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S特怪異部隊

作者: しげはる

自分への課題として作成。

2ちゃんねるF自創作スレに◆dSJ9kJR.acトリップで投下済み。




「なんか気味の悪い峠道ですね。訓練時代を思い出すなあ」

短髪を茶色に染め上げた七海がハンドルを握りながら呑気な口調で言う。

「あー。言うなよお前、俺も思い出したじゃないか」

助手席に座っている坊主頭の蜂須賀が拳を突き出して七海の脇腹を小突いた。


私たちは現在、作戦行動中だ。市街地を抜け人里離れた山間部へと車を走らせている。

作戦内容は、脅威が予見される地域へと赴き、その脅威を発見次第迅速な処理を施すこと。

要領を得ないと思うが、説明も難しい。平たく言えば我々三人は『敵を発見して抹殺してこい』という指令を受けてそれに従っているわけだ。

私の名前は九里歩。くりあゆむと読む。


「隊長。ねえ、隊長はこの薄暗い峠の山道ってどんな感じなんすか?」

七海がミラー越しに後部座席に陣取る私を覗き込みながら聞いてくる。私は特殊作戦群、通称『S』と呼ばれる特殊部隊に所属して彼らを部下として使っている。

今回、この三人で特殊作戦のチームが編成されており、その現場の指揮を私が任されているというわけだ。


ところでこの特殊作戦群とは、防衛大臣直轄の中央即応集団の隷下にある機動部隊である。

詳細は非公開で全く日の当たらない部隊ではあるのだが、例えば米軍のデルタフォースをイメージしていただければどうだろうか。

私たちがそうだとは言わないが、そこには民間人の想像をはるかに超える凄腕たちが集まっている。

知られざる花形、闇の英雄たちの巣窟……なんてことをよく言われるが実際は、やんちゃ坊やの託児所か。

事実、彼らの任務には真っ当なものが無い。その中でもさらに異質なものが私の元へ廻ってくる。それは私の性質ゆえか、それとも端から期待されていない捨て駒だからか。

七海と蜂須賀には伝えていないが、いま向かっている作戦地域はすでにイージス艦にロックされている。

今回の任務が失敗に終わればここは火の海になってしまう。まあ、どういった言い訳やシナリオを用意しているのか知らないが。何にせよこの陰気な森と荒れた峠道と朽ちた建物と私たち三人の運命はこの作戦行動の成否に懸かっているのである。


突然私は無性に鼻がむずがゆくなって大きなくしゃみをした。

前席の二人がびくん! と肩を震わせて真っ直ぐに背筋を伸ばす。

「……ずず。いや、すまない。鼻水が出てきたな」私はポケットからティッシュを取り出して鼻をかんだ。

「もしかして、アレですか?」蜂須賀が振り返る。

「いや、ここ数年こんなことは無かったのだが……まあ、アレかな」

「なはは、こんな山の中でアレルギーなんて超ウケるんですけど」七海が可笑しそうに笑った。


今回我々が使っている作戦車両は、民間のそれに偽装したレジャー四駆タイプの白い乗用車である。車は市街地からおよそ一時間ほど離れ、山間部を抜ける峠道の頂上付近へと差し掛かっている。

「予定ではあと数分で目標地点へ到達ですよね。また変なのと戦わなくっちゃならんのです?」

蜂須賀が陰気な目で聞いてくる。そう我々S特、というか私が指揮を任される小隊はいつも『変なの』と戦うはめになる。


発端は二か月前。この地で起きた殺人事件があまりにも異質で警察には受け止めがたい不可思議な内容であったため、事件を公表せず公安を通して内々に自衛隊の特殊作戦群へと相談があったのだ。

事件のあらましはこうだ。深夜、目標地付近を走行中の男性が道路上に転がっている変死体を発見した。男性は民間企業に勤める五十歳の営業職。

男はすぐに携帯電話で警察へ通報し地元の警察が出動した。

現場へ最初に到着したのは管轄署勤務の巡査長だったが、そこで確認したのは道路上に転がる変死体と路肩に止められた無人の乗用車だった。


「にしても奇妙な状況すよね」七海が鼻歌まじりに事件を振り返る。

「そう、そこにあった乗用車は通報した男性のもの。そして、路上に転がっていた変死体は通報した男性本人だったからな」私が後を受ける。

「通報後に殺されたのか。または彼を殺した他の者がわざわざ通報してから逃走したのか。というミステリーですな」と蜂須賀。


そもそも通報時の録音音声を照合した結果、電話で話していたのは殺害された男性本人であった可能性が高いということが分かった。死体が所持していた携帯電話には警察への発信記録があり、男性以外の指紋は検出されていない。


