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現代版浦島太郎

「うっ・・・ぐすっ・・・」

「泣かないで、舞ちゃん。」

膝元に縋り付く少女に、僕はそう言った。

「でも・・・でもぉ・・・」

「僕も悲しいよ。でも、僕たちが一緒になるにはこうするしかないんだ。」

そう、今泣いている彼女と泣き付かれている僕とは恋人関係に有った。手を握り合い、愛を囁き、将来を誓い合った仲だ。

けれど、僕たちの間には大きな障害が有った。とてもとても大きな障害が。僕はそれを乗り越える為に、ここに居る。


さて、時は近未来・・・と、その時代に住んでいる僕が言うとおかしなことになるのだが、まぁ良いだろう。ともかく、科学技術が急速に発展し、テレビや小説で見たような光景・・・レジ打ちをするロボットだとか、低空を飛ぶエア・カーだとか、そういうものが日常で極当たり前に見られるようになった時代。

もはや猫型ロボットのポケットから出てきた道具と見分けが付かないような未来技術がモリモリ開発され、どこでもドアさえ近々作れてしまいそうなほどに科学を発展させた人類がつい最近、また一つ世のSF小説から「SF」・・・「サイエンスフィクション」の頭文字を奪った。それが今僕が横たわっている装置・・・パッと見日焼けマシンのような見た目のコレである。

正式名称「中長期生命冷凍保存装置」。開発企業が付けた商品名は「竜宮城」。そして有り体に言えば・・・コールドスリープマシン。

サプリメントを一つ飲むだけでバイリンガルでもトラリンガルにでも簡単に成れてしまうというこの冗談みたいな科学文明の時代に、どういう訳かなかなか登場しなかったコールドスリープ装置だが、最近ついに完成したそれはそれなりの驚きを持って社会に受け入れられた。

当初はもっぱら難病患者や身体的な障害を持つ人達等が医療技術の発展を装置の中で待つという、極真っ当な使い方をされていたソレだが、その存在が広く認知され、民間企業でもそれなりの安全管理条件を満たせばコールドスリープ装置の保有とその運用が認められるようになると同時に、このマシンは微妙に違った使い方をされるようになった。

当時の安い週刊誌やテレビニュースの“特集”の言葉を借りるなら、「なんちゃって転生」が出来る、ということで話題になったのだ。

なんともアホらしい言説ではあるが、例えばコールドスリープマシンの中で五十年を過ごせば、目覚めた時には世間は大いに様変わりしている。よっぽどの仲でない限り、自分のことを殆どの人間は忘れているだろうし、家族さえ場合によっては寿命で死に、ほぼ天涯孤独の身になってしまう。まともな神経ならそんなのはごめんだと思うだろうが、現代の人間関係に疲れてしまった人達にとってはそれが魅力的な出来事に思えるらしい。

 「竜宮城で一休みして、スッキリ目覚めればそこはもう別の世界。全く新しい環境で新しい自分探しをしちゃおう(笑)」

・・・幸いコールドスリープにはそれなりの費用が掛かった為、こんな謳い文句を本気にするような人間は大抵の場合資金集めの時点で挫折した。が、それでもやはり一定数「竜宮城」を利用する人間も居り、酔狂な大富豪が竜宮城百年コースの申し込みをしたらしいというゴシップが検索サイトのニュースカテゴリ上位に載ったりしたことも有った。そんなムーブメントが起こったのが数年前のことである。

そして今僕もまた、その「竜宮城」の中に入ろうとしている。が、言うまでもなく僕は「転生」とやらがしたい訳ではないし、また難病や身体障害に悩まされている訳でもない、至って普通の丁度成人したばかりの健康男児だ。

では何故コールドスリープなどをしようとしているのかと言えば、さっきも口にした通り、今僕の目の前にいるこの女の子・・・舞ちゃんの為だ。

僕らはつい一年ほど前に出会ったばかりだったが、傍から見てもとてもそうは見えないほどに通じ合っていた。彼女と初めて会った日のことは良く覚えている。元気で、笑顔が素敵で、でもちょっと人見知りな彼女。ほんの少し顔を赤らめながら「初めまして」を言う彼女を見た時、僕は「ああ、この人が僕のお嫁さんになるのだろうな」と確かに感じた。そしてその直感は見事的中し、僕らは恋仲になった。

けれど、運命の女神様って奴はとても、いや、少しばかり意地悪だった。僕らを出逢わせてはくれても、一緒になることは許してくれなかったのだ。

僕らはこれ以上無いほど愛し合い、互いを求め、想ったが、どうしようもない大きな壁が二人の仲を阻んだ。それはあまりに大きく、分厚く、そして硬い障壁で、僕らはなすすべなく引き離されかけた。

だが、そうはいかない。

このまま僕らが離れ離れになってしまえば、これが悲劇ならそれなりに感動的な脚本になるだろう。だが、そうはいかない。僕は舞ちゃんが好きだ。大好きだ。その舞ちゃんを悲しませるような台本なんて、散り散りに引き裂いて、愛の炎にくべてやる。

