28・転移者は兵士を頼る
カウンターの向こうで中年男性がミランの依頼を受け付けるかどうかを考え込んでいた。
「ミラン様。 ちょっと奥まで来てもらえますか」
ようやく話が出来るらしい。
中年男性が俺たちを奥へと案内する。
受付のお兄さんに「サーヴの報告書、持って来い」と言ってるのが聞こえた。
カウンターの横を抜け、狭い廊下に出る。
突き当りの大きな扉を開くと、応接用の部屋だった。
「どうぞ、お座りください」
ウザスの斡旋所所長はさっきまでの態度とは違い、しっかりとこちらを見ていた。
ミランが椅子に腰かけ、俺はその後ろに護衛のように立つ。
若い女性の職員がお茶を運び、受付のお兄さんが書類を持って入って来た。
所長は女性職員が部屋の外へ出て行くと、受付のお兄さんにも同席するように言った。
「へ、俺っすか?」
「ああ、サーヴ担当だろうが」
「はあ、まあ」
俺が来た時に受付をしてくれたお兄さんは、どうやらサーヴの町関係の斡旋担当だったらしい。
所長は受付の男性に俺が書いた報告書を見せて、
「これはお前が処理したのか?」
と訊いた。
「いいえ、サーヴの食堂の兄貴です」
ほお、あの食堂の親父の弟だったようだ。
「兄貴は何て言ってた?」
ミランがお茶を飲んでいる間、二人が会話を続けている。
「えーっと、珍しく肉が手に入ったって喜んでました」
俺は「げっ」と声を出しそうになった。
おいおい、あれで偽返り討ちを見逃してもらったのに、いいのか?。
「そこまでサーヴじゃ肉は少なくなってるのか」
「はあ。 でもまあウザスから買ってますから、別に不自由はしてないっすよ」
所長は「ばかやろう」と受付のお兄さんを睨んだ。
「サーヴはそれでなくても食料の多くをウザスに依存してる。
これ以上依存が高くなると町の存続自体が難しくなるぞ」
何でも金で解決していると、その金が無くなった時に人の流出が始まる。
当然住民が少なくなれば町の経済が回らなくなり、下手をすればその町自体が無くなるのだ。
そんな大事とは思っていなかったお兄さんが絶句した。
ミランも俺も黙ってその話を聞いている。
「ミラン様。 本当にやる気なんだな?」
所長が微妙に言葉を丁寧にしてミランに確認する。
「ああ、急いでやる必要がある」
しかし所長は難しい顔を崩さない。
「この斡旋所で引き受けるなら、一応ウザスの領主にも話を通さなきゃならん。
俺の権限じゃ人を集めるくらいしか出来んぞ。
兵士はサーヴにいる岬の見張りくらいなら動員しても構わんが」
彼らはサーヴの町を守ることも仕事の内だからだ。
ミランは口元をニヤリと歪めた。
「助かる。 じゃ、領主の許可が出たら連絡をくれ。 すぐに動く」
「分かった」
所長が集めた者たちを決行の前日にサーヴに派遣してくれることになった。
「後で詳しい書類をサーヴに送っておく」
そう言うと所長はミランが持って来た書類にサラサラと署名して受付の男性に渡す。
「ああ、頼む」
ミランは立ち上がりかけて、俺をチラリと見た。
俺は今、念話鳥もバンダナも出していないので無言で頷く。
鞄から一本の酒瓶を出してミランに渡した。
「これは手付けだ。 後日また飲もう」
太った中年の所長は目を輝かせてそれを受け取った。
受付のお兄さんもうれしそうだが、そっちには回らないと思うよ。
俺はミランに頼んで時間をもらい、斡旋所の壁に張り出している仕事をざっと見ていく。
春になったばかりで漁師も農家も今は仕事があまりない。
それで斡旋所に多くの人が溢れているのだ。
仕事はあっても金がないサーヴと、金はあっても仕事がないウザス。
俺はノースターに赴任したばかりの頃を思い出して、どこも同じだなと思った。
受付の男性が戻っていたのでサーヴへの配達の仕事を引き受け、外に出た。
上着をコートからいつものフード付きローブに着替え、バンダナで口元を隠す。
「私はこのまま配達の仕事をしながら帰ります」
俺がそう言うとミランは頷いて、ロイドさんが待つ港へと歩いて行った。
俺は少し町をぶらついて、鳥の餌や子狐のミルク代わりになりそうなものを探す。