「まあ、警察には無理っすね」

「その通り。警察での捜査でその両方の可能性は否定された」

「あらあら死体が電話をかけてきたんですねえ、おおこわ」再び蜂須賀が茶化す。

「分かっていると思うが、電話を掛けてきたのは生きていた男性で、死体が動いたのはその後だ」


検死に回された男性の死因は失血死だった。だが大量の血液を失っていたにもかかわらず、現場には血痕のひとつもなかった。

そして決定的な事件が起こり、本件は公安を通じて自衛隊特殊作戦群の我が小隊に調査を委ねられることとなる。


七海が車の速度を落として徐行し、少し進むと静かに停車させた。「着いたっすよ」


建物が見える。周囲は、鬱蒼と茂った木々が建物はおろか道路すら浸食しようとしている。

山奥に忽然と現れたように見えるその建物は、かつての面影をわずかに残しているのみで、さながら幽霊屋敷のように朽ち果て荒れていた。


「現在時刻一一○○、晴天。ただいまより装備点検を行い一二○○より作戦行動に入る」

「了解っす」

「了解ー」

言葉遣いこそ変わらないが、二人とも真剣な面持ちになる。その表情が本作戦の特殊性と困難さを示している。

蜂須賀が車を降りて後部のドアを開け、三つのバッグを引きずり出した。私が七海の分と一緒に二つを受け取る。

ティッシュで鼻をかんでから自分用のバッグを開けた。ベルトやボディアーマーに小型無線装置、ライトを取り出して点検し装備を始める。

それぞれの服装は、遊びながらなんとなく向かったキャンパーもしくはサバイバルゲーマーなどを想定して、カジュアルな軽装に身を包んでいる。

私の服装は、これは私の趣味ではないのだが、白いTシャツに軽くチェック柄のシャツを羽織ったチノパン姿、足元はゴムソールの茶色いブーツ。

蜂須賀は良く分からない図柄のプリントされたTシャツに黒いカーゴパンツ、パンツの裾は十インチブーツの中に入れている。

七海は黒を基調としたタイトなジャケットとパンツに足首丈のコンバットブーツ。

蜂須賀は車からさらに細長いケースを取り出す。ケースは長い物や短い物で三つあったが、それらはすべて蜂須賀のものだ。中身は手榴弾やマシンガン、そして狙撃銃。

彼は拳銃を両脇、腰、太ももの各部に締め付けたホルスターへ収める。そして腰回りに手榴弾をぶら下げた。

その間、七海は運転席から動かない。私たちの準備が終わるまでは何時でも車を発進できるように待機している。

私はそら豆のような形をしたイヤホン型無線受信器を耳の中に入れ、バンド状のマイク装置を首に装着した。

私が準備を終え、七海に目配せすると彼も準備に取り掛かった。

見るからに重装備の蜂須賀とは対照的に七海の装備はシンプルで、異質だ。

彼は服装の各所にナイフを仕込み、右手には若干短めの木刀。背中には日本刀を帯びる。

蜂須賀が九ミリパラペラムバレットを装填したSIGのオートマチック拳銃を二丁差し出してくる。

「いつものことですが、すんません」七海はそれを受け取らない。代わりに私が二丁とも受け取り一丁は右腿のホルスターに、もう一丁は腰ベルトの背中側に差し込んだ。


「日没前に処理を完了せねばならない」私は二人の前に立ち再確認の意味を込めて言う。

「そうだな、夜になるとやばい」蜂須賀が応える。

「なんせ相手はアンデッドっすからね」と七海。


この場所で死体となって発見されて検死に回された男性。死因は失血死とのことだが、実は詳しいことは分かっていない。何故なら、死体が十分に調べられる前にそれが不可能となってしまったからだ。

解剖に入る直前、男性の死体が突然目を見開いて起き上がった。その場にいた二名の検死員が驚き叫ぶ中、死体は部屋を飛び出しそのまま屋外へ向かった。

ところがその死体が外へ出た途端に全身が沸騰したような水ぶくれに覆われて焼けただれ、ものすごい臭気を発しながら崩れ落ちて灰になってしまったという。外は真昼間の晴天だった。


「状況を整理しておく……」私は今回の事件をまとめる。

「この現場で男性が発見した変死体はヴァンパイアだ。その怪物は男性が警察に通報を終えた直後、その男性に襲い掛かり生き血を吸ったと見られる。そして男性の死体を残すとあの建物の中に戻ったと推測」

奴らは日光が苦手だから、その隠れ家にあの建物を使うはず。森林もあるが、昼間をあそこで生き延びるのは無理だろう。

「そして、その後に駆け付けた警察官は男性の死体を発見しそれが通報の死体だと勘違いして検死に回した」

まあ強ち間違いでもない。もともとあった死体だってヴァンパイアなのだから……。

「……そして、ヴァンパイア感染によってアンデッドと化した男性が活動を始めすぐに日光に浄化されてしま、しま……ックション、ら」

最後の締めは、くしゃみに邪魔されてしまった。


「ぷ! なははは。まあ、アンデッド初心者あるあるっすね。昼間に目覚めるなんて運が無かったってことっすわ」

「ふん。信州の地下通路での作戦で奴らにも通常の弾丸が有効なのは実証済みだ」蜂須賀はこの手合いとの実戦経験がある。

「爪や牙からの接触には気を付ける事! それに奴らには知能がある。無駄に駆け引きを楽しもうなんて思うな! 物陰や暗がりを必要以上に警戒しろ!」

「了解!」二人が揃って叫ぶ。今度は決まった! これぞ指揮官冥利に尽きる瞬間。

七海の輝く瞳が私の顔を覗き込む「九里隊長。垂れてますよ? 鼻水」



伸び放題の樹木の枝葉に囲まれた陰気な敷地へ立ち入ると、雑草に覆われた石造りの通路の向こうに洋風の古く朽ちた三角屋根の建物が全貌を現す。

建物は三階建てに見えるが、三階は恐らく屋根裏部屋の明り取り窓だろう。かつてどこかの金持ちが別荘として建てたのか、それほど大きくはないが立派な作りをしていた。

「建物の周囲を確認」三人が離れすぎないように敷地内を周回する。窓やドアや地面、その他の出入り口がどこにあるかを確認する。

「突入は正面から?」蜂須賀が聞いてくる。これといった気配も感じられないし奇襲が成立する要素も皆無であることから私は無言のまま頷く。

七海が木刀を手に玄関へ向かう。ゆらゆらと頼りなく見えるが、頭が全くぶれておらず何が起こってもバランスを崩さない彼独特の動き方なのである。

「こんにちわ、っと」囁くように声を発し七海がドアに手を掛ける。斜め背後から蜂須賀がM4カービンを構えている。鍵の掛かっていないドアは簡単に開き玄関の内側に光が差し込まれる。