その為なら僕はロミオでも、織姫でも、浦島太郎にだってなってやる。運命なんてものは僕と彼女を繋ぐこの赤い糸だけで十分だ。

そう決意してから半年でどうにか竜宮城十年コースを申し込むだけの資金を集め、死ぬ気で反対する両親をなんとか説き伏せ、勘当を条件に親権者同意書に判子も貰った。

全ては愛の為、舞ちゃんの為だ。

「じゃあ、もうそろそろ行くね」

「やだぁ・・・お兄ちゃんと離れたくないよう・・・」

「舞ちゃん・・・」

「もうちょっと、もうちょっとだけぇ・・・」

そうは言っても、彼女が最初に「もうちょっとだけ」を口にしてからもう二時間近くも経過していた。コールドスリープの開始時には専門の従業員が付き添い、機械を操作する必要があるのだが、最初は僕らの掛け合いを微笑ましく見守っていた彼も流石に待ちくたびれて眉間に皺を寄せている。

「お客様、申し訳ございませんがそろそろお別れの方を・・・他のお客様のご予定もございますので・・・」

「本当にすいません。ほら、舞ちゃん。」

「うう・・・お兄ちゃん・・・」

従業員の催促を聞いて、僕は舞ちゃんの顔をそっと僕の膝から引き離した。とてつもなく心苦しいが、これ以上別れを引き延ばすことは出来ない。

「僕が居なくなっても、ちゃんとやるんだよ。」

「・・・うん・・・・・・・」

「誕生日には僕の書いた手紙読んでね。幾ら寂しくても先に読んじゃ駄目だよ?」

「・・・うん・・・約束したもん・・・」

「ちゃんと学校に行って、お勉強も頑張ってね。」

「・・・今だって頑張ってるよう・・・」

「好き嫌いも頑張って治してね。お野菜だって必要なんだから」

「・・・がんばる・・・・・・」

「・・・・・・それじゃあ・・・・・・」

舞ちゃんは何かを訴えるように、じっと僕の瞳を見つめた。ほんの一瞬のようでもあり、永遠のようでもある時間。おそらく実際には数秒だっただろうか。それまで悲しみに表情を歪ませていた舞ちゃんが突然、ニカっと笑い、叫んだ。

「・・・お兄ちゃん、またね!!」

その直後、舞ちゃんは部屋の外に向かって一気に駆けていき、そして戻って来なかった。舞ちゃんは一度も振り向かなかったが、彼女がどんな顔をしていたかは嫌でも分かる。今ならまだ聞こえるだろう、僕もまた精一杯明るい声を繕って、叫んだ。

「舞ちゃん、絶対絶対、ぜーったいに迎えに行くから、待っててねーーーー!!!!」


まっててねーーーー

まっててねーーーー

まっててねーーーー


 空いたままのドアの向こうの廊下に僕の声が反響するのが聞こえた。きっと舞ちゃんにも聞こえたはずだ。

今までなんとか堪えていた涙が僕の頬を濡らす。必死に目をぬぐい、気持ちを落ち着けようとしたが、一度溢れ出した涙はなかなか止まってくれなかった。

「あの、お客様・・・」

「・・・ぐすっ・・・ああ、すいません・・・ちょっと感極まっちゃって・・・直ぐに準備しますね・・・」

従業員の声掛けに、ぐしゃぐしゃに割れた声でなんとかそう返した。こんな醜態を他人に見られてしまうなんて、ちょっと恥ずかしい。出来れば少しだけ泣き止むだけの時間が欲しかったのだが、今まで散々待たせてしまったのだ。従業員さんも限界なんだろう。

「いえ・・・そうではなくて・・・」

「ずずっ・・・はい?どうかしましたか?」

涙と鼻水をすすりながら顔を上げると、従業員さんが妙な表情をしている。なんだか変質者でも見たような顔だ。一体どうしたのだろう。

「あの、つかぬことをお伺いしますが、今の女の子はその、お客様のご兄妹の方でしょうか・・・?」

「?いいえ、違いますよ?」

「えっ・・・では・・・」

「あの子は僕の恋人です」

「・・・・・・あっ、あの女の子がですかっ!?あの小学生にしか見えない!?」

「・・・?小学生にしか見えないも何も、小学生ですが・・・」

「・・・・・・ッ!?」

そういえば、僕が竜宮城に旅立つ理由をまだハッキリと説明していなかった。

彼女、舞ちゃんは僕のことをお兄ちゃんと呼ぶが、それは単に僕が年上のお兄さんだから親しみを込めてそう言ってくれているのであって、別に血縁関係に有る訳ではない。現代の日本では近親婚が認められていないから法整備が進められるまで眠って待つ・・・とかではない。というか、妹と恋愛とかどこのエロゲだよ頭湧いてんのかと言ったところである。

僕が冷凍睡眠に入る理由はただ一つ、僕の最愛の恋人、舞ちゃんが、僕と一緒になるにはまだ幼すぎるからだ。

彼女は今年で八歳。アラブかどっかの国に行けば分からないが、大半の地球上の法治国家ではまだ結婚が認められる年齢ではない。触れ合うどころか大っぴらに恋人関係にあると暴露しただけで即留置所行きと言ったところであろうか。

