23・転移者は敵を知る
「トニー、座りなさい。 お前はもう十一歳になったんだから」
トニーは項垂れたままストンと椅子に座った。
隠し事はいつかはバレる。 それは早いか遅いかだけで、その時は必ず来る。
俺も自分のことを噛みしめて話す。
約束を破ったことより、隠そうとしたことがまずい。
「今、お前は後味の悪い思いをしているだろう?。 その味を忘れないことだ」
俺はスープをトニーに手渡す。
「誰にでも言えない秘密がある。 だけど、こんなことでそんな苦い味を味わうのは損だと思うよ」
コクリとトニーの首が上下に動く。
「あとでしっかり話は聞くから、今はちゃんと食べなさい」
項垂れたまま、トニーも食事を始めた。
きっと味はしないだろうね。
俺だって、王都でもノースターでも爺さんたちをたくさん困らせた。
言えないことがいっぱいあった。
一番の秘密は当然、俺の存在だったけど、それはたぶん信じてもらえないと思ったから言えなかった。
叱られるとか、誤魔化そうと思ってたわけじゃない。
結果的にそうなってしまったというか、話す機会を逃してしまったのだ。
あの頃、何もかも話していたら、王子の立場も変わっていただろうか。
『良い方向に変わっていたとは思えない』
ああ、そうかもな。
気が触れた、とでも言われて、やっぱり幽閉か暗殺だっただろうね。
爺さんたちにしても、きっと困らせただけだっただろうと思う。
食事が終わったあとの体力作りもその若者が一緒に参加していた。
どうやらトニーと同じように俺に弟子入りするつもりのようだ。
周りの子供たちと一緒になって走り、体術の基礎をやっている。
……あまり運動は得意じゃないようだ。
俺はトニーを呼び、稽古をつけることにした。
木剣を渡すと、トニーはぐっと唇を噛んだ。
俺は鳥をバンダナに変え、マスクのように口元を覆った。
「好きに打ち込んで来い」
バンダナの口元からはっきりと声が漏れる。
いつもならフードを深くかぶった時しかバンダナを使わない。
声をくぐもらせる芝居が必要になるからだ。
今はただトニーに聞かせるだけなので、芝居は必要ないだろう。
「たああああ」
覚悟を決めてトニーが打ち込んでくる。
今日は王子ではなく、俺が相手だ。
剣術は苦手だが、短剣のほうが扱い易いというだけで、普通の私兵並みには扱える。
何度も転がされながらトニーは俺に食いついて来た。
軽くいなしながら、俺は彼の姿に自分の姿を重ねていた。
いや、俺じゃないな、王子だ。
金色のゆるい巻き毛の王子。 エルフの血のお陰で華奢な体形をした、緑の瞳の美少年。
身体を動かすことは苦手だったのに、いざ剣を持たせると、嫌いなはずの父親にそっくりだった王子。
王子も悔しかっただろうな、思い通りにならない事ばかりだった。
十一歳にしては重いトニーの剣を受けながら、それでも軽く弾き、石畳に転がす。
見ていた猟師の若者もだんだんと顔が引きつってきている。
これだけ見せつければ弟子にしてくれとは言わないだろう。
彼の薄汚れた装備は、どうみても猟師でもなければ剣士でもなかった。
立ち上がれなくなったトニーの側に行き、俺はしゃがみ込む。
「言いつけを守れないならそれでもいい。 ただ、覚悟は忘れるなよ」
もしも約束を破れば、どうなるか。 それを身体と心に刻みつける。
そして、その痛みを受ける覚悟がある時だけ、その約束は無いものとなる。
「は、い」
俺はトニーに回復の魔術はかけずに、そのまま立ち上がった。
「いやあ、さっきはすごかったですね」
俺の家に、さっきまでヘラヘラと子供たちと体力作りしていた若者が入って来た。
部屋の中を見回し、そして俺の顔をじっと見る。
「この辺りのお方ではないようですね。 どちらからいらしたんですか?」
許可も取らずに椅子に座る。
俺はバンダナを鳥に変えている。
「あなたこそ、どちら様ですか?」
鳥がしゃべると若者は目を丸くして驚く。
しばらくの間、沈黙が下りた。
おそらく、何をどこまで話せばいいのか迷っているのだろう。
コホンと一つ咳をして、若者は話し始めた。
「えっと、すでにお気づきかと思いますが。 私は新地区の領主の使いです」
只者じゃないとは思っていたが、はあ、またややこしいのが出て来た。
