#5 陽気な伯父さん「ウィング」
商店街を抜けると人で溢れていた。大勢の人に囲まれている大きい建物のような黒い何かは天まで聳え立っている。
「ク、クラプソン!」
思わず大声で叫んでしまった。黒い兵器は衝角から縦に地面に突き刺さっている。どうやらその御蔭で周りの建物に被害はなく、奇跡といってもいいかもしれない。南十字軍がここまで考えていたら、改めて凄いと感じてしまう。よく見ると南十字軍が黒い兵器に乗っていたと思われる北十字軍を大型車に乗せて拘束している。他にも科学者や研究者達も出てきた。泣き崩れる人やほっと胸を撫で下ろす人もいる。僕の予想は当たったらしく、あの人達はアクルックスで黒い兵器に捕まっていた人達だ。
「え!?···クラプソン!そんな···。」
後に続いてレイも言った。
「嘘、なんで。·········。」
小声で呟いたから気のせいかもしれないが、聞き間違い出なかったら僕は耳にしてはいけないような言葉を聞いたかもしれない。振り向こうとしたが、レイの顔を見るのが怖くてその言葉の意味を聞くことができなかった。
しばらくして宿へ向かおうとその場を離れようとすると聞き覚えのある懐かしい声が聞こえた。
「おぅ、ソウルじゃねぇか!」
「ウィング伯父さん!」
いつものように陽気な声を上げれば、僕の肩を掴んでワッハッハと大きい声で笑う。
「また大きくなってなぁ、次いでにガールフレンドまでできやがってよぉ。伯父さんは嬉しいぜ!」
「ち、違うよ!訳あって一緒にいるだけで、そんな彼女とかじゃないし。」
「なんだー、そうなのかー。ちょっと期待してたのによ。んで、どうした?またお使いでも頼まれたか?」
「いや、そうじゃなくて。···はい!これを頼まれたんだ。」
僕はポケットに入れておいたプレゼントを前に出した。
「ん?おぉ、プルムの手作りバターだな。結構上手いんだぜ、これ。···そうだ!宿に戻って一緒に食わねぇか?家からここまで長くて疲れたろ?さぁさ、行こーぜ!」
「うん。そうするよ。」
「いいの?お母様は心配しない?」
「でも疲れちゃったでしょ?少し休ませてもらおうよ。」
「大丈夫だ!俺がプルムに心配すんなって送っとくから。」
「じゃ、じゃあ。そうしよっかな。」
「そうこなくっちゃ、お嬢ちゃん!」
僕たちはウィング伯父さんの後についていった。
「あれがウィング伯父様なんだ。面白そうな人だね。いつもあんなに明るいの?」
レイが口の前を手でおさえてこっそり聞いた。
「うん、もっとうるさい時もあるけどね。楽しいから別にいいんだけど。」
ウィング伯父さんの宿の部屋に着くと、暖かい空気が迎えてくれた。部屋はとても広く二階まであり、眺めもいい。するとウィング伯父さんは手前から順番に扉を指差して言った。
「ここがトイレだ。んで、そこが寝室。階段上ったとこが本棚付きの部屋だ。まぁ、好きなところで待ってろ。今バターのったパン持ってきてやっから。本、読んでてもいいからな。」
とりあえず僕はベットに座った。ぐるりと部屋を見回すと寝室の隣にも部屋がある事に気がついた。
「ねぇウィング伯父さん、隣の部屋もウィング伯父さんの部屋?」
「あ?そうだぞ。でも入んなよ、仕事の途中だからな。」
そう言いながら三人分のバターサンドパンを持ってきてくれた。食べやすいように四つにカットされている。
「で?まさか俺のところに来たのはこれだけじゃねぇんだろ?」
ウィング伯父さんはパンを頬張りながら聞いた。
「うん。···実は、父さんのことで。」
「カンちゃんがどうした?」
カンちゃんとは僕の父さんの事でウィング伯父さんが勝手につけたあだ名だ。陽気な性格っていうのもあって面識がなくても適当につけたらしい。
「前々から気になっていたんだけどさ。父さん、今なにしてんだろうって。」
「あれ?また消えたのか?カンちゃんも大変だなぁ。ワッハッハ!」