それなら彼女が大人になるまで待てばいいではないかと思う方も居るかもしれない。だが、現在僕は丁度二十歳、舞ちゃんが十六歳になるまで待ったとして、その頃僕はもう二十八歳。既に割といい歳だ。彼女が大学を卒業する頃には三十四歳。完全なおっさんである。無論それを理由にして舞ちゃんが僕を嫌いになるだなんて僕はこれっぽっちも思っていないが、ただ単に僕は舞ちゃんが不憫でならなかった。やはり女の子なら若い時代は若い男に惹かれるものだ。舞ちゃんだってそれは変わりないだろう。それに僕の方が一回り大きい以上、必然的に寿命も僕の方が短くなる。老後僕がこの世を去った後、舞ちゃんが何年も一人で生きることになるだなんて僕には耐えられない。

 ・・・それと、もう一つ。

当然だが、僕と舞ちゃんは幾ら心を通わせ合えても、体を直接触れ合わせることは許されない。勿論法的な制限など無くとも、彼女の心と体に無理をさせるような真似をするつもりは毛頭無いが、それでも多少のスキンシップも出来ないというのは、とてつもなくつらい。実際僕と舞ちゃんは手を繋ぐ以上のことをしたことはないが、正直に言うともっと色んなことがしたくてたまらなかったし、時々我慢が出来なくなりそうな時も有った。考えても見て欲しい。天使のように純朴で、可愛らしく、美しい舞ちゃん。僕に微笑んでくれる舞ちゃん。頭を撫でてくれる舞ちゃん。膝枕をしてくれる舞ちゃん。

僕のことを大変に慕っていてくれて、しかも大きな好奇心を持って僕に接してくる舞ちゃんを相手に、僕にどれだけの抵抗が出来よう?

今はまだ舞ちゃんがあまりに幼いが故に、舞ちゃん自身を傷付けてしまいかねない行動は自重することが出来る。けど、舞ちゃんがもう少し大人になったら?中学生になったら?

完全な思春期を迎え、しかもより綺麗に可愛くなるであろう舞ちゃん相手に理性を保つ自信が僕には無かった。そうなれば僕と彼女はもう一緒に居られなくなるだろう。それだけは耐えられない。

だから僕はこの決断をした。父親にはブン殴られたし、母親には泣かれたし、親しい友人には軒並みドン引きされ縁を切られたが、全ては舞ちゃんとの愛の為だ。その為なら僕はどんな犠牲も惜しくは無い。

唯一辛いと感じるのは、舞ちゃんを泣かせてしまったこと。舞ちゃんを一人で十年も待たせてしまうこと。本当なら舞ちゃんが十六歳になると同時に起きてきたいのだが、「竜宮城」のシステム上、十年より短いコールドスリープは技術的に出来ないとのことだった。

そういう訳で、今僕は十年の眠りに着こうとしている訳だった。

「・・・・・・そ、そうですか。ま、まぁ世の中色んな人が居ますよね、うん・・・」

従業員さんが引きつった顔でそう言う。その視線には侮蔑と畏怖の念が込められている。何やら誤解されているようだ。

「・・・もしかして、僕のことロリコンだと思ってませんか?」

「えっ・・・ちっ、違うんですか?」

「断じて違います!!!」

「ひっ・・・・」

不当な評価に僕はつい声を荒げてしまう。ロリコン扱いされるのは当然初めてではないし、こういう時なんと反論するかも決めてあるのだが、そういうことを言われるのが久しぶりだったせいで少し動揺してしまった。舞ちゃんとさよならをしたばかりで神経が昂ぶっていたせいもあるかもしれない。

「ふぅ・・・すいません、少し感情的になってしまいました。ですが、それは違います。良いですか?」

「は、はぁ・・・」

「小さな女の子が好きなんじゃありません。」

「好きになった人が、たまたま小さな女の子だったんですよ!!」

「・・・・・・・・・そうですか」

僕の定番の決め台詞虚しく、再び蔑みの目を向けてくる従業員。今度は畏怖ではなく憐憫が混ざっているような気がするのは気のせいだと思っておきたい。

「・・・ま、まぁ、とりあえずもう初めて下さい。長いこと待たせてしまってすいませんでした。」

「・・・まぁ、そうですね。」

従業員さんの声色が露骨に冷たい。気のせいか。気のせいだな。

「では、“竜宮城”の上に寝転んで貰えますか?蓋はこちらのパネルで操作するのでそのままで構いません。」

「は、はい。」

従業員さんの指示に従い、僕は体を横にした。背中にひんやりとした感触。どうも材質はプラスチックっぽい感じだが、大丈夫なのだろうか。思ったよりチープな作りな気がしてやや不安になる。

「では最後にもう一度確認しますが、貴金属等の類は身に着けておられませんか?万一そのようなものを持ったまま冷凍されますと、凍ったそれらが皮膚に張り付いて肌がペロンしますよ。」

