#3 至急、旅の支度を。
「ねぇ、母さん。」
「ん?なーに、ソウル?」
「父さんってさ、今なにしてんの?」
「え?」
なぜ母さんが驚いたか分からない。少し声が低かったからか。分かっているような素振りを見せたからか。
確かにもう飽き飽きしている。
この質問は何回もした。そうすると必ず「うーん。どこかまたほっつき歩いてるんじゃない?」と答えてくる。小さい頃だったら、なんとなく納得してその話は終わっていた。
でも、ほっつき歩いているには長すぎる。そうやっていつも帰ってくるのは出ていってから、最低でも半年、長くて5年はかかっていた。
今はもう分かる。物心ついた時から、納得なんてしていない。5年もほっつき歩くような父さんではない。5年もほっつき歩くお父さんがいるなら見てみたい。
「もう、わかってるよ。母さんが嘘ついてるの。今まで、ずっと。さっき襲撃があったときからまた帰って来なくなったし。きっとまた、長くなると思うんだ。何で嘘つくの?家族の僕にも言えないことがあるの?父さん···何かあったの?」
「···ソウル。あなたはどこまでこの事を知っているの?」
静かな声でそっと言った。
「なにも、なにも知らないよ。だから、知りたい。···父さんの事。」
しばらく沈黙が続いた。
「残念だけど、私の口から何も言うことはできないわ。たとえ、あなたが家族の一人だとしても。お父さんもそれを望んでいないわ。」
「なんで?家族でも言えない事情って何?もしかして、これも答えてくれないの?」
ソウルは少し強く言った。
なんで、なんで、母さん、なんでなの?なんで父さんの事を教えてくれないの?僕は父さんと血の繋がった、歴とした親子なのに。
その時、風がささやいたのか心のどこかでそう思ったか分からないが声が聞こえた。
「お前は人に聞くことしかできないのか?お前は人に頼る事しかできないのか?」
え?な、なんだ?突然聞こえた声に驚いた。
「お前は人に縋る事しかできないのか?そうやってお前は誰かが手を差し伸べてくれるのを待っているのか?」
ち、違う。違う。違う。そんなんじゃ、そんなんじゃない。
「お前が今知ろうとしている事は、命に関わる。絶望に落ち、命を落としかねない。」
背筋が凍る。風と部屋の中が冷たく感じる。そのぐらいその声には重みがあった。
「しかしお前ならどんな事があっても、動いて、もがいて、立ち上がる力があるはずだ。たとえお前が立ち上がる事ができなくなっても、お前は一人じゃない。近くにお前を助け、希望を与える者達が傍にいる。」
いつの間にかレイが少し強張った顔で後ろに立っていた。
「行け‼お前が進むべき道はここからだ‼」
風が止んだ頃には、全身が凍りついていた。ソウルは何も考えられず、その場で立ち尽くしていた。不思議とトントン拍子のように進んだ話は人生を左右すると感じた。
「どうしたの?そんな青ざめた顔しちゃって···。」
レイが空気を変えようと明るい調子で言った。母さんもレイの言葉を察して言った。
「ご、ごめんね。言い過ぎちゃったわ。さ、何か作るけどレイちゃんはどうする?」
「あ、あぁ。私はさっきの暖かいのでいいわ。ソウルは、ど、どうする?」
「······」
僕も同じので、と明るく気持ちを入れ換えて言おうとしたが声がでない。出そうにも喉の奥でつまっている。まだ動揺していた。こんな事は初めてだ。
「···ウィングお兄さん。」
「え?」
やっと僕の声が出てくれた。
「あの人ね、今街外れの宿にいるらしいの。実は、お父さんの事ちょっと知っているらしいわ。」
ウィング伯父さん。年に一回は家に遊びに来てくれる楽しい伯父さんだ。といっても伯父さんの事は楽しい以外に何も知らない。今までに知る必要がなかったからだと思った。
「今から会いに行ってみたら?きっとあの人喜ぶわ。ついでにお父さんの事も聞いてみたら?どうしても知りたいっていうなら。」
母さんの顔は微笑んでいたが、声は気力が無く最後は聞こえづらかった。とりあえず僕は久しぶりに会える伯父さんのところへ行くことにした。
「うん。そうするよ。」
「じゃあ、これ持ってって。あの人の大好物よ!」
と言われ包装紙で包まれたビンを渡された。少しビンが暖かい事とさっきと声の調子が真逆だったことに少し驚いた。
「悪いけど、レイちゃんも一緒に行ってきてくれない?今日はディナーを豪華にしたいの。レイちゃんの反応も見たくって。それにソウルひとりで行くと迷子になりそうだから。」
レイは思わず吹いてしまった。僕はレイとお母さんに嫌な顔をした。
「分かりました。しっかりソウルをフォローしますね。今日のディナー、楽しみにしています!」
そうして僕達は少し肌寒い中、出かけることになった。