「エントランス、クリア」手前、奥、上下を確認して七海が告げる。そのまま侵入してその後に蜂須賀も続く。

「……ぐずず」もはや止まらなくなってきた鼻水をすすりながら私も玄関のドアをくぐった。その途端に強烈な違和感が私を襲うが、状況の最中深くは考えないことにした。


「いないな、ここもクリア」

部屋を順番に確認していき最後に屋根裏部屋の捜索が完了した。トイレも階段裏も台所の地下収納にも、なにもいない。

「おかしいな、この建物以外で完全に日光を遮断して隠れられるところなんてないだろう」

大きなガラス窓のあるリビングで私たちは、今確認したばかりの状況を話し合う。

外はうっそうと茂った森ではあるが、ある程度は開発の手が入った雑木林程度のものである。ここを出て、どこへ向かっても大して遮光性のある環境は得られないように思えた。

「は、は、ふぁ……ハクション!」唐突に鼻がむずがゆくなって私は大きなくしゃみをした。二人は私の方を気の毒そうに見る。

「す、すまん。あれ……おい! あれは。何だ?」私はその光景に驚き、しばらく目を離すことが出来なかった。

ガラス窓の向こうで燦々と輝く太陽、それが徐々に薄暗くなり始めている。雲で隠れたのではない、太陽の光そのものが失われつつある。

「は? 何すかあれ」

「うお……もしかしてあれは」

周囲が薄暗くなり太陽の端にダイヤモンドリングが光る。やがて周囲のかすかな輪郭を残して光が完全に途絶える。

「日食だ! そんなばかな」

「皆既日食すね、そんな予定無かったはず……すよ」

「天体が狂ったのか? あり得ない。ただ、これは相当にやばい」

私たち三人は咄嗟に目の前のガラス窓を破って外へ飛び出した。あたりは夕暮れ時のように薄暗くなっている。太陽は、一向に光を取り戻さない。

「作戦中止だ、何かがおかしい。一旦車に戻れ!」

周囲を警戒しつつ敷地を抜け舗装路に出る。そのまま少し離れた場所に停めてある白い車両へ向かって後退する。

鼻がむずがゆい。小さなくしゃみを抑え込むように数回、私は二人に向かって叫ぶ「車の方向だ! 戦闘準備、気を抜くな!」

私たちの乗って来た白い四駆のルーフの上に、人型の何かが立っていてこちらを眺めていた。


車の上に立つ『何か』は、人間の姿をしている。黒い髪を後ろへ撫で付け、端正な顔は異様に白い。それと対比するように真っ赤な目と唇。演劇の舞台にでもいそうな西洋風の派手な服装に身を包んでいる。

「ようこそ、我が領地へ!」それは高く透き通るような声を発した「私の領地に何の御用かな? まさか私の血を吸いに来たわけではあるまいね?」

会話が成立する? このような事例はかつて経験したことが無い。私は二人を制して一歩前に出た。

「領地? 歓迎の意いたく感謝する。しかしここは違う。ここは日本国の領土で、我々はここを侵略するものどもを排除するために派遣されてきた。それと、血を吸って殺したのはお前のほうだろ?」

相手は私を見下ろしながら、少し考えるように首を傾げた。知らないのか? とぼけているのか? 話題を変えてみることにした。

「自己紹介が遅れた。私は九里、この二人を率いてやってきた責任者だ。さらに言えば、この国土を統治する者の代理人としてやってきたと捉えてもらっても、まあ、差し支えない」

差し支えないかな? 少し盛りすぎたかも知れない。

「そうですか、私は領主べステファン。先程からほんの少しだけ意見が食い違っているようだが。ここは私の領土であり、あなた方はさしずめ私の大事なお客様といったところかな」

「ふむん。あんたの国では大事な客の血を吸って殺すのが最高のもてなしというわけか」

「そこも意見が食い違っているようですね。私はこの数百年、人間の血など吸ったことがない」

「いや、現実にここで一人の男性が血を吸われて死んだ。さらにその男性だけど、あんたらの同類になって蘇ったんだがすぐに太陽に照らされて焼け死んだよ」

「それはお気の毒に」

べステファンは少しの間考え込む。

「誤解があるようだが、我々は無意味に同胞を増やしたりはしない」吸血鬼は静かに話す。

「そうすることによって結局は自分の首を絞めるのだから。あなたがたも理解してしているとは思うが、急激なバランスの変化は無限を有限に変えてしまう。百年かけて育んで消費していくものを、たった一日で食い潰してしまう」

「では誰が!」ほんの少し、感情が爆発してしまったのを感じる。あ、まただ……どうにも鼻がむずがゆい。

「それはおそらく、がっ……」

べステファンが突然目を見開き、すさまじい形相を見せた。赤い唇から一筋の鮮血が流れ落ちる。派手な衣装の胸の部分から、銀色に輝く槍が飛び出している。そのまま車のルーフの上に崩れ落ちた。