「大丈夫です」

従業員さんの口調が明らかに適当になっているのも気のせいだ。気のせいに違いない。

「では、これからの流れをご説明致します。まず“竜宮城”の蓋がしまり内部が密閉されますと、お客様の肉体のスキャンが内部で行われます。コールドスリープは非常に微妙な調整を必要とし、お客様の体重、身長、肌質等あらゆる要素を計算し、冷凍度合を決定します。ので、スキャン中に身動き等されますとそれらの演算が狂い、良くて植物人間、悪いと脳がシャーベットになります。」

「・・・こ、怖いですね」

全くの真顔で淡々とそれらの説明を述べる従業員さんの雰囲気も後押しし、いよいよ腹の底が冷えてきた。だが、だからと言って今更キャンセルをする訳にもいかない。

「お客様の肉体のスキャンと冷凍調節の演算は大体一分程度で終了致します。そうしますと、いよいよ内部でお客様の冷凍が始まります。お客様の体格にもよりますが、冷凍は大体三分程度で完了致します。が、大抵の場合三十秒もすればお客様は意識を失われますので体感では一瞬に感じられるかと思います。なお、この間も身動き等はお止め下さい。」

「分かりました」

要は僕がするべきことは何もない、むしろ何もしないことだけを考えていれば良いということだ。ただ寝転がって目を瞑ってじっとしていれば、目が覚めた時には全て終わっているという寸法だ。

「では、そこに寝そべってお待ちください。」

「よろしくお願いします。」

従業員さんが静かに部屋の隅にある操作パネルの方に歩いていく。この会話を最後にして僕は十年眠りこけることになるのかと思うと、なんとも言えない寂寥感に襲われたが、かと言ってこの人とこれ以上何を話すこともない。僕はただ黙って彼の指示に従った。

従業員さんが何やらパネルを操作しているのを聞きながら、僕は瞼を閉じて静かにその時を待った。五分程で機械側の準備が終わり、声を掛けられる。

「では開始します。もう一度だけ確認しますが、準備はよろしいですか?これが最後ですよ。」

「・・・・・・」

一瞬の逡巡。脳内を思考が走り、その問いを反芻する。準備は良いか?

「・・・・・・はい、始めてくださ・・・「お兄ちゃーーーーん!!!」

肯定の返事をする直前、聞きなれた声が耳に聞こえてきた。何度も何度も聞いた、この声。

「舞ちゃん?」

声のした方、コールドスリープ装置のある部屋の出入り口の方を見ると舞ちゃんが真っ赤な顔をして立っていた。額に汗を浮かべ、肩を激しく上下させている。恐らく走って引き返してきたのだろう。

「舞ちゃん、どうして・・・」

「はぁ・・・はぁ・・・お兄ちゃんにあげるものが有ったの・・・ぜぇ・・・忘れてたの・・・けほっけほっ」

息も絶え絶えで、咽てしまいそうになりながら必死にそう言う舞ちゃん。

「え・・・で、でも“竜宮城”の中には何も持っていけないんだよ舞ちゃん。だから、それは僕らがまた会う時に・・・」

「違うのお兄ちゃん!あげるのは、これ!」

そう言うやいなや、舞ちゃんがこちらに猛スピードで突っ込んで来た。そのまま僕に飛びつき、首に手を回してくる。

「ま、舞ちゃん駄目だよ!舞ちゃ・・・んッ!?!?」

思考が止まり、同時に今受けた刺激が脳内を激しく走り回る。あまりの衝撃に意識が付いていかない。何をされたかはっきり感じたはずなのに、脳がそれを認識してくれない。

「ま、舞ちゃん・・・」

「えへへ・・・舞のファーストキス、あげるね。お兄ちゃん・・・ううん、次郎くん。」

「じゃあ、舞、待ってるからね!」

そう言うと、舞ちゃんは再び走って出ていった。部屋に入って来た時よりも真っ赤な顔をして。

「・・・心拍数が異様に上がっておりますと作業に支障が出ますので、もう五分だけ待ちますね。」

「・・・・・・お願いします・・・」

僕はそう、こうべを垂れた。






           に!

舞ちゃんへ

 9歳の誕生日おめでとう。僕がいなくなってもうすぐ半年になるはずだけど、元気にしているかな。舞ちゃんのお誕生日をこんな形でしかお祝いできないのが、とてもくやしいです。けど、舞ちゃんの方がきっとつらいよね。

瑠依がちゃんと僕との約束をおぼえていてくれていれば、僕からのプレゼントを渡してくれているはずです。もしまだもらってなかったら、瑠依に聞いてみてね。舞ちゃんの為に一生けんめい選びました。先にばらしちゃうと、舞ちゃんに似合いそうな、かわいい花がらの髪どめです。舞ちゃん、髪を伸ばしてみたいって言ってたから、もし髪をのばすことがあったら、ぜひ使ってみてね。

舞ちゃんは来年には10歳になって、ちゃんとしたお姉さんになるんだよね。学校の方でも、てい学年から高学年に。お姉さんになるというのは大変なことだけど、舞ちゃんならきっと大丈夫。舞ちゃんはもともとめんどうみも良いもんね。

ではまた、来年に、お手紙で。僕との約束、忘れないでいてね。







暗闇。

 点。

 線。

なんだろう。何がなんだか分からない。何が分からないかも分からない。分からないってなんだっけ。

(・・・舞ちゃん?)

