#2 謎の少女「レイ」
···もう、死んだと思った。
初めてだった。恐怖を知った。あんな、あんな事···。今でも私は解すことができない。
現実を受け止めきれない私がどこかにいる。
それで···私は、逃げた。そう、飛び降りた。
「あ、気がついたわ!ソウルー!」
目が覚めた。見えるのは天井だ。ここはどこなの?
「はぁ、よかった。見た感じ、大丈夫そうだね。痛い所はある?」
まだこの状況が把握しきれていない。辺りを見回してみた。
家だ。優しそうな雰囲気が見てとれる。
「そっか、まだなにもわかんないよね。ごめんね。僕はソウル。君を助けた···って言っていいか分からないけど。とりあえず助けたってことにしておこう。それでさっきまで外は危なかったから、僕の家に君を入れて、一旦落ち着いて···んで今に至ったってわけだ。」
「······」
この話を聞いても分からない。いまだに私の糸は絡まったままだ。せめて分かったとすれば私は救われた、このソウルって同じぐらいの年の男の子に。それだけは分かった。でも、どうやって私を···。一瞬思ったが、そんな考える力が今は無かった。糸を解くのに精一杯だった。
「あ、あのー。名前って···」
「レイよ。」
「あらまぁ、素敵な名前ね!」
ソウルのお母さんと思われる人が笑顔で褒めてくれた。
私は体を起き上がらせると、カップがおいてあった。中には、飲み物が湯気を立たせている。
「さぁさぁ、飲んで飲んで!暖かいわよ!」
口に運ぶ時に、もういいにおいがする。初めてみる飲み物だが、飲んでみる。
「···おいしい。」
「まぁ!お母さんとっても嬉しいわ!」
つい口から感想が出てしまう。こんなおいしいものをこの人たちはいつも···?
「なーに、コロニルに少し砂糖を加えただけよ。」
まるで、私の考えていたことが分かっているかのように答えてくれた。しかし[コロニル]は聞いたことがない。でも、聞こうとは思わなかった。
それにしても一番驚くことは、初対面の私にやさしくしてくれることだ。やさしくしたのだから後で何かを要求されるのではないかと思ってみたが、そんなことはないと思った。ないと信じなきゃいけなかった。信じなくては前に進めない気がしたから。
「おいしく飲んでいるところ悪いんだけど···。」
ソウルが話に割り込んできた。
「ずっとレイがここにいるわけにもいかないし、レイのご家族も困っちゃうだろうし、早く帰る支度をしなくちゃまずいんじゃない?」
「いいじゃない、ゆっくりしていけば。それに、こんなかわいい子、外に行かせて道にでも迷っちゃったらどうするの!なに?それともソウルはレイちゃんがいない方が良いの?」
「ち、違うよ!そんなんじゃ···。」
「ありがとう、私の事を考えてくれて。でも私にはもう、帰るところも、待っていてくれる家族もいないわ。」
なぜ?なぜなの?なぜかこんなにも簡単にするすると話せてしまう。不思議と体が軽くなっていく気がする。
「え!?···そんな。一体、どういう」
そうよ、当たり前よ。驚かない訳がない。
大抵の者は家族がいて、帰る家があって、いろんな事を話し合ったり笑い合ったりする。
ダメ。もう、言ってしまった。言ってしまったことなら話さなくてはならない。話さなかったら怪しまれる。
どこから話せばいいのか。
とりあえず口を開けたその瞬間、
「ダーメ!」
お母さんがソウルの言葉を遮った。
「聞いていいこととダメなことはもう小さい頃に教えたでしょ!」
母は冷静な顔で怒った口調で言う。偶然が重なって理由を言わなくて済んでホッとした。
「それに、帰る場所がないんじゃ、うちで暮らせばいいじゃない。」
「えぇぇえぇぇ!?」
「えぇぇえぇぇ!?」
二人は同時に驚きを隠せず声をあげた。
「む、む、無理だよぉー!ま、まだ何も分かってないし、そ、それにこれからのこととか考えたときに何かあったらどうするんだよー!」
「そ、そうですよお母様!ここに泊めていただく気持ちはありがたいですが···。迷惑をおかけしますし、みなさんもお困りになるでしょう?」
二人とも動揺が隠せない。お母様はやさしく笑う。
「なーに、大丈夫よ!何も困ることなんてないわ!後の事なんて今考えてもどうにもならないわよ。ソウル、こういうときは落ち着くの。ゆっくり、ゆっくりね。」
ゆっくり、ゆっくり、ゆっくり···か。
「レイちゃんも遠慮しないで!でも、ほら、そのー。どうしても、よ。どうしても嫌だったら···どうしましょ。」
「······。」
何してんの?
今ここで帰る場所も待っていてくれる家族もできるっていうのに、断るの、私?
そうよ、せっかくなんだから。
この人達やさしそうだし、それに何かあったら、その時はその時よね。
「いえ、私ここで暮らします!」
「えぇぇえぇぇ!?」
また、ソウルは驚きの声をあげる。
「ソウルさんは命の恩人ですし···その、恩返しが少しでもできればいいなと思っています!ご迷惑をおかけしますが、よろしくお願いいたします!」
「そうこなくっちゃ!恩返しだなんてそんな。」
お母様は笑顔で答える。
「あなたみたいな子、迷惑なんてかからないわ。逆にこっちが迷惑をかけちゃうわ。」
と、ソウルの方に目をやっている。ソウルはそんなことないと言いたそうに頬を膨らませる。
「大丈夫、自信をもって!···レイちゃん、本当にありがとうね。」
そうして私はソウル達との生活が始まった。
·コロニル ココアのような暖かい飲み物