Ⅲ
コックは無愛想で気遣いなどまるでできない男であったが、やはり娘のことになると別人のようだった。コックは、アンジーの隣にちょこんと座り行儀よく食事をする娘を心配そうに見つめては、ため息をついていた。娘が口に入れたのは皿に乗せられた肉の一口だけで、腹の足しにもならない量である。
「本当にそれだけでいいのか?」
コックが尋ねると、娘はにっこり笑って頷いた。
コックだけでなくほかの乗組員たちも心配そうな顔で娘を見ていた。
「もう二日もこれだぜ?こんなので腹が膨れるってのかい?」
赤毛の男が言った。
「口に合わないんじゃないのか?」
コックは、俺の飯が不味いって言いてぇのか!と怒鳴ると赤毛の男に掴みかかったが、娘がいることを思い出してやめた。赤毛の男はへらへらと笑いながら謝ると言葉を続けた。
「なに、不味いとは言っていないさ。ただ、好き好んで女が食いたいもんじゃないって思っただけだ」
「じゃあ、何なら好いって言うんだ」
「女が喜ぶような洒落た菓子や食いもんなんて、海にはないぜ?」
別の男が言った。
「まったくわからないや。一体、何なら食べれるんだい?」
青年が困ったように呟いた。すると娘はアンジーの方に向き直り、酔って赤くなった頬にそっとキスをした。ベッドに入った子供が寝る前に母親にするような様子だったが、アンジーの驚いた顔を見ていた乗組員たちは下品な笑い声を上げた。
「船長なら食えるってのかい?」
「そいつはいい!」
「こんなに可愛い娘になら食われるのも悪くねぇや」
賑やかな夜だった。男たちは酒を片手に陽気な歌を歌い、故郷の昔話や海の恐ろしい怪物の話、自身の武勇伝などを語っては盛り上がっていた。やがて、娘が疲れて眠ってしまうと、アンジーは「ほどほどにしておけ」と乗組員たちに残し、娘を抱えて部屋に帰った。
翌朝、乗組員のひとりが姿を消した。
赤毛の男だ。最初に気づいたのは、コックだった。
「誰か俺の許可なしに、あいつを海に放り出したバカはいるか?」
集められた乗組員たちは皆、首を横にふった。見張りの男も何も見ていないと言う。
甲板。
マストの見張り台。
船倉の隅々まで探した。
だが、男はどこにもいなかった。誰かが言った。「あの夜は皆、酔っていた」赤毛の男もそうだった。こんなに探してもいないのだ。きっと酔って海にでも落ちたのだろう。その考えに納得しない者はいなかった。男の失踪は、事故として処理された。
だが、それで終わりではなかった。
その翌日、また人が消えたのだ。