「あなたのお弟子さんにはかわいそうなことをしました」
謝罪の言葉は本人に言って欲しい。
「用事、というのは前領主の子供のことでしょうか?」
コセルートと名乗った若者は、おっという顔になった。
「やはり、そうなんですね」
ニヤリと笑みを浮かべている。
しかし俺はそんなに心配はしていない。
「で、どの子が前領主の子供さんですか?」
そう言って俺はキョロキョロと窓の外を探して見る。
たぶんこの若者も、浮浪児になっていることは知っていても、その子供の顔までは知らないのだ。
だからこそ、ずっとこちらの様子を探っていた。
「火事で焼け死んだと聞きましたけど?」
俺はお茶を淹れて、彼の前に置く。
「あー、そんなの信じちゃいませんよ、僕は」
それで子供が集まるここに来たということか。
それにしても、わざわざ猟師の真似事をして教会の子供に取り入ってくるとは性格が悪い。
「だって、素のままでお邪魔しても教えてくれないでしょ?」
当たり前だ。
しかし、どうして領主が娘たちを探しているのだろうか。
「さあ?、僕には分かりません」
しらっと恍ける男。
もう追い出していいよな。
俺が立ち上がると、彼は慌ててお茶を飲む。
「じ、実はうちの領主とその息子はどうも汚い手を使って領主の権利を奪ったようでね」
それがバレるのを恐れているらしい。 そんなことを俺に話してもいいのか?。
「もしかしたら前領主の娘が生きているんじゃないかって疑って」
娘の存在が、自分の領主の座を脅かすと思っているのだ。
「下手をすると、ここの女の子全部を捕らえる気かも知れない」
それは困る。
「だから、先に僕が接触して保護しようかなって」
いやいや、それは胡散臭いので却下だ。
「他の子供たちに影響がないようにしてくださいね」
そう言ってその若者にお引き取りを願う。
おそらく、これからも彼は俺たちの行動を見張っていくのだろう。
領主の使いだということはこの町の人間を使うことも容易いだろう。
ロシェたちが前領主の娘だと知っているのは、リタリとトニー、リーダーと俺だけだ。
他の者はロシェのことを男の子だと思っているし、フフにいたっては当時赤ん坊だったせいで顔を知られていない。
今さらロシェたちを隠すことは、尚更目立つことになりそうだ。
いつも通り過ごすのが一番良いだろう。
「あ、新地区の海手の教会の婆さん。 あれ、どうしよう」
リタリに預けた時にフフの身元の話をしていた。
『何か言って来たら、婆さんが惚けてるっていうことにしろ』
おう、王子が容赦ない。 かなりお怒りのようだ。
ということで、俺は新地区の領主の件は放置することにした。
標的である子供の顔さえ知らないようだからね。
だけど、本当に他の女の子たちに手を出したら、俺も容赦はしない。
本物の前領主の娘であるロシェとフフに関しては、旧地区の地主であるミランの屋敷に住み込んで働いているので攫われる心配もないだろう。
「し、師匠」
自分が助けた猟師の若者の態度が突然変わったことに気づき、トニーが俺のところへやって来た。
「あの人は何て?」
自分の愚かさに唇を噛む少年を俺は微笑んで見つめる。
俺は、彼の正義感の強さは嫌いじゃない。
まだ子供なのだから、過ちは仕方がないと思っている。
だけど、せめて信頼している年長者には一言話して欲しかったと思うんだ。
トニーの髪をガシガシと撫でる。 俺も良くガストスさんにやられたなあ。
「何でもない。 今度からはちゃんと相談してくれ」
机の端に停まっている鳥の言葉に、涙を浮かべた少年は頷いた。
俺は詳しいことは彼には話さなかった。
子供の動きが変わると、それを察知されるかも知れないからだ。
ただ「女の子たちを守ってやれ」とだけ言った。
男として生まれたからにはそれは永遠の主題だぞ、うん。
トニーはやさしい男の子だ。
それはきっと、彼がやさしい母親の手で育てられたせいだろう。
弱い者には誰にでも手を差し伸べようとする。
きっとそういう女性だったのだろう。
その想いは大切にしてやりたい。
『それで騙されてたら、どうしようもないけどな』
生きていくためにはやさしいことも必要だけど、それだけではおそらくこの世界では生きていけないのだ。




