変わったもの、変わらないもの
さん!
舞ちゃんへ
10歳の誕生日おめでとう。今年のプレゼントはもう受け取ってくれたかな?最後にプレゼントしたクツはきっともうはけなくなってるだろうから、またクツをプレゼントするとにしました。今度はちょっと落ち着いたデザインのものを選んでみたけど、気に入ってくれると嬉しいな。
いよいよ十代ですね、舞ちゃん。十代というのは、ほとんどの場合、その人にとってとても大切な期間になると思います。僕はその時間を一緒に過ごしてあげることは出来ないけれど、その分、色んなことを見て、覚えて、感じて欲しいと、僕は思います。僕が目を覚ましたら、いっぱいいっぱい、その間のお話を聞かせてね。
それじゃあまた来年ね。舞ちゃん。
「・・・・・・僕は一体どうすれば・・・」
そう呟いてみたが、勿論誰かがそれに答えてくれるはずもない。聞こえてくるのは名も知らぬミュージシャンの店内BGMだけだった。
あの後僕は「とにかくそういうことですから、お引き取り下さい」と言う舞ちゃんに家を強引に追い出され、そして半ば放心状態でその辺の通りを無意味に彷徨っていたところ、タクシーで駆けつけた母親に拾われ、自宅へと強制送還を受けたのだった。
その後のことは良く覚えていないが、家に帰った後、父親に何か一言か二言謝罪と挨拶の言葉を述べ、「復学の手続きはしておくから、とにかく暫く休め」と言われ、とりあえずはそれに甘えることになった。が、休めと言われても、そんなこととても出来そうになかった。
あの舞ちゃんが、あれほど僕を慕っていてくれた舞ちゃんが、僕の全てである舞ちゃんが、僕のことを拒絶したのだ。もうあなたのことは好きではないと、私の事は忘れて欲しいと。
舞ちゃんのことを諦めるなんてことが出来るはずはない。だが、舞ちゃんが嫌がるようなこともしたくない。もししつこく付きまとって、ストーカーの類として見られ、舞ちゃんに嫌われてしまうようなことになればいよいよ僕は死ぬしかなくなる。
そしてあれから数日、ショックから立ち直って・・・は、全くいないが、とにかく落ち付いて状況を受け入れないことには何も始まらないと感じた僕は、心配する両親に「大丈夫だから」と言って一人で散歩に出ることにした。何か有った時、自宅に籠って考えているだけでは大抵の問題は解決しない。一度外の空気を吸って思考を落ち着ける必要があると思ったのだ。
そうして今僕は近所の書店に来ている。目当てというものは特には無いが、十年前に読んでいた書籍や漫画が今どうなっているのかがやや気になったのだ。それに、趣味のものに触れればほんの少しくらいは気が紛れるかもしれない・・・と、思ったのだが、現実はそう甘くなく、さっきから延々書店の中を歩き回っていても、頭の中は相変わらず舞ちゃんのことで一杯だった。
「うう・・・舞ちゃん・・・一体どうして・・・」
「あんた、何一人でぶつぶつ言ってんの?」
「え?・・・ああいえ、なんでも・・・って、お前は」
独り言を窘められたと思って声のする方を向いてみると、何処かで見たような顔が目に入った。いや、この顔を見たのは間違いなく初めてだろうが、しかし僕はこの人間を知っている気がする。
「へぇ、てっきり私のことなんて見てもわかんないかと思ったけど。」
「そりゃこっちの台詞だよ。・・・老けたな、る・・・いっ!?」
言い終える前に鳩尾に一発を入れられ、軽く悶絶する。
「相変わらず手が早いな、お前は・・・」
「あんたがデリカシー無いからでしょ、次郎。」
そう言う彼女は特に悪びれる様子も無い。
この不敵な笑みの持ち主は、瑠依・・・幼馴染の好事瑠依だ。十年前から名前に沿った物好きな変人だったが、あれから顔のしわは増えても頭のしわは増えなかったらしい。僕と同じ年の生まれだから今年でもう三十路を迎えるはずだが、全く落ち着いた様子が無かった。
「で、何してんのこんなところで?」
「・・・何ってこともないさ。ただなんとなくぶらぶらしてたんだ。」
「ふーん。ここ漫画コーナーだけど、あんたそういうの読んでたっけ?」
「まぁ、人並みにな・・・そうだ、そう言えばノーピースはどうなったんだ?もう完結したか?」
「えーっとね、確かまだやってたはずだよ。作者がまだ物語の半分も終わってないって発言したってニュースをこないだネットで見た気がする。」
