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 トマスは愛想のいい男だった。誰とでも仲が良く、喧嘩などする男ではなかった。酒が飲めない彼が、酔って落ちるなどあり得るはずがない。波は穏やかで、船が激しく揺れた様子もない。だが、彼は姿を消した。赤毛の男と同様に見張りは何も見ていなかったし、どこを探してもトマスは見つからなかった。

 次に消えたのはコックだった。立て続けに人が消え、乗組員たちもこれが事件であることに気づき始めていた。

 何かが起こっている。

 アンジーは見張りを増やし、船を近くの港に向かわせた。娘には部屋を出ないように言った。

 今度は見張りごと姿を消した。さらに、見張りを増やし警戒させたが、同じことだった。船内は得体の知れない不安に包まれていた。


「この娘がやったんだ!」

 マロウは娘の腕を掴みあげて叫んだ。

「俺は見たんだ!この娘がグレゴリオを喰っちまうところを!」

 そんなバカな話があるかと皆はマロウをなだめたが、彼は娘が犯人だと言ってきかなかった。娘の顔にはいつもの笑みはなく、不安な表情を浮かべてマロウを見上げていた。

「何をしている」

 怒りを含んだ低い声に、乗組員たちはふり返った。

「船長!マロウのやつが、娘が犯人だと言うんです」

 乗組員のひとりが申し訳なさそうに報告した。

「なぜそう思う」

「俺はこの目で娘がグレゴリオを喰っちまうところを見てたんだ!」

 マロウはぎらぎらした目で娘を睨みつけた。今にも娘を切り刻んでしまいそうだ。アンジーは娘を離すように言うと、娘を自分の傍に立たせた。娘は白く細い腕に、痣をつくっていた。マロウが掴んだところだ。アンジーは込み上げる怒りを堪えると、マロウの言い分を聞いた。

「昨日の夜、甲板で娘がグレゴリオと一緒にいるところを見たんだ。アイツは様子がおかしかった。娘のところまでふらふら近寄って行くと、娘がアイツに何か耳打ちしたんだ。グレゴリオは固まっちまって、動かなくなった。そうしたら、とつぜんこの娘がアイツに噛みつきやがったんだ!この娘は魔物なんだよ!」

「酔っ払って幻でも見たんじゃないのか?」

「幻なんかじゃねぇ」

「この娘は口がきけないんだぜ?それに、グレゴリオはお前より一回りも大きい。そいつが何だってこんな娘に大人しく喰われるって言うんだ?」

「知らねえよ!とにかく、この娘がやったんだよ!」

 誰もマロウの言い分を信じなかった。荒唐無稽な話であったし、マロウがこの船で一番の飲んだくれであることを、ここにいる皆は知っていたからだ。もちろんアンジーも知っている。この男の言うことはいつも信憑性がないのだ。

 アンジーは娘にグレゴリオと会ったかと訊いた。娘は頷いた。では、そいつを喰ったのかと尋ねると、娘は困った顔をして笑った。娘を疑う者はいなかった。マロウはしばらく悪態をついていたが、急におとなしくなった。

「この娘は魔物なんだ。生かしておいていいわけがねぇ」

 そう呟くとマロウはナイフを抜いて、娘に襲いかかった。

 娘はかたく目をつむり、自分を襲う痛みに歯を食いしばったが、その瞬間は訪れなかった。かわりに低いうめき声が聞こえてきた。

「せ、船長!」

 駆け付けた航海士が情けない声を上げる。

 ナイフはアンジーの体に深々と刺さり、その短い刀身を埋めていた。想像もしなかった船長の行動に、マロウだけではなく周りにいた乗組員たちも驚きを隠せないでいた。娘は目に涙を浮かべてアンジーに駆け寄った。これを見た航海士は我に返り、鮮血の溢れ出る傷口を押さえた。


 マロウは乗組員たちによって取り押さえられ、港に着くまで監禁されることになった。

 アンジーは船長室に運ばれた。傷は深かったが、航海士の処置により一命を取り留めた。娘はアンジーの傍を離れず、甲斐甲斐しく恩人である男の看病をした。

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