「母さんに聞いても答えてくれないんだ。そうしたら、ウィング伯父さんに聞いたら、って。ウィング伯父さんは父さんの事について何か知ってる?」
するとウィング伯父さんは一変して俯いて黙りこんでしまった。ここの部屋だけ空気が重くなった、そんな気がした。レイも手に取ろうと挙げた腕を静かに下ろした。そして口を開けて今までとは違う低い声で言った。
「また今度、な。」
そう言って最後の一欠片のパンを口に放り込んだ。僕はなんでと聞こうとしたが、さっきの声が脳裏に過った。
『お前は人に聞くことしかできないのか?』
自分でもなんとなくこれ以上話さない方が良いと思ったので、話をあの黒い兵器の話に変えた。
「それにしてもさ、あのクラプソン。危なかったよね。アクルックスでは被害が出ちゃったけど、ここは被害も最小限に抑えられてたよね。やっぱり南十字軍はすごいなー。」
「でも知ってっか?ソウル達も見たろ、クラプソンが縦に突き刺さってんの。あれ自然に起こった事じゃねぇらしいぞ。」
「そうなんですか?」
レイも話に入ってきた。僕も濃厚なバターを味わいながら最後のパンを飲み込んだ。
「あぁ。あれは人がやったらしいんだ。」
「え!?」
ウィング伯父さんは髭を擦りながら言った。僕は窓から聳え立つ黒い兵器を視野の中に入れた。あれを人がやる。何をどうやったのかと聞こうとすると
「たまたまそこにいた俺の部下が教えてくれたんだけどよ、」
とウィング伯父さんは話を続けた。
「すごく大まかに言うとだな、その人は、地面からボゴーンって出てきて勢いよくクラプソンまで跳んでって、そしたら急にクラプソンの向きが地面まで一直線になって、んでそこでゆっくりって程じゃねぇが速度がガクーンって落ちて、ああなったって。その人、クラプソンと一緒に地面に埋もれたらしいぞ。」
また突拍子もないことを言い出した、とウィング伯父さんに向き直ると、嘘とは思えない真面目な顔をしていた。レイも真に受けてしまったのか、驚きの表情が見てうかがえる。
(···本当なのか?)
何度もイメージを繰り返すも、なかなか形にならない。人が地中から勢いよく跳んでってあれをどうにかして
垂直にした結果、被害はなかった。全く意味が分からない。もしそんな人がいたら超人という部類の人だな、と笑いながら想像してみた。
「そうそう!俺な、もう少しここにいるつもりなんだけどよー。どーだ!また、あれやらないか?」
「えーー、またーー!?僕、前みたいに倒れちゃうよ。ま、いいけどね!」
「はっはっは!そうだったな。プルムも心配してたな。はっは!」
「ねぇねぇ、あれって何?」
二人で盛り上がっている事にレイは首をかしげた。
「あれって言うのは」
「全力鬼ごっこだぜぇ!」
「はい?」
レイはまた首をかしげた。何を言っているんだこの人は、と顔に書かれているのが僕には見えた。
「要するにね、僕とウィング伯父さんの二人で鬼ごっこをするんだ。でもただの鬼ごっこじゃないんだ。名前の通り、全力で鬼ごっこをする。例えば木を伝って、水中で、あとは···たまーに建物を越えて。」
「た、建物!?それって危なくないの?」
「もちろん危ないさ!でもな、それがまた楽しいんだ!自分のギリギリ限界を出しきって正々堂々と戦うんだ!こんな俺みたいなおっさんとソウルで互角の勝負ってぐらいだからな、俺も体が鈍っちまった。
どうだ!お嬢ちゃんもご一緒にいかがかな?」
「いや、遠慮させていただきます。私にはそんな力ないので。」
「そっかー。そらぁ残念だな。んじゃソウル、すぐに誘ってやっから鍛えて待ってんだぞ!」
「うん!次も勝っちゃうからね!」
「ふん!何をー。」
そうして僕達は家に帰ることにした。来たときは全く気づかなかったが、この宿は結構大きかった。外壁は白い石造りで形も瓢箪のようにうねうねしていて、昔ながらという雰囲気がした。三階の窓からウィング伯父さんが手を振っているのが見えたので、大きく腕を振って返した。