「・・・あの作者、十年前も同じこと言ってたじゃねぇか・・・」
「まぁ、タイトルがノーピースだからねー。戦いは終わらない!って奴でしょ。」
「打ち切りエンドを迎えるまで続くってことか・・・」
しばらくはそんな感じの雑談を続けていたが、やがて書店で立ち話というのもなんだから、ということで場所を移すことになった。
「珈琲くらいなら奢るぞ」
「良いよ。それにあんまり他人に聞かれたくない話になるかもだし、ね。直ぐそこに公園があるからそこ行きましょ。」
そう言う瑠依に案内されて歩くこと十分、なんだか不自然に自然が豊かな公園に到着し、僕らはそこに有ったベンチに腰掛けた。十年前には無かった公園だ。
「歩いたら喉が渇いたわね。やっぱり喫茶店にしておけば良かったかな。」
「言わんこっちゃないな。」
そう言った直後、丁度公園の隅に自販機が居るのが見えた。
「飲み物でも買ってくる。缶コーヒーで良いか?」
「うん、ありがと。」
瑠依がそれに頷いたのを見て、僕は自販機へと向かった。
「おーい、止まってくれ」
「いらっしゃいませお客様。当機は飲料物を販売しております。ご注文はこちらのパネルを見てお決め下さい。」
自販機の自動案内音声を聞きながら、その首元に下がっているメニュー表を見て、缶コーヒーの番号を確認する。瑠依は恐らく無糖のものが良いだろう。僕はちょっと情けないが加糖の甘ったるいコーヒーの方が好きだ。
「三番と五番をくれ」
「かしこまりました。それではご精算をお願い致します。」
自販機はそう言うと右の手をこちらに差し出し、何やらバッチグーの形を取った。なんだ?十年前はこんな挙動はしなかったはずだが、今の自販機は客に愛嬌を振り撒く機能まで追加されたのか。そう言えば見た目も、昔はスターウォーズに出てくるポンコツロボットのようだったものが、今はかなり人間らしい姿形になっている。それでも一目で機械だと分かるような無骨さが残っているのは、さまざまな配慮がなされているのか。
「?あーっと、硬貨を入れる場所は何処だ?」
「お客様、申し訳ございませんが当機は旧通貨でのご精算は対応しておりません。」
「きゅ、旧通貨?たった十年前のものだぞ?何故それが使えなくなるんだ?」
まさか通貨が一新されているなどとは思わなかった僕は思わず驚愕の声を上げる。しかし、ならば今は何が使われているのだろうか。見たところ自販機に何かを入れる場所は見当たらない。
「何やってんのよ」
そうしていると見かねた瑠依がこちらにやってきた。直ぐに事情を説明する。
「ああ、お金ね。って、おばさんかおじさんからあんた何も聞いてないの?」
「え、と・・・」
そういえば、と記憶を遡って見れば父か母が何か新通貨がどうとか言っていたような気がした。舞ちゃんのことで頭がいっぱいだった僕は千円札に印刷されている顔が変わったとかそんなことだろうと思って適当に聞き流してしまっていたらしい。僕は今までずっと自室にそのままにされていた財布を持ち歩いていた。
「まぁ良いわ。ほら、こうすんのよ。」
瑠依はそう言うと右手を突き出し、今自販機が取っているのと同じように右手を「グッド」の形にし、その親指を自販機の親指に重ね合わせた。その瞬間、自販機から何やら軽快な音が聞こえ、それから自販機の中で飲料が生成される音が聞こえてきた。
「お待たせしましたお客様。ご利用、ありがとうございます。」
「どうも」
ボディの腹部から僕が注文した飲料を差し出す自販機から飲み物を受け取り、僕らはひとまずベンチへと戻った。
「なんだ今のは?あれで金を払ったことになるのか?」
「まぁね。あんたが冷凍催眠に入って直ぐ、通貨なんてものは資源の無駄だし、窃盗の原因になるからってんで全部廃止されたのよ。勿論それなりに賛否両論が有って、色んな騒ぎが起こったけど、なんやかんやで今はこうして受け入れられてるって訳。」
缶コーヒーを飲みながらすらすらと説明をする瑠依。昔はそこそこ口下手だった彼女がこれほど軽快に喋っているのは妙な感じだ。
「・・・察するに、指紋で個人の資産を管理してるのか?」
「正解。流石、多少は目が利くわね。」
それくらい今のやり取りを見ていれば誰だって察しが付く。恐らく指紋と指紋を合わせることで金銭のやり取りが成立するんだろう。
