8・転移者は井戸を調べる
「若いのに度胸があるな。 だが、それが逆に怪しい」
ミランと名乗った地主の青年は、男前の顔を歪めてそう言った。
そうだろうね。 俺でも同じ立場なら詐欺師かと疑う。
「そうですか。 では私を追い出しますか?」
彼にはその権限がある。 許可が下りなければ、俺は短期間でも滞在出来ない。
「十日やろう。 その間に、この町に役立つことをやってみろ。
何でもいい。 俺が納得出来れば滞在許可どころか、家を一軒無料で貸してやるよ」
空き家だらけだからな、と笑いながら話す。
「それが出来なければ、十日後にはこの町を出て行けと」
「まあな。 新地区は違う奴が治めてるから知らん。 あっちへ行け。
だけど、俺の目が届く限りは二度とお前を旧地区と砂漠には近寄らせない」
ふむ、と俺は考え込む振りをする。
俺一人ならどうにでもなる話だが、今はまだ子供たちの手を離せない。
「分かりました」
そう言って席を立つ。
そして扉を開けながら俺は振り向いた。
「認めていただけたら、その時は一緒に酒でも飲んでお祝いしましょう」
二十歳の王子の身体はしているが、俺はもうすでに三十歳だ。
俺は同じ年頃の男性を見て親近感を覚えたのかも知れない。
お互いにニヤっと笑っていた。
「さて、何をする?」
俺は教会の石の階段に座り、王子に語りかける。
『何でもいいさ。 私は魔法陣を描くだけだ』
ふふっと俺は笑う。
王子はもう一人の俺だ。
やりたいことが違っていても、俺の気持ちは尊重してくれる。
それは俺も同じだ。 王子が本当にやりたいことがあれば、俺はそれに反対なんてしない。
一つの身体を共有し、俺たちは一緒に生きているんだから。
「頼りにしてるよ、王子」
俺は一つ欠伸をして教会の寝床へ帰った。
翌朝、子供たちは水くみからの帰り、パン屋の娘に呼び止められたそうだ。
「これ、あの男の人に頼まれたの」
そう言って袋いっぱいのパンを渡された。
子供たちは目を白黒して戸惑いながら受け取り、教会へ駆け戻って来る。
「これ、これっ」
フフが頬を赤くして、俺にうれしそうにパンを見せる。
「ああ、お前たちが運んだ小麦で作ってもらったんだ」
四人の子供たちは「おーっ」と声を上げ、「食べてもいいの?」と聞いてくるので頷く。
元の世界でのやかんのような物に水と薬草の葉を入れ煮出したお茶を出す。
小麦の配達の間、子供たちがお昼をリンゴで済ませていたのを知っているので、新しくリンゴを追加する。
「好きなだけ持って行け」
そう言うと一人二つずつ鞄やポケットに入れていた。
朝食が済むと、トニーがそっと俺の袖を掴んで来た。
「どうした?」
「あのー、俺に剣術とか、教えて欲しい」
ケンカで負けたことが悔しかったのか、強くなりたいと訴える。
王子の身体は華奢だ。 見かけはそんなに強そうじゃないと思う。
でも毎朝の鍛錬というか、朝食後に身体作りは続けていた。
いざという時に動けないのは拙いからだ。
「そうか。 俺と一緒に体力作りでもやるか?」
俺が軽く笑って見せると、トニーは頷いた。
王宮の庭でずっとガストスさんに鍛えられていた体術の基礎を見せる。
「これを走り込みと一緒に毎日続けてればケンカも少しは強くなるさ」
トニーは優し気な顔に似合わない強い瞳で頷いた。
その日から毎朝、トニーは教会前の広場で俺と一緒に体力作りを始めたのである。
昼過ぎ、俺は教会横の井戸を眺めていた。
「王子。 この井戸を何とか出来ないかな」
『水が枯れた原因が判れば、何とかなるかも知れない』
うーん、そうか。
リタリにフフとサイモンをしっかり見ていてもらい、俺は魔術を発動する。
とりあえず<清掃><浄化>をかけた。
井戸の中でゴウゴウと渦巻く風の音に、子供たちは目を丸くして驚いている。
「危ないから近寄るなよ」
俺はそう言って子供たちに笑いかけるが、彼らはすっかり腰が引けていた。
怖くなったのか、教会の中へ逃げ込んでしまう。
それは俺に取っては都合が良かった。 見物人は少ないほうがいい。
「行ってみますか」
『ああ。 気を付けてな』
「おう」
子供たちの姿が見えなくなると、俺は魔法陣帳から一枚取り出した。
<浮遊>
