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挿絵(By みてみん)



 



 嵐が過ぎ去ったあとの、海賊船ジェム・ラ・モウル号は飢えていた。

 蓄えられていた食料の殆どが流され、普段は乱暴で騒がしい船乗りたちも疲れ果てていた。船は獲物を探して朝日に輝く大海原を漂った。残虐非道と恐れられた、この船の船長アンジー・グランジェも怒りを忘れ、疲弊の色を見せていた。

 アンジーは伸び放題になった黒い前髪から覗く琥珀色の目で、晴れ渡った大空を憎々しげに睨みつけていた。船に残っていたわずかな酒も底を尽きたのだ。

「船長!船が見えますぜ!」

 見張り台にいた青年が、興奮した様子で叫んだ。

 甲板に出ていた乗組員たちは皆、青年の声を聞いて船端に駆け寄った。

 それは、一隻の商船だった。やや小さめの船だったが今のジェム・ラ・モウルには、立派な獲物だった。アンジーは船を確認すると商船の旗を揚げ乗組員たちに戦闘の準備をさせた。ここで焦って獲物を取り逃がしてはいけない。アンジーは船を慎重に近づけていった。そして、十分に乗り込める距離まで来ると、勢いよく赤い旗を揚げた。それを合図にアンジーたちは商船に乗り込んでいった。

 あっという間だった。まだ、海賊に襲われたことがなかったのか、商船はいとも簡単に占領することができた。突然の出来事に驚き戸惑う船乗りたちは、なすすべもなく次々と捕えられていった。無抵抗な者も、そうでない者も、たどる運命に違いはなかった。船員たちは皆縛り上げられ、甲板で時間をかけて殺された。彼らにはアンジーが理不尽な死をもたらす死神のように見えたことだろう。

 最高の気分だった。

 甲板は血の海だった。カラカラに乾いた喉が潤うように、返り血を浴びたアンジーは久々の快感が心を満たしていくのを感じていた。命が失われる瞬間ほどアンジーを楽しませるものはなかった。

「さぁ、お楽しみは終わりだ」 

 満足した死神は言った。

「仕事に戻れ!このヘタレどもの積荷を運び出すんだ!」

 乗組員たちは威勢のいい返事をすると、各々に散って行った。


 しばらくして、一等航海士が船倉から顔を出して船長を呼んだ。

 船倉には見たことのない異国の品物が並んでいた。精巧な刺繍の施された絨毯や、不思議なにおいの葉巻や、変わった形の革靴などが木箱の中にみっしりと詰められている。アンジーが木箱の中身に見入っていると、航海士が高く積み上げられた木箱の奥を指差した。

「船長あそこです」

 そこには、大きな檻が置いてあった。サーカスのライオンが入っているような檻だ。だが、中にはライオンではなく若い娘が眠っていた。

 アンジーは息をのんだ。

 透き通るような白い肌、艶やかな淡い栗色の髪、バラ色の頬、ふっくらとした唇、深い海のような色のドレス。

 それはまるで、陶器でできた貴婦人人形のようだった。

「この娘一体何なんですかね」

 すぐ後ろに立っていた航海士の声がして、アンジーは我に返った。

 天使か。海の妖精か。囚われの姫か。

 色々な考えが頭を過ぎったが、どれもバカバカしくて口に出せるものではなかった。アンジーはいつもの無愛想な声で「奴隷か何かだろう」と答えた。航海士は納得した様子で頷いたがすぐに怪訝な面持ちになり、だとしたらと自分の顎に手を当てた。

「ほかの奴隷はどこにいるんでしょう?一人だけだなんて妙ですよ」

 確かに妙だった。だが、他にもっともらしい考えが思いつかない。

「さあな」

「船長、どうしましょうか」

「ご存知の通り我々の船は今人手が足りない。それこそ女の手も借りたいほどにな。何かに使えるかもしれん」

 持って行け、と船長らしく命令を下すと、航海士は「はい船長」と答え、甲板で積荷を運んでいる乗組員たちを呼んだ。

 

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