「でも、これってかなり不便じゃないか?だって、なんらかの機械がなきゃ金のやり取りが出来ないってことだろ?子供に小遣いあげるのにもなんらかのデバイスを挟まなきゃいけないってのは・・・」
「それがそうでもないのよ。あ、そうだ。右手出してみなさい。」
「?こうか?」
瑠依に言われた通り、先ほど見た光景に倣って右手を突き出し親指を上げグーの形を作る。
「そ。んでこうして」
瑠依が右手を同じようにして、その親指を僕の親指に重ね合わせた。
「好事瑠依、松原次郎にお小遣い五百円あげちゃいます。」
瑠依がそう口にした瞬間、周囲から突然「ピーン!」という謎の音が一斉に聞こえてきた。
「な、なんだなんだ!?」
「あはは、落ち着きなよ。これでお金の受け渡し完了よ。」
「ど、どういうことだよ?」
「街中に設置された監視カメラとマイクが私達のやり取りを聞きとって金銭の譲渡を行ったって訳。これで国のデータバンクに保存されている私のクレジットがあんたの口座へ五百円移されたわ。戸籍さえあれば誰でも登録はされてるから、これであんたにも五百円分のお小遣いが与えられてるはずよ。」
彼女の説明を纏めると、現代の日本には所謂通貨と言えるものは存在せず、個人の任意の指(大概の場合は右手の親指)がウォレットとして使われているらしい。これによって金銭的なやり取りは利便性を増し、また通貨の生産と言うムダも廃された・・・とのことだが。
「ちょっと待て。街中の監視カメラにマイク?今はそんなものがあるのか?」
「ん?ああ、まぁね。今の金銭の譲渡に必要ってのもあるけど、まぁおおよそ治安維持の為って名目でね。因みに街中だけじゃなく個人の家にも一つは付けるように建築法で義務付けられてるわよ。」
「なんだよそりゃ・・・!」
SF小説の世界が次々現実になっていく光景は既に見飽きているが、それにしたってそれは流石に受け入れがたい。どう考えたって創作の中に出てくるディストピア、完全な監視社会じゃないか。
「あは。大丈夫よ。明確に法に触れる行動じゃなきゃそうそう何も無いから。」
「そうは言ってもだな・・・」
「十年前だって“民事不介入”ってのが有ったでしょ?今だって個人のいさかいには傷害事件に繋がりそうでない限りは何も言ってこないわ。普通に生きてる人に取っては何も怖いもんじゃないわよ。それに監視はAIがやってるから、プライバシーの問題は無い。実際最初は物凄い反対運動が有ったけど、今じゃ文句言ってる人なんて殆ど居ないし。犯罪発生率は90%減で治安がとんでもなく良くなったんだから。」
「・・・もう盗んだバイクで走り出すことは出来ないんだな。」
そう言えばこの辺りには昔は落書きやポイ捨てが多かったはずだが、僕が目覚めてから今までそういう類のものは全く見かけていない。治安上昇、か。まあそれなりに聡かった瑠依が平然と受け入れているのだから、それほど悪いものでもないのかもしれない。
「あはは、何年前の歌よそれ。まぁ、物凄いド田舎に行けば出来ないことも無いかもね。」
「・・・なんちゃって転生、ね」
ふいに言葉が口を吐く。コールドスリープマシンが世に出たあとに流行った言葉を思い出したのだ。
「ああー。それ言われてたわね。寝てる間に別世界ってやつ。実際体験してみた感想はどう?」
「・・・まぁ、あながち間違いでもないって感じだな。ノーピースは完結してなかったけど。お袋は老けたし、通貨は消えてるし、監視が当たり前の世の中になってるし。それに・・・」
「舞ちゃんは、僕のことを好きじゃなくなってるし」
「・・・もう聞いてたのね。誰から?」
思案気にそう聞いてくる瑠依。その様子を見るに、今の舞ちゃんのことを既に知っていたのだろう。そういえば瑠依と舞ちゃんは顔馴染みだった。舞ちゃんの誕生日に渡すプレゼントを纏めて瑠依に預けておいて、毎年舞ちゃんに渡して貰えるように頼んであったこともすっかり忘れていた。
「誰からも何も、舞ちゃんに会いに行って直接言われたんだよ。」
「あちゃあ・・・そりゃなんともヘビーね。」
「そんなことより、僕が冷凍睡眠に入る前に預けた舞ちゃんへのプレゼントはどうなってるんだ?渡してくれたのか?」
考えてみれば、瑠依はプレゼントを渡す為に毎年舞ちゃんに会っていた筈だ。それなら舞ちゃんが僕のことを好きじゃなくなってしまった時期や原因に心当たりがあるかもしれない。