私たち三人は咄嗟に身を低くして構える。蜂須賀が一点へ向けてM4をフルオートで連射する。

その先で何者かが叫ぶ「ハハハァー! 引き付けご苦労だったな。あとはお前ら一人づつ殺してやるよ!」その何者かは道路脇の林の中へ飛び込んで去る。

「二人いやがったのか!」怒声を発しながら蜂須賀はマガジンを交換してスライドを引く。

「あれどうします?」七海が車の上に倒れているべステファンを見る。

「放っておけ。奴らの事情は分からないが、脅威になる方を優先して叩く。殺害予告をしてきたのはあっちだ」人影の消えた林の方向を指差す「行くぞ! 私から離れるな」


そもそも私がこのような任務ばかりを担っているのには理由がある。

私は怪物アレルギーなのだ。

怪物が近くにいると、何故だか鼻がむずがゆくなりくしゃみを連発して鼻水が流れ出る。

言ってみれば私は怪物レーダーの機能を持つ特異体質なのだ。


「こっちだ」鼻がむずむずする方向へ、二人を伴って突き進む。

急に森林が開け、高い崖に阻まれ下草に覆われた広場に出る。

「……ここを登ったんすかね」

「分からん。人型から動物へ変化する怪物もいるからな。人狼のように」

「ああ、あの訓練は最悪だった」

「そっすね。訓練がいきなり実戦だったすからね」

ひゅるる、と何かが飛来する風切り音。三人はその場からばらばらに散った。

凄まじい轟音と共に地面が爆発し土砂が舞う。崖の上からの砲撃だった。

「中世ヨーロッパの大砲すかね! 大したことないけど直撃されたら終わりすよ!」右方向で七海が叫ぶ。

「日食でいまだに薄暗いし、ここには遮るものが無い! ここでの応戦は無理があるぞ!」左手で蜂須賀の声。

第二弾が飛来する。右手の、七海の声が聞こえてきたあたりで轟音が響き、通り雨のような土砂が降り注いでくる。

「七海!」私が叫んだ瞬間、手前に着弾。大量の土くれを浴びて飛ばされるように倒れる。大砲は一門ではなかった。倒れ際に左方向にも着弾する音を聞いた。


ともかく林の方向へ走り木々の密集する場所へ飛び込んだ。七海と蜂須賀が逃れたかどうかは分からない。

砲撃が止み、それでも移動して場所を変えた私はようやく一息つくと小型無線機を使用した。

「七海、蜂須賀、生きてるか?」耳に仕込んだそら豆型の受信機から伸びる耳掛けコード、そこからさらに伸びた薄いバンド状のマイク装置は首輪のように装着する。喉の振動がそのまま声として送信される。

『こちら七海っす。現在広場を離れ、林の中を進んでまーす』

「蜂須賀、そっちはどうだ?」返事は無い。

「七海、蜂須賀は見たか?」

『いや。いきなりこっちへの砲撃すからね……向こうまで見渡している余裕は無かったすよ』

まさかあの砲撃でやられたのか? 確認しに戻りたかったがそうもいかない。私の鼻がむずむずと反応し始めたからだ。

「お客さんだ」それだけ言うと私は前方にある大木のほうへ向き直った。


大木の太い枝に何かがぶら下がっている。よく見るとそれは人間サイズの巨大な蝙蝠だ。

「飛んできたわけか」私が慎重に近づくと蝙蝠は枝から落下し、ひらりとトンボを打って地面に降り立った。姿は人間のようなものに変化している。

「一人づつ、一人づつ殺していくよお」

それは白い顔に赤い目と赤い唇。べステファンとの共通部分はそのくらいで、こいつはスキンヘッドに全身黒タイツのような服装。両手の人差し指と中指からはそれぞれ鋭く長く赤い爪がアイスピックのように伸びている。

「話し合いは無理かな」

「お前が隊長だってな。だからお前から狙うことにした」

じりじりと距離を詰めて来る。

「そうか。感謝する、ただひとつだけ言わせてくれ」私はホルスターから拳銃を抜いて安全装置を外す「爪が伸びすぎだよ」そしてすぐに発砲した。


予想以上に素早い反応で蝙蝠男は左方向へ逃れる。爪の一撃を警戒しながら私は距離を保つために後じさる。

間を置かず蝙蝠男が飛び掛かってきた。顔面を狙って二発発砲したが全く当たらない。突き出された爪がすぐ横をかすめる。たまらずさらに数発発砲しながら林を走り道路へと抜け出す。

