51・転移者は呪術を学ぶ
教会にいる子供たちは皆それぞれ忙しい。
多くは俺の依頼で動いている。
魔鳥やヤシの実、ヤギもどきの世話に畑の土作りも手伝ってもらっているのだ。
「俺の分は少し分けてくれればいいから、残りはお前たちが使ってくれていい」
作物や家畜が育てば、それをどうやって売ったり使ったりするかは子供たちに任せている。
売り上げの申告はしてもらうが、すべてを取り上げるわけではないと話した。
これも勉強のうちということで使い方や貯め方を教える材料にするのだ。
教会で勉強を教えているロシェにもその辺を頼んでいる。
「ネスさん、今日の獲物だよ」
もうじき成人になるリーダーだった少年はすでに猟師としては一人前だ。
エラン親子と一緒に森へ調査という名の狩りに行っている。
「おお、肉か。 皆で食べよう。 ありがとうな」
それでもまだ彼には自分の家が無いので、仲間と一緒に教会の裏の部屋で寝泊まりしている。
新地区のほうを塒にしていた子供たちも、今は皆こっちに移って来ていた。
やがて夏になっても俺の日課は相変わらずだ。
早朝の掃除、子供たちと朝食を食べてから、一緒に体力作りをする。
最近はユキたちを連れ、森での狩りの訓練を兼ねて魔法柵の修理を始めた。
正式に新地区の領主に頼まれたので、仕事斡旋所の依頼にしてもらっている。
真昼間の明るいうちに作業出来るのは楽だ。
今までコソコソと夜中にやってたからなあ。
「コセルートさん、魔力が見えますか?。 これが魔法柵の魔法陣です」
「へえ、面白いですねえ」
何故か領主館の使用人のコセルートが俺についてくる。
「とっくに辞めたのかと思っていましたよ」
「あはは、前の領主の元ではもう辞めようと思ってましたけどね。
今の領主様が私のことが必要だって言ってくださったもんで」
うれしそうに頭を掻いていた。
彼には多少の魔力がある。 そのおかげで領主館で雇われていたそうだ。
『それなら魔法柵の管理を任せられるな』
柵の魔力を見ることが出来るだけでもありがたいので、覚えてもらっている最中なのだ。
人に頼られる。 仕事を任せてもらえる。
それは子供たちだけでなく、大人でもうれしいことだ。
「その代わり、ビシビシやりますよ」
俺は子供でも容赦しないけど、大人ならもっと容赦しないよー。
コセルートは俺の後ろをヒィヒィ言いながらついて来る。
町では皮ボールが子供たちの間で人気だ。
俺は七日に一日という頻度でボールを貸し出している。
この世界の人たちは七日で一週間という概念はあるのに、週に一日は休むということはしない。
工房も仕事があれば休みなしに働き続け、仕事がなければ勝手に休みになる。
商店や食堂などは自分たちの都合で勝手に休む。
それはある意味正しいだろうけど、子供たちにはきちんとした休みが必要だと思う。
俺のところで働いている子供たちだけでもと、カレンダーのようなものを作って、
「ここまで働いたら、この日は一日お休みだ」
と教会に貼り出している。
毎日必要最低限の家畜の世話や食事の準備などは別にして、畑仕事や狩りなどは休みにする。
そしてその日は一日、皮のボールを貸し出すのだ。
子供たちはそれを楽しみにしている。
「それではよろしくお願いいたします。 先生」
「えー、先生なんて呼ばれるのは嫌ですう」
俺は時々エルフの女性を夕食に招いて、彼女から呪術を教えてもらっている。
実際は俺じゃなくて王子だけどね。
広いテーブルの上に黄色の小鳥が乗り、王子がエルフさんに質問する。
「やはり強い恨みがないと発動しないのですか?」
十三歳くらいの金髪の少女に見えるエルフはコクリと頷く。
「神が祈りを受け取って呪いが発動するので、その祈りの中身が暗いほど強くなります」
王子はこめかみを抑えて唸る。
「やはりどうしても納得出来ないな」
「ええ、私もです」
二人で呪術の勉強をすればするほど、疑問は深くなるばかりだ。
「すみません。 あまりお役に立てなくて」
彼女はまだ若いうえに呪術を嫌っていたのであまり詳しくない。
それでも鉱山の呪いを解いてもらった。
現在、新地区の少年領主と旧地区の地主であるミラン、そして元鉱山主の一族である老婦人を加えて開発の話が進んでいる。
