9・転移者は事情を聞く
サイモンは、肩に置いた俺の手から逃れようとした。
「待て、サイモン。 違うんだ。 俺はお前たちをどうこうするつもりはない」
小さな目から瞬く間に涙が溢れる。
「だって、お母さんが砂族だって知られたら町を出て行かなくちゃいけないから、黙ってろって」
この子が無口だったのは、余計なことをしゃべらないためだったのだ。
リタリによると、彼の両親はこの町から出稼ぎに出て、二年以上戻って来ていないという。
俺はなるべくやさしく笑う。
「俺にはお前たちを追い出す力もないし、立場は同じだ」
町の役に立たなければ追い出される。
それは子供たちも同じだった。
子供の間は見逃されるが、成人になれば、ある程度仕事が出来ないとここに住むことは出来ない。
「サイモン。 俺は確かに魔術師だ。 魔法の研究もしている。
砂族を探していたのは、砂族の魔法がどんなものか知りたかったからだ」
これは本当だ。
王子が砂族の事を知って、その魔法に興味を示している。
「俺に協力してくれないか。 リタリたちと一緒に生活の面倒は見る」
ここで手を離したら、おそらく子供たちには二度と会えなくなる。
「本当に?」
俺は頷く。
「約束しよう。 俺はお前たちが嫌がるようなことはしない」
「うわあああん」
サイモンは泣き出し、俺は教会から飛び出して来た他の子供たちに睨まれた。
俺は子供たちに事情を話す。
「砂族のことは知ってたけど」
リタリはサイモンの両親に彼を頼まれていた。
やはり両親とも砂色の髪と瞳をしていたらしい。
親子三人でいると目立つというので、バラバラに生活することにしたと聞いた。
「砂族はこの町では嫌われているのか?」
俺の言葉に、リタリは困ったような顔になった。
「亜人っていうのがいるでしょう。 あれと同じ感じ」
自分たちと同じ人族でありながら、ちがう民族だということで迫害するのか。
俺が顔を顰めると「ネスは違うのよね?」と訊いてきた。
俺は「もちろんだ」と三人に笑顔を見せる。 サイモンは俺の身体に引っ付いたままだ。
「サイモンを特別扱いするわけじゃない。 皆一緒に面倒を見る」
それを聞いたフフがサイモンとは反対側に来て、俺に抱き付く。
「ネス兄ちゃん、大好き」
俺は小さな女の子をそっと抱きしめる。
ロリコンじゃないぞ、絶対に。
きれいに汚れを落としたフフは薄い金色の髪をしていた。
金髪や銀髪は王都では普通に見られるが、この辺りではあまり見られない髪色だ。
瞳は良く見ると深い青だった。
俺がフフの容姿に違和感を持っていることに気が付いたのだろう。
リタリが口を開く。
「フフは、新地区の前の領主の子供なのよ。 お母さんは王都から来た貴族だって。
この子が産まれたばっかりの頃に館が火事で焼けてしまって、全員焼け死んだことになってるの。
いつの間にかあの海手の教会に居て、他の子を迎えに行った時にあそこのお婆さんに相談されたわ」
新地区にある教会を管理していたお婆さんは山手の貴族の家の使用人だ。
おそらくその伝手でこの子を預かったのだろう。
「だけど、前の領主の子だってバレると色々困るから連れ出して欲しいって」
「そうだったのか。 リタリも大変だったな」
こんな訳アリ物件を二つも抱えてたのか。
俺はもうすぐ九歳だというリタリが、こんなにがんばっていることに感心した。
「う、うん。 ここ一年、がんばってがんばってー」
俺に訴えながら涙声になり、リタリまでが泣き出してしまった。
その後ろにトニーが困った顔で立っている。
子供たちにも色々な事情がある。
いや、生きている者たちは皆それぞれに事情を抱えているんだろう。
俺たちも同じだ。
まあ、この子たちには話せないけどな。
『ケンジ。 魔法陣が完成したぞ』
「よし、やろう」
俺は子供たちを宥めて立ち上がる。
「トニー、皆を井戸に近寄らせないようにしてくれ。 もし他に誰か来たら止めて欲しい」
「うん、分かった」
俺は王子と入れ替わった。
大きな魔力を使うため、王子は念話鳥をバンダナに戻した。
もうこの子供たちに隠すつもりはない。
鞄から大きな魔法紙を出す。
紙の四隅を飛ばないように石で抑え、手に持った杖をコンパスにして魔法インクを付ける。