そういえば、新地区の海手の教会にはヤギがいたな。
俺は仲良くなった農家を訪ね、ヤギのような家畜の入手について聞いてみた。
「それなら知り合いが扱ってるからそっちに訊いてみてくれ」
紹介状をもらい、教えられた酪農家を訪ねる。
見た目が胡散臭い恰好の俺だが、紹介状を見てヤギもどきの番いを売ってくれた。
「こいつらを飼うなら餌もいるが、どうするね?」
倉庫へ連れて行かれ、山積みになっている餌の袋を見せられる。
「いただけるだけ買います」
俺が簡潔に言うと酪農家の親父はニヤリと笑った。
「好きなだけ売ってやるよ。 どうせ余ってるからな」
穀倉地帯であるこの辺りで売れ残った穀物をひとまとめにして安く買い取り、家畜の餌として売っているそうだ。
豊作の年はこうして多くが売れ残ってしまうのだと言う。
「では遠慮なく」
俺は酪農家の目を盗んで、ごっそりと鞄にその袋を放り込む。
ほぼ無くなっていることに気づき、酪農家は驚いて腰を抜かした。
数は数えていたのでその数に合うだけの金額を提示してもらい、即金で払う。
「あんた、一体何者だ……」
ボソリと呟く声を聞こえなかった振りをして黙ってその場を離れた。
二頭の丸々と太ったヤギを連れて峠を越える。
案の定、家畜の匂いに釣られて小鬼がわらわらと襲って来たが、王子の魔術の前では無力だ。
俺とヤギを守る結界に触れるだけでバタバタと倒れる。
「王子、こんなのも作ってたんだ」
どうやら結界に雷の魔術が仕込まれていて、触れるだけでビリビリ痺れるらしい。
『身の程知らずが多いからな』
フンッと鼻息が聞こえる。
俺たちが通った跡には痺れて動けなくなった小鬼の山が出来ていた。
これ、あとで問題にならないかな?。
『小鬼など誰も気にせんだろう』
しかし、まだ生きている状態だ。 痺れが取れて動き出したらやばいんじゃね?。
俺は峠の見張り台に寄ることにした。
「こんにちは、どなたかいらっしゃいますか?」
「あー?」
俺よりも胡散臭い、だらしない格好の兵士が出て来た。
「すみません。 小鬼が出たんですが数が多すぎてー」
俺の後ろにはまだこっちに向かってくる小鬼が見える。
「なんだこりゃ」
兵士は慌てて奥へ飛んで行く。
以前、酒場で見た覚えのある、がっしりとした大柄な男性が出て来た。
年齢はガストスさんたちより若いんだろうが雰囲気が老けている。
「隊長!、あ、あれ」
最初に出て来た兵士が俺の後ろを指差している。
俺は「あはは」と引きつった笑いを浮かべながら、
「家畜を買ったのでサーヴの町に連れて帰ろうと思ったんですけど襲われちゃってー」
と訴えた。
この峠の見張り台の兵士たちはサーヴの町の住民を守る義務があるらしい。
「仕方ねえな」
チッと舌打ちが聞こえたが、隊長と呼ばれた男性は二、三名の兵士を呼び、小鬼に向かって行った。
俺は見ているだけで震えている若い兵士に「皆さんでどうぞ」と酒瓶を渡す。
そして兵士たちに後を任せて峠を下って行った。
無事にサーヴの町に入ると、俺は海手の教会を訪ねる。
「あら、こんにちは。 今は配達の仕事はないはずだけど?」
黒い服を着たお婆さんは少しは生活が楽になったのか明るい顔をしていた。
俺は自分のヤギを見せる。
「今、ウザスからこれを買って来たんですが、豊作だったとかで餌を大量に押し付けられまして」
家畜の餌用の袋を取り出しドサリと置く。
「お裾分けです」
「まあ、助かりますわ」
その袋を抱えて、前に小麦の袋を置いた部屋へと案内してもらう。
これでこの教会のやせ細ったヤギたちも少しは食料事情が改善されるだろう。
赤ん坊たちのためにもがんばって欲しい。
俺は物置の扉を閉める寸前にドサドサッと追加の袋を入れ、後ろ手でそっと扉を閉めた。
配達は斡旋所への文書だったので、そのまま食堂へ向かう。
配達の受領票をもらい、その場で処理をしてもらう。
「ねえ、何か食べてく?」
看板娘が出て行こうとした俺の腕を掴んだ。
そういえば昼飯がまだだったなあと思ったけど、食堂の親父の顔を見るととても食べられそうになかった。
「また今度」と看板娘の手をそっとほどいた。




