再会
よん!
舞ちゃんへ
十一歳の誕生日おめでとう。きっともうすっかりお姉さんになっているんだろうね。そんな舞ちゃんを後で見られるように、舞ちゃんの写真を沢山撮っておいて貰えると嬉しいな。でも、舞ちゃんは照れ屋さんだからそれは嫌かな?
ちょっと気が早いかもしれないけど、舞ちゃんは中学校はどうするつもりでしょうか?そのまま地元の中学校に通う?それともお受験に挑戦してみるのかな?
勿論舞ちゃんが好きな方を選べば良いと僕は思います。でも、どちらにしてもそろそろお勉強が大変になってくる頃かと思ったので、今年はシャープペンシルを送ることにしました。舞ちゃんの好みに合うようなデザインのものを用意したつもりです。気に入って貰えると嬉しいな。
それでは、また来年に。
「本当に大丈夫?携帯は持った?」
「大丈夫だってば。子供のお使いじゃないんだよ母さん。」
瑠依とのやり取りから大体二週間程度が経った。僕は彼女の忠言に従い、復学の準備を済ませ、そしていよいよ今日、大学の入学式へと向かおうとしている。
僕からしてみればつい二年ほど前に一度出席した大学の入学式だ。それにもう一度出るということで、多少妙な心持ちはしたがとにかくそういう訳で、僕は今駅で母親に見送られながら、大学行きの電車に乗ろうとしていた。
「ねぇ、やっぱりお母さん付いて行こうか?別に保護者が同伴したっておかしなことは無いんだから・・・」
「良いって。二十歳にもなって親に付き添われて出かけるなんて照れくさいよ。」
因みにこのやり取りは既に十回以上はしている。心配してくれるのは有難いのだが、ここまで過保護だと流石に少し鬱陶しくなるのが男児の性というものだ。
「じゃあもう行くよ。大学に着いたらちゃんとメールするから。」
「気を付けてね!」
延々手を振る母親に見送られながら僕は改札を通り、電車に乗り、そして大学の最寄り駅へと到着した。親指を改札に合わせて運賃を精算するという方式だけはやや緊張したが、それ以外のことはなんということは無い。元々二年は通った大学への道だ。たった十年経ったぐらいではそう迷いはしない。
僕が式場に入った時点で、既に入学式の会場である大学の体育館には人がまばらに入っていた。やはりその風景も十年前とそう変わるものではない。違いと言えば用意されている椅子の数がかなり減っていることぐらいだろうか。それと言うのも恐らく、「完全実力主義入学試験」とやらの成果か。
瑠依とのやり取りの後、僕はこの十年の間に世間で起こった出来事について自分なりにきちんと調べることにした。瑠依に聞いた「通貨の廃止」や「完全監視社会」等の話が僕に衝撃を与え、現代社会がどうなっているのかということをきちんと知らなければいけないと思ったのだ。
予想外にというか思った通りにというか、この十年で世の中ではそれなりの動きが有ったらしい。元々俗世に疎かった母の「世間はそんなに変わっていない」という言葉を鵜呑みにしていたのは我ながら愚かだった。そうして調べ判明した、世で起きた革新の一つというのが、教育の「完全実力主義化」だ。
十年前、僕がコールドスリープに入る前に存在していたテクノロジーの一つに「簡易記憶付与ナノマシン」というものが有った。巷ではもっぱら「知恵の種」と呼ばれていたそれは、経口摂取するだけで様々な知識・・・例えば数学だとか英語だとか、そういう本来ならば長時間の学習を要する知識を一瞬で習得出来るものだ。
だがこの製品には二つの問題が有った。一つは、その全てがとんでもなく高価であったこと。最も良く利用されていた「英語の種」で日本円で一粒三十万円ほど。が、これだけなら恐らく購入者は多かっただろう。だがもう一つの問題の方が曲者で、この「知恵の種」で得られた知識は大体三十分から三時間程度しか持たなかった。つまり、一時的な、付け焼刃のものでしかなかったのだ。
よってこの「知恵の種」はもっぱら企業の重役や政治家等が海外での交渉時に使うぐらいで、一般には認知はされていても殆ど使われることが無かった。無論、言うまでもなく、大学入試でカンニング用にこれを使おうとする輩は居たが。お陰で日本中の受験生が試験直前にプチプチと髪を抜かれ、無意味な検査を行われることになった。僕も試験前に枝毛を引っこ抜かれたのは懐かしい記憶だ。
だが十年が経ち、人類はこの二つの問題の内前者をおおむね、後者を完全に克服することに成功した。つまり、「知恵の種」は今でも大概のものが一つ一万円程度とそれなりに値が張るものではあるが、しかし一度使用すればそれによって得た知識は二度と失われることが無くなったのだ。