けど、舞ちゃんのことだけは分かった。僕の一番大事な人。一番大好きな人。

(そうか、舞ちゃんだ。舞ちゃんの為に僕はコールドスリープに入ったんだっけ)

一筋の光からわっと世界が広がる感覚。そうしてやっと僕は人間らしい思考を取り戻した。ここは夢の中だろうかと思ったが、直ぐにコールドスリープ中は夢を見ないと説明を受けたことを思い出した。では、コールドスリープが終わったということだろうか?

僕の仮定は直ぐ様裏付けされた。謎のピープ音が聞こえ、その数秒後に目の前の暗闇がパックリと割れ、そこから新たな空間が溢れ出してきた。

「・・・っ!・・・眩し・・・」

ああ、眩しいってこんな感じだったな、と思う。ついさっき眠ったばかりな気もするし、物凄く長い時間眠っていたような気もする。徹夜明けにヘロヘロになりながらベッドに倒れ込んで、次の日の夕方まで眠りこけた時のような、眠っていた間の時間があまりに曖昧な、あんな感じ。

僕が寝ぼけた頭でそんなことを考えていると、目を覚ました僕を誰かが覗き込んでいるのに気付いた。そちらに気を向けて見れば、何かこちらに声を掛けているようだ。

「・・・う!・・・ろう!・・・」

「この・・・だいじょ・・・ようすが・・・」

「おくさま・・・かいとうちょくご・・・かびん・・・おしずかに・・・」

 「でも、なん・・目がうつろ・・・」

 「大丈夫です。ほら、少しずつ気が付いてきたようですよ。」

 「・・・次郎?大丈夫?お母さんが分かる?」

 「・・・ああ・・・」

この顔は良く知っている。僕の母親の咲子だ。常日頃から心配性で神経が細い性質だったが、今は特別不安そうな顔をしている。

「ああ・・・分かるよ、母さん。耳元で怒鳴らないで・・・」

普通に声を出したつもりだったが、どうも喉が上手く動かない。まるでゾンビが喋っているようだな、と自分の声を聞いてぼんやり思った。

「ああ次郎、良かった!お母さん心配で心配で・・・」

目じりに涙を浮かべて喜ぶ母親。こんな馬鹿息子を相手に、全く有難い限りだ。というか、コールドスリープに入る前、事情を説明して親の承諾を貰う際に父と母には勘当を言い渡されたはずだが。

「母さん、なんで・・・」

「なんでも何も無いでしょ!大事な一人息子なんだから・・・とにかく、ちゃんと起きてくれて良かったわよ・・・」

相変わらず目を潤めたまま、怒ったような笑ったような顔をして見せる母。良く見れば、最後に見たあの時より遥かに老いた顔をしている。息子が氷漬けになっている間、色々な心労が有ったのだろう。一度勘当した愚息の為にこうして涙を流してくれる母親の優しさと、掛けた苦労の大きさに僕はにわかに胸が締め付けられた。

「ごめん、母さん・・・父さん・・・は、来てないよね。あとでちゃんと行って、土下座でもなんでもして許して貰えるように頑張るよ。」

ようやく喉の調子が少し戻ってきたが、今度は別の原因で上手く声が出なかった。愚息親心を知る、だ。

「馬鹿言うんじゃありません。お父さんも今日はお仕事休んでお家で待ってるのよ。さぁ、行きましょう。」

そう言って母が僕を助け起こす。体がだるかったので、とりあえずそれに甘えようとしたが、母の肩に触れた瞬間、それがあまりに頼りなく、軽く、脆く感じた。最後に会った時から十年経っているのだから、母はもう五十歳を超えている筈だ。二十歳の成人男子を担がせられない。そう感じたことが一種の気付けになり、僕は自力で体を起こした。

「いいよ母さん。大丈夫。」

今度は声もしっかりしている。体のだるさも抜けてきた。

「おはようございます。起きて早々申し訳ありませんが、解凍が無事済んでいるか簡単なテストをさせて頂きますね。」

半身を持ち上げた僕に、母の横に立っていた男性がそう声を掛けてきた。この施設の従業員の人だろう。

「ああ、はい。大丈夫です。」

「では、あなたの氏名と生年月日。それからあなたの肉親以外のお知り合いの氏名を三人分、挙げて頂けますか?」

「はい、えーっと、氏名は松原次郎、誕生日は2026年の2月14日、知り合いの名前は・・・大学でお世話になってた教授の鷲沢貴児さん、幼馴染の好事瑠依、それから・・・僕の大事な人の、美樹舞ちゃん。」

「・・・・・・・・・・」

僕が舞ちゃんの名前を口にした途端、母の顔が明らかに曇る。まぁ驚くべき反応ではない。

母は別に舞ちゃんのことが嫌いな訳ではない。むしろ良い子だと思っている。だがまぁ、複雑な感情を抱くのは仕方のないことだろう。そんな母親を責めるほどには僕は愛に狂ってはいない。