蝙蝠男はすぐに追いついて来た。残忍な笑みを浮かべながら私との距離を詰める。さらに発砲、当たらない。

そのまま銃を構え続けるが、ばれているだろうか。弾を打ち尽くしてしまいスライドが開いたままになってしまっている。

蝙蝠男は赤い唇から紫色の舌を覗かせて舌なめずりをする。

「最近の人間の血は、塩っ辛くて癖になる。この間の男はどうした? お前も仲間にしてやるぞ。俺様の下僕として働いてもらおうか」

「ああ、お前か。あの男を殺したのは……」弾の切れた拳銃で相手を狙いながら、左手を背中の腰ベルトへ伸ばす。もう一丁の拳銃を掴み意識を集中する。

『あー、もうちょい左』

声に従って左方向へ動く。爪を振りかざした怪物が迫る。私は咄嗟に左手に持った拳銃を突き出して引き金を引く、が安全装置が働いて引き金は動かない。


「死ね」蝙蝠男の一撃が迫り観念しかけたが、その一撃は鋭い金属音で中断された。私の背後の藪から飛び出した七海が日本刀を振り下ろしたのだ。


右手の爪を切断された蝙蝠男と日本刀を構えた七海が対峙した。

「手首、落そうと思ったんすけど、ね!」

その言葉が終わるのを待たず蝙蝠男が襲い掛かる。

七海は猫のようにしなやかな動きで爪の攻撃を躱しながら態勢を入れ替え、しゅっと息を吐き蝙蝠男の左手首を切り落とした。

その低い姿勢のまま体当たりで肩をぶつけ、よろめいた蝙蝠男の右手首を下からの斬り上げで切断。すぐさま上段に構えて鋭い斬撃を放った。

だが最後の一撃は当たらなかった。蝙蝠男は凄まじい速さで後方へ退き、そのまま上方へ飛び上がった。

腕の付け根から胴体へと黒い衣装が膨らんだように伸びて、それが手首付近まで広がると翼のような形になって羽ばたく。あっという間に森の彼方へ飛び去ってしまった。


「助かった。有難う」私は拳銃のマガジンを交換してホルスターに収めた。

「だからね、銃は嫌いなんすよ。弾切れは起こすし引き金引いても弾が出ないこともあるし」

まあ、今回の失敗は全て私のミスなのだが、改めて七海の戦いぶりを見て思った。こいつに銃はいらない。


「どうだ、いたか?」

「いないっすね。何も残っていないすよ」

私たちは広場に戻って蜂須賀を探した。

砲弾で抉られた台地は所々に大穴が空き、雑草がめくれて根っこを見せている。


先程七海が切り落とした蝙蝠男の両手首は念のために燃やした。ジッポオイルをかけて火をつけると驚くほどよく燃え上がり、あっという間に灰になった。


それにしても蜂須賀はどこに行ったのだろう? 死体が無いのは良い状況ではあるが、まだ安心はできない。未だ連絡が取れないということは、生存が確定しているわけではないということなのだから。

「これからどうします?」七海が聞いてくる。

「とりあえず決着をつけておこう」私は答える。


私と七海は何とかいけそうな地形を探して、砲撃の地点からしばらく左へ進んだところを見定めた。そこから崖上を目指して登り始める。

そこも急斜面ではあるが、草木も生え、手掛かりや足場に苦労しない地形だと考えここを選んだ。七海が先頭を行き、私が続く。

「ねえ隊長、こんな思いまでして上に登って、本当に蝙蝠男はいるっすかね」そういいながらも七海は軽々と登っていく。

「さあな。だが闇雲に探すよりは少しでも可能性のある場所を当たっておいたほうがいいからな」

「でも、どうしてこの上だと思ったんすか」

「大砲だよ」

「大砲すか?」

「ああ、こんな高い場所に大砲を持っていったり回収したりするのは相当な準備と時間が必要なはずだ。でも上空からそんなものが確認されたという報告は過去に無い」

「ということは……どうなんすか?」

「昔からあったってことさ」

「ええ! でも過去にはなかったと……」

「そうだ。残念ながらここは、恐らく日本ではない。べステファンが言っていたよな『ようこそ我が領地へ』と。私たちはどこかでゲートをくぐってしまったようだ」

七海は少しの間、登るのをやめて放心したようになっていた。それでも私は彼に追いつくことが出来ないでいる。

やがて七海は再び登り始め、瞬く間に縮めた差を広げてゆく。急いでいるのか彼の靴底が蹴った小石がぱらぱらと落ちて来る。

こつん、木の枝を握る私の左腕に何かが落ちてきた「おいおい七海……」通信機器のネックバンド状のマイク装置が落ちてきた。急ぐあまり枝にでも引っ掛けて外してしまったのだろう。


どうにかこうにか私は崖の上へ到着することが出来た。すでに登り切っていた七海が興奮した顔つきで私を迎える。

「まじでやばいっすよ、ここ!」

崖の上には森に囲まれた湖が広がっていた。右方向には車輪の付いた大砲が五門並んでいる。その大砲の向こうには塔がある。塔は、人が住むには少し狭いぐらの大きさで石造り。おそらく見張り塔だろう。

「よし行こう」

塔に近づくにつれて鼻がむずがゆくなる。間違いない、いる。あそこで決着をつけよう。


塔の入り口に扉は無く、らせん状の階段が上へつながっている。高さおよそ十メートルある頂上の見張り台は入口の扉よりもやや小さなくり抜きの窓になっており、三つの窓で周囲を確認できるようになっている。

「うーん、どう攻めるっすかね」

入り口から行けば階段のどこかで遭遇し、狭い場所の下から戦うことになる。上から行くには……まあ、方法が無い。

では下から攻めるとして、戦闘力としては七海だが、この状態で刀が武器としての威力を発揮出来るのか。

片や、この狭さではさすがに外さないだろうということで火器を使用することにして、火器を使わない七海の代わりに奴を一撃で仕留める技術が私にはあるのか。

また、そのどちらも有効であるとしても、奴は大人しく塔の中で死んではくれまい。上へ上へと追い詰めたにしても、最後には三つの見張り窓のどれかから飛び去られてしまうだろう。

そうなると、七海の刀は届かない。十メートル先を、私が拳銃で撃つしかない。


「ま、選択の余地はないね」私は決断した。

七海が階段を登って追い詰める。上の窓から逃げ出す所を私が火器で仕留める。


「大丈夫すか?」

「うん、自信はあまり無い」

広い場所だったとはいえ、至近距離をワンマガジン外しまくった私だ。六メートル先のさらに三分の一のチャンスをものにできるとは思えない。

「だが策はある」

「おお! 何すか、その策って?」

私は説明した。奴は蝙蝠だ、おそらく奴の特性は蝙蝠のそれに近い。下手くそでも一応は訓練を積んでいる私の射撃を躱した秘密はそこにある。

「と、言いますと?」

「音響だよ、七海君。奴は空気の振動を動きとして捉えることが出来る。音を反射させて軌道を読むことが出来る」

「なるほど。奴にはそんな秘密が!」

「君も最後の攻撃は意表を突かない正面の一撃だったから軌道を躱されてしまった。私などは最初から銃口を向けた時点で死に体だったという訳さ」

「納得っす。でも、どやって言うようなことではないっすね」

「ま、まあそうだな。であるからして、今回の作戦はこれを使う……」


七海が刀を突きの状態に構えて階段を登って行く。私は塔の外から見張り窓を見つめ三分の一に賭ける。

上手くいくだろうか? 鼓動が高鳴る。余りの緊張に気が遠くなりかけた寸前、甲高い笛の音が塔の中で鳴り響いた。

「出て来るな! よし仕留めてやる……来い」

私はホイッスルを口の端に咥えて拳銃を構える。笛は通信機とは別に、緊急時にすぐさま遠くへ音を届けることが出来るシンプルかつスタンダードな装備品だ。

笛の音で音響をかく乱して奴の『耳』を奪う。いくら動きが素早くても、予知出来ていない弾丸の軌道は躱せない。

見張り窓のひとつに的を絞り狙いを定める。来い、来い、こっちだ。絶対に来い!