ゆっくりと円を描く。 一度の操作で二重円を描けるように改造済みだ。
王子は自分の中で作り上げた魔法陣を、思い通りに描いていく。
『方向ヨシ、深さの指定ヨシ、石を置く場所の指示、砂を置く場所の指示、他に何かあれば取り出す指示』
俺は王子の姿を意識の下で見守る。
様々な模様と文字が浮かぶ。
「なあ、王子。 魔道具で声が出せるなら、これも声で発動できるんじゃね?」
『魔道具経由だとどうしても威力が落ちる。 まだそこまで計算出来ない』
王子は魔法紙に魔力を込め始めた。
「そうなんだ」
『いずれは念話鳥の声で簡単な魔法は発動できるようにするさ。
でも今回は初めての魔法陣なので全力でやる』
屋根や囲いの無い井戸なので、そのまま魔法をぶつけるらしい。
<井戸・復活>
新しい魔法陣が完成した。
王子が紙に手を置き発動すると、黄色く発光した魔法陣が井戸に吸い込まれる。
王子が魔力を使い過ぎて疲れたらしく交代すると、俺は唸った。
「うげっ」
井戸から石や砂がどんどん湧くように出て来る。
俺は急いで念話鳥を出す。
「トニー、もっと下がれ。 こりゃ思ったより多いぞ」
「う、うん。 フフ、サイモン、こっちだ」
小さな二人の手を握って、トニーが教会の近くまで下がった。
リタリもトニーに寄り添っている。
ドゴンドゴンと大きな音を立てて、井戸から大人の頭ほどの大きさの石がゴロゴロ出て来た。
静かになったと思ったら今度は砂だ。
井戸の横に書いた場所に堆く積まれていく。
俺は魔力の渦が収まるのをじっと待った。
静かになると、恐る恐る近づく。
石の山と砂の山の間から井戸の中を覗き込む。
小石を拾い、投げ込んだら、ポチャッと音がした。
「よし、オッケーだ」
さて、石と砂を何とかしないとな。
俺は教会の倉庫から荷車を出して来た。
鞄に突っ込めば早いだろうが、魔力収納は一個づつ魔力で包むので、もったいない。
どうせどかすだけなのだ。
俺が石を荷車に乗せ始めると、トニーたちがやって来て手伝ってくれた。
「どこに置くの?」
「そうだな。 教会の裏にでも置くか」
教会と砂漠の境目辺りに並べるように置いた。 後で石塀にでもしようかな。
砂はそのまま魔法陣を使い、風で砂漠へと移動させる。
子供たちが手伝ってくれたので、きゃあきゃあ言いながら気楽にやれた。
「ふう。 風呂に入りたいなあ」
夕暮れの空を見上げながら、俺はボソッと呟いた。
「風呂ってなあに?」
相変わらず俺の服にしがみついているフフが訊いてくる。
俺は大きめの桶を取り出して、先日と同じようにお湯を張る。
フフは洗われたことを思い出して服を脱ぎ始める。
「これのもっと大きいのが風呂だよ」
大人でも浸かれる大きさなんだと教える。
知らない子供たちにはまだ想像も出来ないようで、首を傾げていた。
いつもの竈でスープを作る。
先日、小麦を回収した農家でもらった野菜を使い、子供たちと一緒に作った。
「ネスさんは料理も上手なのね」
リタリは俺の手元を見ている。
「ネス、でいいよ。 まあ、ずっと一人で旅してるからね」
約一年の旅の間、俺も王子も少しは成長したと思う。
孤独ではなかったけど、他の誰にも頼れず、ただ二人だけで過ごした日々。
十歳からずっと一緒だった爺さんたちが懐かしくて、しんみりしたこともある。
「皆、無事かなあ」
ボソッとそんな言葉が零れた。
王子の反対派たちは俺たちが消えたことで爺さんたちを追求するだろう。
俺たちの行き先は誰も知らない。
一旦王都へ出て、俺はそこから今まで行ったことのない町へ移動し、斡旋所の仕事は続けていた。
ノースターの領主をしていた間は仕事の件は隠していたから、爺さんたちも俺が仕事をしているとは思っていないはずだ。
まあ、クシュトさん辺りは気づいていたかも知れないけどね。
そしてネスという名のお届け屋は、斡旋所では相変わらず仕事を続けている。
それが消えた領主だと気づく者はいないだろう。
『王子はもういないんだ』
そんなことを言う王子に俺は違うと首を振る。
「そんなことはないさ」
王子は俺と違って肉体がある。 幽体なんかじゃないんだ。
「生まれ変った一人の男として、いつか大手を振って王都へ帰ってやろうぜ」
旅の間に、俺たちにはまたやりたいことが増えていた。