「はい、大変結構です。では、法律とはなんでしょう?」

「えっと、社会を保つ為のみんなで決めたルールというか、守らなければいけないものというか、ええと・・・」

別に思考に淀みがある訳ではないのだが、上手く答えられない。そもそも質問が難しい。

「はい、大丈夫ですよ。では、エジソンとは誰でしょう?」

「電球を発明した人・・・ですかね?」

「問題ありません。日本の人口がどのくらいか分かりますか?」

「ええと、二億人足らず・・・でしたっけ?でも、僕が眠ってから十年経ったんだから多少は変化が有って・・・ええっと・・・」

「はい、OKです。因みに今も人口はそんなに変わってませんよ。では次に・・・」

そんな感じの問いが大体五十個程度なされ、僕はそれに少しぎこちなく答えた。こういうのはもっと極当たり前のことばかり聞かれるのかと思っていたが、案外思考力の必要な質問も有った。が、別に全ての問題に正解しなければいけないという訳ではないらしい。単に思考と記憶の引き出しが問題なく行われているかを見ているようだった。

「はい、お疲れ様でした。以上で終了となります。松原次郎様、なんの問題も無く、無事コールドスリープから回復しておられますよ。二、三日は激しい運動等は避けて頂きたいですが、それ以外はもう普通に生活して頂いて結構です。ご利用ありがとうございました。」

最後になんだか良く分からない缶バッジを「記念品です」と言って渡され、僕と母は施設を後にした。貰ったバッジには玉手箱のイラストが描かれている。なんの皮肉だこれは。

「まあとにかく、無事にあんたが起きてくれて良かった。さ、とりあえずお家に帰ってお父さんに挨拶なさい。」

「えと・・・母さん、今って何時かな?それと、何曜日?」

「今?今は午後の二時半よ。曜日は木曜。」

 母からの返事で、僕の中に有ったもやもやが少しだけ小さくなった。そうか、平日の、まだ昼間か。

「そっ・・・かっ・・・じゃあそうだね、一緒に家に帰ろうか。あんまりこの辺り変わってないみたいだけど、迷うといけないもんね。」

「ええ、さぁ帰りましょう。」

母は僕の体を労わってタクシーを使おうとしたが、僕はそれを断った。街並みを少し見て回る必要があるだろうし、何よりお金が勿体無い。ここから自宅までは歩いて三十分程度だ。母も老いているとはいえ、その程度の距離が苦痛になりそうではなかったし、このくらいなら歩くのがベストだろうと判断したのだ。

家路の道中、母は十年の間を埋めるかのように一心不乱に色んなことを話した。この十年、世間はそれほどには変わっていないこと。僕が使っていた携帯は契約が切れているので明日にでも携帯ショップに行く必要があるということ。僕にその気があるのなら、休学している大学にまた通わせても良いと父が言ってくれていること。

母の話を聞きながら、けれど、僕の心は全く別の方向を向いていた。そう、当然、舞ちゃんのことだ。

舞ちゃんには僕が目覚める日付は伝えてあるし、念のため彼女の十八歳の誕生日用に書いた手紙にも今日の日付は記しておいた。だから今日を忘れてしまったということはないはずだ。それなのに何故舞ちゃんは今日僕の目覚めを待っていてくれなかったのか。

最も普通で安心する答えとしては、学校が有るからというものだ。冷凍睡眠に入る前、僕は舞ちゃんに「勉強を頑張るように」と言った。だから、それを守ってきちんと学校に行って、それから僕に会いに来るつもりで居るというパターン。

だが、予定通りの日付に目覚めたのなら、今日は三月の後半の筈だ。ついさっき街頭の時計を確認したが、日付はズレていなかった。で、あるなら、今高校三年生であるはずの舞ちゃんはもう高校を卒業し、就職するにしろ進学するにしろ、今はフリーである筈だ。

なんだか嫌な予感がした。母は先ほどから、露骨に舞ちゃんの話題を避けているような気がする。

まさか。

まさか、舞ちゃんに何か有った?

そう思うと僕はもう居てもたってもいられなくなった。

「・・・母さん」

「な、なぁに?次郎?」

「その、舞ちゃんは今どうしてる?」

「・・・・・・・・・・・・」

母の表情が凍りつく。

まさか。

「その、ね、次郎。落ち着いて聞いてね。舞ちゃんはね・・・あっ!待って次郎!次郎待って!」

気が付いた時にはもう、走り出していた。舞ちゃんの家は僕の家の近く、つまりここからもそんなに遠くはない。幾ら街が様変わりしていても、舞ちゃんの家だけは分かる。

全力で走ると足が悲鳴を上げ、肺がヒューヒュー言ったが、そんなことは全く気にならなかった。僕のことなんかどうだって良い。

舞ちゃん。舞ちゃん。舞ちゃん!