窓の端で何かが動いた。私が狙っている窓ではない。くそ! 間違えたのか? だが諦めるな! 残り二つの窓のうち一つは射線に入っていて、背後から狙えるのだ。

勢いよく笛を吹き鳴らし、奴が身を乗り出し姿を晒す一瞬を狙う。

しかし、私が狙う窓からは全く死角になる窓から蝙蝠男は飛び立とうとしていた。

「くそお!」構えを解いて塔の反対側へ走る。遠くからダーンという音と、すぐ先でどさり、と重たいものが落ちる音が聞こえ、私が走った先には蝙蝠男の死体が横たわっていた。


「やったっすか?」塔の中から七海が出てきた。横たわる蝙蝠男の死体を見て、わあお! と喜びの表情を見せる。

蝙蝠男の眉間に弾丸が命中していた。顔面の損傷が激しく、これは九ミリの弾痕ではなかった。

「蜂須賀……」湖の方向から狙撃銃を担いだ蜂須賀が満面の笑みを浮かべて私たちの方へ向かって歩いてきた。


蜂須賀は、これまでの経緯を話した。

崖で砲撃を受けていた時、あることに気付いた蜂須賀は崖の上へ向かうことに決めたのだという。

火器専門、というよりは狙撃手として行動することの多い彼は、いつも作戦に向かう地域の地形を確認し、作戦に関係しそうにない周辺の地形すらも俯瞰でそっくり覚えてしまう特性を持っていた。

そして崖におびき出された際に、そのあること……ここには崖など無くて大きな川が流れているはずだ……と気付く。砲撃された広場も河川敷のはずだった。

状況を確認すべく蜂須賀は崖を登った。

その際、選んだルートは私と七海が選んだものと一緒だった。

崖の上に到達した蜂須賀は大砲と見張り塔を見つけ、そこからさらに湖の周りとその先の森入り口付近を調べていた。

そして巨大蝙蝠が見張り塔の中へ入ったのを目撃、狙撃の機会を待っていたのだ。


「良くやってくれた、有難う! しかし連絡が取れなくなった時点で内心、お前は死んだか、良くても捕らえられていると思っていたぞ」

「悪かった。どうも崖を登る途中でマイク装置を無くしたようで」

蜂須賀は左手で狙撃銃を肩の上に担ぎ、残った右手で首のあたりをさすった。

あ……。私はポケットからマイク装置を取り出す。……てっきり七海が落としたと思っていたものだ。

蜂須賀はマイクを失っていただけなので、私と七海の交信はずっと聞こえていたそうだ。だから狙撃タイミングを掴み成功させることが出来たという。

「……ということは、蜂須賀。私が蝙蝠男に追い掛けられていた時も知らんぷりだったわけか?」

「まあ、そうだな。慌てて戻っても意味がないと判断した」

冷たい奴め。


「それに九里と七海。おれはお前らの阿保さ加減にその場で突っ込めなかったのが残念でならない。笛の音を発していない蝙蝠男に笛の音をぶつけても何の効果もないだろう」

かく乱にもならない、と蜂須賀は言った。しかも私が笛を鳴らすことで私の狙う位置が分かり、その方向へは絶対に来ないだろうと。


「だから九里がおれの狙える窓を一緒に狙わないことをずっと祈っていたよ。まあ、あんたは外すことに関しては一流だから心配はしてなかったがね」


なにはともあれ、だ。我々は事件の発端となった人間殺しのヴァンパイアを仕留めることに成功した。

もう一体――べステファンと名乗る領主――はどうなったか分からない。槍に貫かれ絶命してしまったのだろうか。

おそらくあれはこの領土で起こったクーデターなのだろう。彼はそこまで敵対的ではなかった。

それに、我々の状況はまだ続いている。

まだ夕刻前のはずなのにすでに薄暗い状態がずっと続いているここは、我々の住む世界ではなくゲートをくぐった末にたどり着いてしまった異界……。

「ところで九里隊長」なんだ今度は呼び捨てではないのか。どういうわけか、また鼻がむずがゆい。

「どうした蜂須賀君」

「先程あの湖を調査というか、ちょっと覗いて見て分かったことなんですが。あの湖の中にはお城のような建物が沈んでいますね」


「あれはロード・べステファンの居城ですよ、みなさん」


誰でもない未知の声。一同に緊張が走った。咄嗟に七海が日本刀を抜き、蜂須賀は狙撃銃を構える。

声のした方を振り向くと、西洋の中世風の衣装を身に纏った男が立っている。


「驚かせてすみません。私はロード・エルフェ、西世界を統べる者です。ロード・べステファンを手に掛けた執事を殺したのはあなたたちですね」

やはり異様に白い顔、真っ赤な目と唇。ウエーブの掛かった金髪を後ろへと撫で付けている。笑みを浮かべてはいるが、鷹揚な雰囲気に威圧される。

「吸血鬼の仲間か? 我々をどうしようというのだ!」警戒しながらも、私は対話を試みる。

「威勢のいい者たちだ結構、お答えしましょう。ロード・べステファンは仲間というよりも盟友といったほうがいい。私たちはこの世界を四分割して統べています。従ってあと二人の盟友がこちらへ向かっています」