「まぁ、私は約束を忘れたことは無かったってことだけは言っておこうかしらね。ちゃんと仕事代も貰ったし。」
「なんだよそれ。ぼかさずにちゃんと教えてくれ。」
「んー。15歳用のプレゼントまでは普通に渡した。私から言えるのはここまでよ。」
「それよりあんたが舞ちゃんにフラれて直ぐにあたしにこの話を聞きに来なかったのが驚きね。もう諦めちゃったの?」
「そんな訳無いだろ!・・・お前のところに行かなかったのは、単にショックで頭が回ってなかったからだ。」
「ふーん」
瑠依のその一言から、僕たち二人の間に沈黙が訪れた。
瑠依が言葉を濁すということは、舞ちゃんから何か口止めをされているのか。それとも何か僕にとってショッキングな事があったからあえて内容を伏せているのか。
どちらにしろ、瑠依から得られる情報は無さそうだった。元々舞ちゃんと出会ったのは瑠依の存在がきっかけと言えばそうなのだが、舞ちゃんにとっては瑠依は単なる「年上のお姉さん」であって、それ以上の関係性を持っているところを見たことはなかった。恐らく現在に至るまで、それは変わってはいないだろう。
「・・・で、どうするの?」
僕が思案に耽っていると、沈黙に耐えかねた瑠依がそう声を掛けてきた。が、そんなことはこっちが聞きたいくらいだ。
「・・・どうする、って。」
「諦めるの?」
「だから、そんな訳無いだろ!今、考えてるんだよ・・・」
「ふーん・・・」
再びの沈黙。が、その静寂は今度は長くは続かなかった。顔をしかめながら必死に頭を捻る僕に、瑠依がこう口を開いたのだ。
「んじゃ、あんたより十年長く生きてるお姉さんからアドバイスでもしてあげよっかな。」
「・・・いや、どう考えてもお姉さんと言うよりおば・・・」
言いかけた言葉を瑠依の表情を見て飲み込む。さっき飲んだコーヒーで母親が下ろしてくれたばかりの服を汚したくはなかった。
「よろしい。では・・・コホン。松原次郎、大学に行きなさい!」
無駄に派手なポーズを付けてそう言う瑠依。大学?
「言われなくても一応行くつもりでは有ったが・・・」
「あ、そうなの?そこって十年前にあんたが通ってた大学よね?」
「ああ。十年前ってことで復学が認められるかどうかは微妙なとこだったみたいだけど、冷凍睡眠に入ってた関係上、僕自身のコンディションは殆ど変ってないからってことで一応認めて貰えたみたいだ。ただ何故か一回生からやり直しをさせられるらしいが・・・」
「へぇ。・・・へぇ。そりゃ尚更好都合ね。」
お得意のやたら不敵な笑みを顔に浮かべ、一人納得した様子の瑠依。
「何が好都合なんだ?」
「まぁ、行けば分かるよ。・・・んじゃあんたはとりあえず家帰って顔洗って、新生活に備えなさい。」
「・・・社会的信用を得て舞ちゃんからの好感度を稼げってことか?」
だとしたら、瑠依にしてはやけに地味で堅実な案だが。
「まぁあながちそれも間違いじゃないわね。まぁとにかく、大学が始まれば分かるわよ。」
「はぁ・・・」
やたら自信満々な瑠依を見ていると何故か妙な不安感に襲われたが、まぁこいつは適当な性格でも適当なことは滅多に言わない奴だ。一応それなりの考えがあるのだろう。
「まぁ、分かったよ・・・それじゃ、とりあえず忠告通り家に帰って顔を洗うことにする。今日はありがとな。何時かお礼はするよ。」
立ち上がりながら素直にそう礼を述べる。一応こいつとは幼馴染で、まぁそれなりに浅からぬ縁があるのだが、かと言って一方的に世話になる訳にも行かない。
「どう致しまして。でも、今回に限ってはお礼は良いよ。もう仕事料的なものは貰ったしね。」
「?」
同じく立ち上がりながらニヤニヤ笑う瑠依。何か彼女の実になるようなことをした覚えは無いが。
「まだ言ってなかったけど、あたし今は週刊誌の記者をやってるのよ。で、こんなご時世だから記事にするようなことが無くてね。で、あんたって訳。」
「・・・まさかお前。」
「あは。そうねぇ・・・タイトルは“浦島太郎の悲哀!十年前のマドンナは今!”なんてどうかしら。あっ大丈夫よ、ちゃんと匿名にするから。」
「お前なぁ・・・」
全く、こいつには敵わない。
「あは。んじゃまぁ、取材協力ありがとねー!」
そう言うと瑠依は何処からか取り出した小型カメラで僕をぱしゃりと一枚撮り、そして楽しそうに公園から駆け出して行った。