「ふぅ・・・ふぅ・・・げほっ!がはっ!」

ドンドンと僕の胸を叩いて、心臓が僕の無茶に抗議するのを聞きながら、僕は彼女の家を見上げた。

とりあえず、舞ちゃんの家はちゃんと有った。ほんの少しだけ安心する。だが、まだ止まれない。念のため表札を確認するが、確かに美樹のネームプレートが掛かっている。美樹家の名簿の中に、舞ちゃんの名前もちゃんとある。ただ一つ変わっていたのは、見覚えのない名前が表札の中に一つ増えていたことだ。美樹華・・・みきはなと読むのだろう。十年前の時点で舞ちゃんのご両親はまだ若かったし、妹が生まれたのかもしれない。

僕は呼吸を整え、精神を落ち着かせる。

大丈夫。大丈夫。大丈夫。

幾ら念じても気休めにもならなかったが、それでも僕は必死に自分にそう言い聞かせた。そうしなければ、舞ちゃんの家のインターホンはとても押せそうになかったからだ。

意を決して、僕は呼び鈴を鳴らした。数秒の間。心臓が止まりそうになる。心拍数が200を超えているのではないかと思った。

「・・・どなたですか?」

聞きなれない女性の声。肝に冷や水が浴びせられる。落ち着け。落ち着け。

「あっ、あのっ、じ、松原次郎と申すものでっ、もっ、申すですが、まいちゃ、み、美樹舞さんはご在宅でしょうかっ!」

あまりの緊張に日本語が崩壊している。が、どうやら意味はなんとか伝わったらしい。再び数秒の間の後、こう返答が有った。

「ああ・・・とりあえず鍵開けますから、中に入ってきて貰えますか?」

インターホンが切られた音がした直後、がちゃっと言う音が聞こえてきた。そういえば、舞ちゃんの家は一軒家なのに鍵が電子式という珍しい家だったと思い出す。

家に入れて貰えるということはとりあえずここは間違いなく舞ちゃんの家で、僕の存在はちゃんと認識されているということだ。だが、様子がおかしい。思考を整理する時間が欲しかったがそうもいかず、僕は舞ちゃんの家に足を踏み入れた。

「お、お邪魔しまーす・・・」

舞ちゃんの家には何度も来ているし、間取りだって全部把握している。だが、今日はどうも勝手が違った。十年の月日のせいか、それ以外の要因が存在するのか、歩きなれたはずの廊下が、平均台のように、ぐらぐらと危うく、歩き辛いものに感じられた。

とりあえず、声の主が居るとすれば、インターホンの受話器の置いてあるリビングだろう。そう思い、僕は三度ノックしてから、美樹家の居間へ足を踏み入れた。

「失礼しま・・・っ!」

そこには、少女が居た。いや、少女と言うには少し大人びているだろうか。だが女性と言うにはまだ若い。とにかく、素朴で、けれども美しい女の子がそこに居た。

舞ちゃんだった。確認はしていない。根拠はない。だが、舞ちゃんだ。僕には分かる。

「・・・お久しぶりですね」

鈴の鳴るような声。インターホン越しでは分からなかったが、直に聞けば幾ら大人びていても分かる。舞ちゃんの声だ。

「・・・ま、舞ちゃん・・・」

「・・・はい」

「舞ちゃん・・・!」

「そうですってば」

「舞ちゃん!!」

「き、聞こえてますよ!」

僕の目から涙がどっと溢れ出る。ピンと張り切っていた緊張の糸が弛み、堰を切ったように感情が溢れ出してきた。

「な、なんで泣くんですか・・・」

「・・・ぐすっ・・・だ、だって舞ちゃん、僕が起きた時居なかったから、舞ちゃんに何か有ったのかと・・・よ、良かった・・・」

「・・・それはどうも」

照れているのだろう、舞ちゃんが少し唇を尖らせる。舞ちゃんは昔から照れ屋だったけど、どうやらそれは変わってないみたいだった。

「・・・ぐす・・・舞ちゃん、大人っぽくなったね。丁寧語の舞ちゃん、すっごく新鮮だよ・・・えへへ・・・」

「・・・・・・・・・」

「でも無理に大人っぽく振る舞わなくて良いからね。舞ちゃんの好きなようにしてくれて良いよ。」

「・・・・・・」

「じゃあ、舞ちゃん!」

「・・・はい?」

僕が両手を広げて舞ちゃんを受け入れる準備をすると、舞ちゃんが怪訝そうな表情を顔に浮かべた。あれ、ちょっと予想外な反応。

「いや、だから・・・良いんだよ?」

「・・・何がですか?」

「何がって・・・」

おかしい。舞ちゃんは結構おませさんだったのだが、十年の間にちょっと鈍感な子になったのだろうか?それとも十年も待たせた僕へのちょっとした意地悪のつもりだろうか。どっちにしてもやっぱり舞ちゃんは可愛い。

「来て、良いんだよ?」

「・・・・・・行きません」

「えっ・・・」

困惑が頭の中を支配する。あんなに甘えんぼだった舞ちゃんが、僕との「ぎゅー」をスルー?どうして?