この世界を四分割? 異界のスケールは分からないが、世界を統治する存在なのだろうか、こいつは。


「ここへ向かう目的は?」

エルフェは七海に近づき彼の持つ刀を直接掴んだ。刃が掌に食い込むがそのまま手を滑らすと、掌がぱっくりと二つに切れる。

「ふふ、面白い形の剣ですね。切れ味もいい……でも銀色ではなくて、銀でなくては駄目ですよ」見る見る掌の傷が塞がって行く。

「ああ、ここへ来た目的ですね。ロード・べステファンが執事の反逆により倒れ、その復活が明日か、五十年後か、それとも永遠に無いかも知れない状況になってしまった。だからその間の領地の統合を話し合うためです」


仲間は多くないとべステファンは言っていたが、一体どれくらいの密度で吸血鬼は存在しているのだろうか。

「すぐに集まってこれるような距離だし統合も何もないだろう」私は言う。

「私の領地までは、人間だと歩いて三年くらいの距離ですかね。海も歩くと考えてですが。私たちヴァンパイア・ロードは転移の魔法を使ってやって来ているのですよ。その世界を四人で統べている」


ヴァンパイア・ロード。何か格の違いを感じさせる種族名だな。それに七海の刀が効果無しのようだ、戦うのはまずい。


「エルフェさん。魔法でここへ来たって言ったね。我々は『歩いて』元の世界へ帰りたいのだが、方法を教えてくれないか?」

エルフェは赤い目で私たちを交互に眺める。

「あなたたちは私たちのこの世界に入り込み、同胞を殺しておいてそのまま帰るつもりなのですか」

その赤い目に射抜かれているような気がして私は戦慄した。対話を行っているとはいえやはり怪物。最終的に我々を生かすことなど考えていないのだろうか。


「しかし……奴は、あの執事はべステファンを殺した。そもそも我々がやって来たのは、奴が我々の世界に於いてある男を殺したからだぞ」

「ふむ。ご自身で言われる通り、つまりそういうことではないのですか? あなたの世界でヴァンパイアが人間を殺す。我々の世界で人間がヴァンパイアを殺す。同じでは?」


このエルフェというヴァンパイア・ロードは、私たちのことを同族を殺した異界人であると考えているのだろうか。

「奴は裏切り者ではないのか?」私は正義を問う。

「では、あなたの世界で殺された者はどうだったのですか? それが殺人者や罪人であれば我々がいくら殺しても良いということなのですか」

駄目だ、流れが悪い。相手を納得させて許しを請う必要は無いにしても、意図せずそういう流れに持っていかれてしまっている。いま優先すべきは、ここからの脱出だ。

私は抑えきれなくなって数回くしゃみをした。突然の事にエルフェは驚いたように目を丸くして微笑む。

「体調が優れないようですね、お大事に。たった今もう一人の盟友がやって来ました。御紹介しましょう」

いかん、また仲間が増えたようだ……。


エルフェの隣に長身の男が現れた。白い顔は同じだが、赤い唇は分厚くドレッドヘア。黒人の民族衣装のような服装を纏う。

「人間か、珍しい。ここまでよく生きていたな。ところでロード・エルフェ……もう少しここで話していたいのだが、ロード・べステファンの呪文が消えかかっている」

新たに現われたその領主が、たくさんの腕輪に飾られた手を持ち上げて太陽を指差す。

わずかに金環を残して沈黙していた太陽の端に光が現れる。ダイヤモンドリングの光だ。


「では、湖の城へ移ろう。人間よ、この魔法が消え門が閉ざされればお前たちは完全にこの世界の住人になる。太陽は戻るがすぐに夜の帳が下りる、また後程」

そう言うとエルフェともう一人の領主は空中に浮きあがり滑るように湖の方向へ移動し、そのまま湖の中へ消えた。


「隊長お」

「九里、どうするんだ」

すがるような二人の視線を受けながら私は懸命に考える。

待て、少し待ってくれ。考えろ、考えるんだ。どうすればいい、どうやって生き残る。戦うのか、逃げるのか。どうやって戦う? 逃げる方向は? 帰る方法は?

「……あ!」

湖の森の方角から甲高い音が聞こえる、鋭い鳥の鳴き声。……見ると大鷲のような、虎のような怪物が飛翔し迫ってくる。

太陽が少しづつ顔を出し始める。時間が無い、早く、一分一秒も無駄にできない。


「崖を降りるぞ! 急げ! 捜索を開始したあの建物へ向かう!」


私たちは先程登って来た斜面を目指して平地を駆けた。あそこなら多少無理に飛び降りても足場や木に引っ掛かって大事には至らないだろう。他の二人も同じことを考えているようだ。

最初に七海が斜面の向こうへ消えた。続いて蜂須賀が滑り降りる。私も全力で走り込みスライディングするように斜面めがけて飛び込んだ。

背後に感じていた風切り音が私の頭上を掠めて行く。

もうその後の状況など確認していられない。木を掴み斜面を蹴り、自分でも信じられないような速度で崖を駆け下りていった。


下りきった場所で蜂須賀に抱き止められ転倒を免れる。さらに林を抜けて建物を目指す。

木々の合間を抜ける中で、鼻に異変を感じる。私が警告を発する前に、前方の七海が急停止して日本刀を抜いて構える。


木が蠢いている。枝を手のように動かし、太い幹をくねらせ、根の部分を足のように動かして数体、私たちの方へ向かってくる。

七海が叫ぶ。「何なんだよこれ! もしかしてあのエルフェって奴の差し金か?」


どうなんだろう。もし相手がそのつもりなら、湖の塔の所で私たちを包囲することも出来たはずだ。

これはむしろ、べステファンの日食の魔法に関係しているような気がする。魔法が解け、太陽は再び現れるが、同時にゲートが閉ざされ本来そこにいた怪物たちも活動を開始し始めたのではないだろうか。