少しの間、重力から解き放され、身体をコントロールして井戸の中へ足から降りて行く。
<照明>
手の上に明かりの玉を作り出す。
ゆっくりと底に降りると、そこには大きな石や砂が詰め込まれていた。
「これは自然に積もったものじゃないな」
『そうだな。 誰の仕業かは分からないが、故意に入れたのだろうな』
俺は王子が作ってくれた魔法陣を使って、深さを測り、底に水があるかを確認する。
「ああ、大丈夫そうだね。 余計なものを除けば普通の井戸に戻りそうだ」
『この邪魔な石や砂をどうやって外に出すか、だな』
王子が考え込み始め、とりあえず俺は井戸から出ることにした。
底から見上げると、井戸の縁からサイモンが覗き込んでいた。
俺は首に巻いていたバンダナの魔法陣を起動し、念話鳥にする。
「おっと。 いたのか、サイモン。 危ないぞ」
井戸から出て来た俺を心配そうに見上げている。
安心させるように手を繋ぎ、教会の中へ戻った。
「しばらくの間、考え事をするから静かにしててくれ」
俺は子供たちに頼むと、壁を背にして、どかりと座る。
ウンウンと頷き、子供たちは俺から離れて寄り添った。
俺は目を閉じて王子と交代する。
静かになった俺を見て、子供たちも同じように目を閉じた。
やがて教会の中はいつものお昼寝タイムになっていた。
王子は魔力の部屋でじっと魔法陣の紙を広げている。
俺たちの師匠だった『魔導書』は、実はノースターの眼鏡さんの荷物にこっそり入れて来た。
今頃はあの小さな魔術師にペシペシやられていることだろう。
俺は魔法陣のことは王子に任せた。
だが、待っている間、俺は俺で、自分一人で何が出来るかを考える。
「石がいっぱいだったな。 あれを井戸から放り出すとなると、上の様子が分からないと怖いな。
石を運んだり、砂を置いたりする場所がいるかも」
俺は教会横の井戸の側へ移動していた。
鞄から転移魔法陣が描き込まれた魔法布を棒状にしたものを取り出す。
それで、地面に線を引き始める。
『ケンジ。 何をしてるんだ?』
気づいた王子が訊いてくる。
「えっと。 井戸の底の石を取り出すにしても、それを無造作に井戸から放り出すわけにいかないからさ。
こうして井戸の周りに、石はここ、砂はここ、他の物はここに置くって指定しようかと。
そうすれば、王子の魔法陣の手助けになるかなって思ってさ」
『ああ、なるほど。
それを魔法陣に書き込んでおけば、周りに誰か居たとしても避けられるな』
井戸を囲うように丸く線を描く。
その内側に石の場所、砂の場所、その他と区切る線を描いた。
「ちゃんと誰かがこの線の内側に入らないように注意するよ」
『分かった。 もう少し時間をくれ』
俺は井戸の前に座り込んで王子の指示を待つ。
座り込んでいる俺の横にサイモンが来て座った。
茶色と灰色の間のような砂色の髪と細い目をして俺を見上げる。
「あの、ネスは魔法使い?」
初めてちゃんとした声を聞いた気がする。
この子を初めて見た時、あまりにもしゃべらないので病気かと思った。
王子の魔力測定魔法陣で、寝ている間にコッソリ魔法や呪術的なものも調べたが特に問題はない。
「魔法を使うから魔法使いというなら、そうだろうな。
だけど俺はただの旅をしている男だ。
魔法も多少自分の身を守るくらいのことが出来るだけさ」
俺の肩の鳥が答える。
「ぼ、ぼくも魔法、やりたい」
基本的に子供がやりたいというなら、大人としてはそれを受け入れてやりたいと思う。
「でも、魔法は魔力が必要だ。 どれくらいあるか、調べてもいいか?」
実はもう知っていたりする。
サイモンの片手を握り、目を閉じる。
「うん。 少なくはないな。 でも魔術師には向かない」
「どうして?」
サイモンの細く吊り上がった目を俺はそっと覗き込む。
彼の瞳は髪と同じ砂色をしている。
「砂族、というのを聞いたことはあるか?」
ピクリと小さな体が震えた。
「ごめんな。怖がらせるつもりはないんだ。
ただ、俺は砂族のことを調べにこの砂漠に来た。 だから少し知っている」
この少年の特徴は砂族そのものだった。
「砂族は砂を操る魔法が使えるんだよ」
サイモンが細い目を大きく見開いた。
砂族はその魔法ゆえに、普通の人々に恐れられ、迫害されたのである。