だが直ぐに察しが付いた。ああ、なるほど。

「そっか・・・恥ずかしいんだね。」

「・・・・・・」

「十年ぶりに会っていきなりぎゅーはないか。舞ちゃんもう大人なんだもんね。つい子供扱いしちゃった。ごめんね舞ちゃん。」

「・・・そのことなんですが」

僕はそう誠心誠意謝った。年ごろの女の子は子供扱いされるのを嫌がる。まして僕相手に敬語まで使って大人っぽく振る舞っているのだ、その辺りは色々と察するべきだっただろう。僕としたことが無神経なことをしてしまった。

「じゃあ舞ちゃん、とりあえずどうする?僕はお父さんに挨拶に行かないといけないんだけど、舞ちゃんも出来れば一緒に来てくれたら嬉しいんだけど・・・そっちの方が色々と話が早いし。あっ、いきなり親と同伴でご飯とかはちょっとしんどいかな?じゃあとりあえず僕はお父さんと会ってくるから、舞ちゃんちょっとだけ待っ「待って下さい!」

突然舞ちゃんが大声を上げ僕の話を遮った。どうしたのだろう。あっ、十年も待たせた後にまた「ちょっと待ってて」なんて言おうとしたのが不味かったのかな。でもお父さんにはやっぱり挨拶しとかないとだし・・・

「違うんです、聞いて下さい。」

「ん?勿論聞くよ?なに?」

「・・・その、言いにくいんですけど・・・」

「ん?」

もしかして、いきなりそう行っちゃうつもりなのか舞ちゃん?そりゃ18歳と言えば色々クリアした年齢だけど、でももうちょっと段取りを踏んだ方が良い気がする。もし舞ちゃんがそういうことを言い出したらどう言い聞かせようか。

「その・・・十年前のことは、無かったことにして欲しいんです。」

「・・・・・・ん?」

「だから、その・・・あのことは、無かったことに・・・」

あのこと?

・・・・・・・・・

三秒程度考えて、やっと答えが出た。

ああ、僕がコールドスリープに入る直前にした、キスのことか。

あまりにドタバタしたファーストキスになっちゃったから、それを無かったことにして、今ここでファーストキスをやり直したいということのだろう。舞ちゃんは雰囲気やロマンを大事にする子だったからそれも納得だ。

「・・・分かったよ、舞ちゃん。」

「・・・へ?・・・・あっ、分かって頂けま・・・な、なんで寄って来るんですか?」

僕はゆっくりと舞ちゃんに歩み寄った。こういう時、鈍感に振る舞って女の子に恥をかかせるのは駄目男のやることだ。僕は駄目な人間だが、舞ちゃんの前なら何時でも完璧な男になれる。

「大丈夫だよ舞ちゃん。ほら。」

そうして優しく舞ちゃんの腰に手を回し、その瞳を見つめた。

「ひゃあ!?ど、何処触ってるんですか!」

「ご、ごめん、変な所触ったつもりは無かったんだけど・・・」

うっかりお尻の領域に触れてしまったのだろうか。舞ちゃんは大きくなってもあまり背は伸びなかったらしく、小柄なせいで体格がやや掴みづらいのかもしれない。

「そ、そうじゃなくて!」

「?ええと、そういう感じでやればいいのかな・・・?ああ、少女マンガとかであるもんねこういうの。分かったよ。」

「だから何を!」

「大丈夫、ほら、目を閉じて・・・」

「だ、だから・・・やめてってば!」

舞ちゃんに唇を近づけようとした瞬間、ぱしーんという音がした。ほっぺたがじんじんする。そうしてやっと気付いた。

舞ちゃんに叩かれた?

?????

「ま、舞ちゃん?」

戸惑っている僕の胸を押して手の中から抜け出ようとする舞ちゃん。一体どうしたんだ?

「えっと、ごめん舞ちゃん、僕何か間違えちゃったかな・・・?」

「そうじゃなくて!ちゃんと話を聞いて下さい!とにかく離して!」

僕は混乱していたが、とりあえず手を離した。良く分からないが、舞ちゃんが嫌がっているのは確かだ。

「もう・・・ばかっ!」

頬を上気させて怒ったような顔をする舞ちゃん。国宝レベルに可愛い。

「ええと、ごめん・・・?」

何が悪いかも分かっていないのに謝るというのは僕の信条に反するが、舞ちゃんがあまりに可愛いのでそう言ってしまった。

「・・・こほん。では、今度こそちゃんと聞いて下さいね?」

「うん、わかったよ舞ちゃん。」

「えと、その、先ほども言いましたが、十年前のことは無かったことにして欲しいんです。」

「・・・んと、十年前のことって具体的にどのこと?」

僕はそう舞ちゃんに尋ねる。ファーストキスのことでないならなんだろう?観覧者の中で舞ちゃんが粗相をしてしまったことだろうか?僕が寝てる時にこっそり僕にキスしようとしたことが僕に気付かれてしまった時のことだろうか?

「ですから、その・・・全体的にです。」

「・・・????全体的にって?」

「だから、あの、あなたとした約束とか、そういうの全部です。」

「・・・・・・・???どういうこと?」

さっきから舞ちゃんの言っていることが全く分からない。つまりどういうことだ?

「ですから、私はもうあなたの知っている“舞ちゃん”じゃないってことです。私は変わったんですよ。大人になったんです。あなたとお付き合いするだとか、結婚するだとかは、出来ません。」

「?????????????????」

何を言っているんだ舞ちゃんは?

「もう、何も知らない小学生じゃないんです私は・・・小学生と恋をするような、その、へんな人とはお付き合いしたくありません。」

「もう私は、あなたのことが好きじゃないんです。私のことは、忘れて下さい。」





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