今までありがとうございました」
そんなラインが彼女から来た。
なんで? それが一番初めに浮かぶ。彼女の身に何があったのか。今まで少し辛そうにだが、しっかり話しかけてくれようとしていたのに、急にこんなメッセージを送られて安心していられる人が居るだろうか。
なんとなく、ただならぬ感じがする。着信を彼女にかけてみたが、繋がらなかった。急かされるように靴を履き替えて玄関から飛び出した。
公園に走って行ってみたが、彼女の影は見当たらない。駅にも、一回彼女の話を聞くのに入ったカフェも。どこに行っても彼女の影は無かった。
消化不良のまま、家に戻ってベッドに寝転がる。一体彼女はどうしたのか。何が彼女の身に起こってるのか、考えても答えなんて出るはずもなく、天井の模様を見つめた。
日はくれつつある。徐々に薄暗くなっていく景色を窓から見て、僕は特に意味もなくゲージ盤を開いた。否、開こうとした。
「あれ」
開けない。何回やっても、ゲージ盤が現れなかった。まるで開いていた時期が夢だったかのように見えなくなったのだ。どれだけ集中しても、どれだけ目を凝らしても、見えなくなった。
「あれ、お前今日はキョロキョロしないな」
「ああ、まあな」
「でも、その代わりみたいに話下手になったな。いや、むしろおかしくなる前のお前に戻ったのか」
「そうかな」
「ああ、そういえばだが、ここらへんの踏切で自殺があったらしい。おっかねえよな」
心臓を抉られるような思いがして、過去のことがさあっと頭を巡った。彼女の死についてではない。かつて彼女の話を聞いていた、自分の目的にだ。
それ以来、他愛ない会話に、しかし相手の心持ちが見えない事をとてつもなく不安に感じる。
そりゃあそうだろう。相手の心情が見えても、その人を殺める結果に終わったのだ。
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また、「こいつの作品面白いぞ!」ってなっていただけた方は、是非ともPicturesという、同作者の短編集(発展途上)を覗いて上げてください。