これによって何が起こるか。当然、既存の受験制度というものは成り立たなくなる。何しろ、数学の試験なら数学の、理科の試験なら理科の、英語の試験なら英語の知恵の種を飲みさえすればそれだけで満点を取れてしまうのだ。うちの大学など、たちまちボーダーフリーとなるだろう。
そこで登場した評価形式が、「完全実力主義試験」。
これはその名の通り、「実力」のみを基準として行われる試験のことだ。本番の試験で出される問題は全て非公開。ジャンルも、形式も、分量も、その全てが秘匿され、実際に試験を受けてみて初めて内容が分かる。
その内容は非常に多岐に渡り、ある年は一つの県全体を試験会場に、受験生全員に渡されたヒントを元にした宝さがしゲームが試験になったことも有ったそうだ。そういう判断力や、短期的な記憶能力、行動力が今の教育では評価されるらしい。
現行の義務教育も今はそのような形式に完全にシフトしており、小学生たちの時間割から「さんすう」「こくご」と言ったものは消え、今は「瞬間記憶術」だの「理論思考」だのと言った授業のみが行われているらしい。それに伴って教科書と言うものはこの世から消え、現代では小学生がランドセルを背負って登校する風景はもう見られないとのことだった。
長々とした説明になったが、うちの大学の入学者が減ったのはつまりそういうことだ。一応僕の通っていた大学はまぁレベルの高い大学で、その大学に「実力」で合格出来る人間は少なかったのだろう。それにどんな知識でも「知恵の種」で得られてしまう以上、わざわざ大学にまで来て頭脳を磨く必然性は薄い。就職先に困らない程度のネームバリューのある大学なら他に幾らでもあるのだ。まぁ要するに、うちは頭脳オタクばかりが集まる変人の巣窟、と世間で呼ばれる大学になってしまっているとのことだった。
「・・・言われてみれば確かに、なんだか挙動がおかしな奴が多い気はするな。」
周りを見渡してみれば、金髪の髪を怒ったサイヤ人のように逆立てた頭でウロウロしている奴、大学の入学式に明らかに萌え萌えキュンなデザインの入ったシャツで来ている脂っこそうな太っちょ、口に薔薇を咥えて一人で無心でフラダンスを踊っている、駅で見かけたら速攻警察を呼んでしまいそうな人間等、ぱっと見ただけでもおかしいと分かる奴ばかりだ。というかこいつら本当にうちに受かったのか?
そう思いながらきょろきょろしていると、突然後ろから親しげに声を掛けられ、振り向くと人の好さそうな、同い年ぐらいの男が立っていた。
「やぁ、一人かい?」
「ん?ああ。まぁな。」
「出身校が同じの友達とかは居ないの?」
「ま、生憎みんな就職しちまっててな」
「くっくく。そりゃ、高校を卒業して十年以上も経ってればね。」
「!?・・・悪い、何処かで会ったこと有ったか?」
僕は声を掛けてきた優男っぽい青年にそう問いかける。
今の彼の発言は僕がコールドスリープ装置に入っていたということを知っていなければ出てくることはないだろう。十年と言う明確な数字を上げたこともそうだし、僕は二十八歳以上には絶対に見えない。
「いや、そんなことは無いよ。ごめんごめん、意地悪しちゃったね。僕が分かったのは、君の付けてるそれが理由だよ。」
「それ?それって、これか?」
彼の指差しているそれ・・・僕がスーツの胸元に付けた小さな缶バッジを指で持ってそう聞き返す。それというのはコールドスリープが終わった後、センターで「記念品に」と言って貰った玉手箱のイラスト付きの缶バッジだ。
「そうそれ。まさか、知らないで付けてたの?」
「・・・すまん、どういう意味だ?」
僕は素直にそう言う。知らぬは一時の恥、知ったかぶりは一生の恥だ。
「それ、コールドスリープ体験者にだけ渡される特注品なんだよ。一応それなりに有名な。だから分かったってワケ。君、うちに通った割に頭の血の巡りが悪いんだね。」
「ぬぐ・・・」
そう言われて見れば、なるほど得心が行く。これを付けていたのは本当にただなんとなくだったのだが、そういう代物だったのか。恐らく自動車に付ける初心者マークのような意味合いがあるのだろう。「私は現代の日本に不慣れです」マークとでも言ったところか。にしても見た目に似合わず口の悪い奴だ。
「くくく。まあ、それじゃ友達の居ない者同士友達にならない?丁度席も近いしさ。」
後ろの座席から今さっき暴言を吐いたことをすっかり忘れたように、毒気の無い口調でそう言う男。どうやら、見た目で分からない変人も多いらしい。
「・・・そりゃどうも。まぁ、縁なんてこんなもんだろうしな。僕は松原次郎だ。十年前に冷凍睡眠に入って、つい先月目覚めたばかり。」
「やった!よろしくね次郎君。僕は刀坂桐だよ!先月目覚めたって、試験はどうしたの?」