「ここはおれに任せろ!」

蜂須賀が七海を下がらせ腰ベルトにぶら下げていた手榴弾を外す。

「これが炸裂したらその場所を一気に駆け抜けるんだ。行くぞ!」

迫り来る木の化け物の足元へ向かって立て続けに三個の手榴弾を投げ込み、私たちは伏せる。

轟音が響きすぐに私たちは起き上がるとその方向へ向かって全力で走り出した。

抜けざまに蜂須賀はもう一個手榴弾を落として去る。背後で再び轟音が響いた。


目指す建物へ辿り着く。

私は呼吸困難になるほど荒くなった息を何とか整えようともがいている。七海も蜂須賀もぜえぜえと息を吐きながら膝に手をついて、流れ出る汗を拭う。

「はあはあ……ここ、ここがゲートすか?」七海が息も絶え絶えに聞いてきた。

「ど、どこが出口なんだ」蜂須賀が玄関のドアへ手をかける。

「……待て、そっちじゃない。……こっちへ回ろう」


私は二人を促して建物の外周を回り、リビングのガラス窓の場所へ向かった。あの時、日食を確認し慌てて外へ飛び出すために破った窓ガラスの破片が散乱している。

「……ゲートは、この建物の、厳密にはここの玄関のドアがそれに当たるのだと思う。我々は玄関から入って。ここから外へ出た。だから……」


山の方へ傾いて行く太陽の輪郭が、もうすぐに完全に姿を現す。魔法の消えるタイムリミットがすぐそこまで迫っている。

「ここから入って玄関から出る。……これが俺の判断だ。もう真偽の検証をする時間なんてないのだが、どうだろう? 外れてたらごめん、俺たちはお終いだ」

一瞬間があって、二人は駆けこむようにリビングの中に入った。そのまま玄関を抜けて外へ出る。当然私も続いた。


「どうすか? 鼻の調子」

ハンドルを握りながら七海が聞いてくる。

建物の外へ出て、停めてあった車へ向かい乗り込むと私たちは山を下りるために出発した。

乗り込む際に確認したが、この上で死んだべステファンも、その時に使用された槍も、血糊も何も痕跡は残っていなかった。

峠は暗くなり始め、車はライトを点けて山道を下っている。

「たぶん……大丈夫だ。おかしな感覚は無い」

私は別のことを考えていた。あのヴァンパイア・ロードたちの言った言葉を。

べステファンの言うバランスの維持。……領地の中に同胞が増え過ぎることを良しとせず、それらが行うものごとを憂う。それらは制限せざるを得ないことなのか。

エルフェの言う領域への不干渉。……領地を超えて行われるものごとは、善悪正邪に関わらず排除されるべきなのか。


「……何か面倒くさいことを考えているな」

蜂須賀が私の表情を読み取って声を掛けて来る。

私は渋い表情で笑う。車はふもとへ到達し、街の明かりや行き交う車のヘッドライトが見えてくる。

「本部へ連絡しよう」私はシート下にあるボックスから携帯電話型の無線を取り出して通信を始めた。

作戦は成功した、これから帰還する。


END


一応これで完成としますが、未校正の部分が多い。

むしろこれがプロットであって、ここから作業に入るべきとは思いますが……予定は無し。


そもそもスレでプロットに関して余計な意見を述べたのが発端になり、連休の課題にちょうど良いと思い創作を実行することにしました。

プロット作成から文章制作へ移行する工程管理トレーニングのつもりでしたが、課題クリアには程遠い制作過程でした。


最初に作ったキャラのイメージ

初期キャラ

七海  「ここは俺すか」

蜂須賀 「あいつ、撃ちますか?」

九里  「いいから歩け、ぐすん」

獣牙  「……日本語名にするとセンスゼロですね」

あと付けキャラ

エルフェ「数字由来で適当に決めた名前だ、仕方ない」

執事  「仲間外れかああ」

領主丙 「呼び称があるだけましだ」


コンセプト 自衛隊が異空間で戦う


テーマ 異界と現世の狭間 → 異界という領域への干渉


初期プロット 山奥の朽ち果てた別荘へ三人の隊員が向かう。その道中、作戦にまつわる奇妙な事件を話す。別荘に到着し作戦行動に移る。予想外の変化が起こり敵が現れる。

敵との対話。新たな敵。三人がばらばらになり死亡フラグ。敵を倒す。最初の敵と再会。領地に踏み込んだ人間が悪いのだと言う。

また、領地拡大のためには侵略による人間の排除も必要であるために戦うこともやぶさかでないとする。戦い。帰還。

仕掛け:転移、日食、アレルギー


中期プロット 砲撃の地点から転移が明らかになる。敵と戦う。異界の仕組みの一端を述べる。転移での脱出で幕。

仕掛け:狙撃、ヴァンパイア王、魔法


終期プロット 笛の作戦の修正。異界統治の説明。逃走時の怪物。下山時にまとめ。


反省

できれば初期の段階でプロットは詳細に決めておきたかったが、作成途中の行き当たりばったり癖が出てしまう。

初期に出してしまった領主を終盤まで引っ張って物語の核とせざるを得なくなってしまった。

テーマの途中変更という致命的な失態。今後の大きな課題。

予定より一日か二日、完成が遅れた。


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