鉱山までの道や、人材を受け入れるための宿などを整備している。
お蔭で町はウザスから大量に人が入って来て賑わいを見せていた。
本人も思ったより解呪がうまくいって良かったと胸を撫で下ろす。
「ネスさんがずっと一緒にいてくれたお陰です」
ほんのり頬を染めている。
「いえいえ、私はその方法を身近で見せていただけただけでも良かったです」
王子はそのやり方をしっかりと見ていた。
『呪術は魔術の一部分だと思う。
確かに不幸しか呼ばないような呪詛だが、自分たちが敵わない相手には有効な手だろうしな』
彼らが呪う相手は貴族だったり、王族だったり……。
そうだよな。 俺たちが知っているのはそういう相手だ。
「君の眼には私はどのように映っていますか?」
王子はエルフさんに自分の素の姿を見せている。
「えーっと、私のいた集落でも見たことがないくらいカッコイイです」
改めて王子の顔を見て、さらに頬を赤らめている。
「いえ、呪詛の痕跡が見えませんか?」
「え?」
彼女は首を傾げた。
呪術には術者のくせのようなものがある。
対価にするモノであったり、その手法自体が特殊だったりするそうだ。
他の者が発動した呪術の型を見破るのはかなり高等な技術と魔力が必要らしい。
そうか。 彼女には王子の呪詛は見えていないのか。
それでは王子どころか、フェリア姫の解呪も厳しいだろう。
もっと強いエルフの呪術師に会う必要があるな。
鉱山の呪詛に関しては、彼女の一族が良く使っていた供物を捧げてお願いするものだった。
「うちの一族は本当に古い術を使っていました。
一般的にも良く知られている型なので、たまに真似するエルフがいるんです。
魔力が高ければ、ある程度の恨みでも簡単に発動する術なので」
それを知らない相手に大げさに見せて金を取る者も少なくないそうだ。
彼女は故郷の森を出てから知ったと嫌そうに目を逸らした。
「私もそれを強要されて、断ったら売り飛ばされました」
それまでは連れ出してくれた商人にある程度は大切にされていたそうだ。
「虐待されなかっただけマシでしたね」
彼女は幸運だった。 売られはしたが、身体には傷一つない。
奇跡や偶然というより、巫女である彼女を何かが守っている気がした。
『ああ、そういえば、この娘には手を出す気にならないな』
王子、そんな、手を出すって、アンタ。
「そういえば、何となくそういう対象に見えないなあ」
俺もマジマジと彼女を見た。
確かに美少女風なのに、どこか曖昧で、男性の欲求の外にいる。
王子は考え込んだ。
「あなた自身に術がかけられているのではないでしょうか」
エルフさんは目を丸くした。
「何かお守りとか、持っていませんか?」
「あ、はい。 小さい頃にお祖母ちゃんがくれたものが」
おずおずと小さな髪飾りを取り出す。
王子は自重しないで作った魔力測定用の魔法陣を取り出した。
「間違いありません。 コレですね」
魔法陣の上に置いたその髪飾りから、黒い靄が見えた。
「……お祖母ちゃん」
知らない内に守られていたことに気づき、彼女は瞳をうるませた。
呪術は他人を不幸にするモノだけではないようだ。
「ネスさん。 もし、呪術のことを調べるなら、私の家族を訪ねてください。
きっとお祖母ちゃんならお役に立てるはずです」
呪術を嫌って村を出た彼女だがお祖母ちゃんのことは好きだったようだ。
「おそらくその髪飾りにかけた呪詛はお祖母さんの何かが対価として捧げられているはずです」
俺の言葉にエルフさんは驚いてその髪飾りを見た。
「そう、そうですよね。 今でも私を守っているのだもの」
納得して頷くと、彼女はますます悲しそうな顔をした。
「ネスさん!。 いつかきっと村へ行って、お祖母ちゃんに私は大丈夫って伝えてください」
おいおい、もう俺が行く前提なの?。
まだ砂漠にも入っていないのに、その向こうのエルフの森なんて無理なんだけど。
「分かりました。 その時は、きっと」
エルフさんの手を握る王子に俺は呆れた。
ほんっとに女性には甘いよね、王子は。
もしかして幼女好きなの?、と訊いたら、『それは何だ?』と訊き返された。
えっと、大人の女性より小さい女の子のほうが好きなのかと。
『……ケンジ、あとでお話しようか』
あ、ごめん、ごめんってば。