聞きながら親しげに右手を差し出してくる刀坂。いきなりの名前呼びと良い、馴れ馴れしい奴だ。まぁ別に悪い気はしないが。
「ああ、十年前にこの大学に通ってたんだよ僕は。で、復学が認められたんだ。」
握手に応じながらそう答える。刀坂の手は妙にひんやりとしていてなんだか薄気味悪い。
「ええー何それ!羨ましいなぁー!」
「僕たちからすれば君たちの方がずっと羨ましいぞ。単語帳をペラペラ捲って英語の勉強したり、同じ問題を何度も解いて公式を覚えたりする必要が無かったんだろ?」
「それはそうだけどさぁ・・・次郎君、今年のうちの試験問題聞いた?」
「いや、聞いてないな。どんなだったんだ?」
「受験者が五人一組で集められてする脱出ゲームみたいなものだったんだけどさ、これ最悪だったよ!協調性やチームワークが重視されたってことらしいけど、一緒になった連中が揃いも揃って鈍い奴らばっかりでさぁ・・・」
そこからは単なる刀坂の愚痴話のようになり、僕はそれをただふんふんと頷きながら聞いているだけになった。まぁそれなりに刺激的な話だったので文句は無いが。
そうしている内にやがて開会の時間になった。最初に十年前と同じ学長から、十年と少し前に聞いたのと全く同じような、厳かで退屈な挨拶がなされ、続いて校歌の斉唱が有った。うちは何故だか知らないが新入生に校歌を歌わせる訳の分からないしきたりが有り、うちに受かった学生が最初にすることと言えばこの校歌を覚えることだったのだが、それもまた十年前と変わっていないらしい。
続いて新入生挨拶。この、退屈な話を何度も連続させないという進行上の気遣いだけは大いに評価に値すると、重い瞼を擦りながら僕は思った。
が、それは誤りだったと直ぐに判明することになる。何故なら、これを一番最初に持って来ないなど愚の骨頂でしかないからだ。いや、このプログラムがある以上、他の行事など全て廃するのが正しい。
何故なら、「新入生代表、前へ」の掛け声の後、檀上に上がったのが。
美樹舞、あの、舞ちゃんだったからだ。
「―――春の日差し眩しく、爽やかな風の吹く今日。お忙しい中、私達新入生の為に足をお運び下さった先生方、在校生の皆さん、並びに保護者の皆様には厚く御礼申し上げます。さて、本日は天候にも恵まれ、私達の新たな歩みを踏み出す日として大変良い日になっ「舞ちゃーーーーーーーーーんーーーーーーーーーーーーー!!!!!!!!!!!!!!」
一瞬の沈黙の後、ざわめきだす会場。
「な、なんだ今の声?」
「誰か立ち上がって・・・何あれ・・・?サイリウム!?真昼間のこの馬鹿みたいに明るい室内でサイリウム振ってるぞ!?」
「キレッキレだ!キレッキレの動きだ!」
「春ですね」
周りが何か言っているが全く気にならない。舞ちゃんが、舞ちゃんが大学生になっている。しかも新入生代表の挨拶をしている。全力で応援しなければいけない。
「L!O!V!E!M!A!I!L!O!V!E!M!A!I!舞ちゃんファイトーーー!オー!L!O!V!E!M!A!I!L!O!V!E!M!A!I!」
こんなこともあろうかと持参したサイリウムを一心不乱に振りながら、全力で舞ちゃんを応援する。
ああ、レディーススーツの舞ちゃんもとてつもなく可愛い。艶々の短い髪を綺麗に纏めて、凛とした面持ちの舞ちゃん。唇が少し赤いのはきっと口紅を差してるんだろうな。
「・・・たっ、大変良い日になり!まるで太陽までもが「舞ちゃん良いぞ!!!」た、太陽までもが私達を祝福して「なんて良い比喩なんだ舞ちゃん!流石だ!」しゅ、祝福!祝福しているようであります!思えば私が本校を受験し「舞ちゃん良く頑張った!」ほ、本校を「舞ちゃん落ち着いて!」ほ、ほんこ・・・」
どうしたことだろう、舞ちゃんが顔を真っ赤にして俯いてしまった。まさか体調でも悪いのか!?だったら今すぐ救護室に連れていかないと!
「なんで誰もあれを止めないんだ?」
「まぁ、うちの大学だから・・・」
「舞ちゃんどうしたの!?何処か痛いの!?」
「痛いのはお前の頭だろ」
「ついでに原因は間違いなくお前だ」
周りから何か聞こえててくる。原因は僕?どういうことだ?
・・・あれ?
「もしかして舞ちゃん、恥ずかしい・・・?」
僕がそう言った瞬間、会場全体が一瞬静寂に包まれた。その直後、舞ちゃんが乱暴にマイクを掴み、叫んだ。
「・・・っもう!!次郎さんの馬鹿!!静かにしてて!」
その後、舞ちゃんの演説を聞き終わった瞬間に僕は倒れて救護室に運ばれた。
「この子、突然バタッと倒れたんです。その直前に物凄い騒いでたんで過呼吸か何かと思うんですが、なんだかやけに静かで・・・」
「・・・心臓止まってるね、この子。」
「はぁ!?」




