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月に水まんじゅう  作者: はぎわら 歓


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21 おおぞら保育園

 今日はアレルギー食だ。ここ『おおぞら保育園』では月に二度、食物アレルギーを持つ子供たちが、他の子どもたちと全く同じものを食べられるように、三大アレルゲンの卵、牛乳、小麦はもちろんのこと、二十七種類のアレルゲンすべてを含まない給食が出される。

 また『まごわやさしい(豆、ゴマ、わかめ、野菜、さかな、シイタケ、いも)』という日本人の健康的な食生活の理念のもと作られる。


 本日のメニューは、レンコンとカリフラワーとセロリのマリネ、わかめとエリンギの麦味噌汁、松の実ご飯、アジの塩焼き、スィートポテトだ。園児は八十名、そのうち離乳食は五食だ。

 スタッフは栄養管理士でもあるリーダーの五十代の一色和江、サブリーダーは同じく五十代の斉藤三代子、そして星奈が正規雇用となっている。

そしてパートが二人、四十代の小島典子と三十代の小沢美沙がいる。星奈が最年少スタッフだ。

 星奈はレンコンとカリフラワーとセロリのマリネを担当する。


レンコンを洗い、いちょう切りにし、水にさらす。

カリフラワーは、小さい房に均等に分ける。セロリはすじを取って、小さく短冊切りにする。

 一抱えもあるステンレスのボールに、米酢と米飴、塩を入れよくかき混ぜる。

星奈は良く混ざった調味液をひと舐めして味を見た。(なんて優しい味)

甘味をつける米飴が、砂糖と違い口の中に丸みを感じさせる。

 オリーブオイルでレンコンを炒め、カリフラワーを茹で、そのゆで汁でセロリをさらす。

 香りの高い野菜を苦手とする子供が多いが、このメニューは人気だった。

 下準備した野菜と調味液を混ぜ合わせ、味がなじむまでしばらく置く。

「マリネ、終わりました」

「こっち、お願いー」

 ライスミルク入りのスィートポテトを、一口サイズの俵型に作りフライパンで並べて焼く。ここでは家庭でも作れるように、凝った調理方法をあまりとらない。

こんがりと焼き色がついた黄金色のスィートポテトは輝いていて香ばしい香りを放っている。


 他の料理も終盤を迎え始めたので、星奈は食器に盛り付けることにした。小さな器に、少しずつ丁寧に高さを作る様に盛っていると「さすがグランド上がり」と、小沢美沙が軽口をたたいた。

美沙にチラッと一色和江が一瞥をくれる、と彼女はささっとまた自分の仕事に集中し始めた。星奈は、頬を染めて黙々と作業を続ける。


 給食台に冷たいマリネから置いていると、一番年長のクラスの園児たちが給食を取りに来、配膳を始めた。食堂には乳児以外、全員揃って一斉に食べるのだ。 食事の配膳がすべて終わったようで、園児たちの「いただきます!」という大きな声がホールに響きわたる。


 給食調理員たちはやれやれと言うように、はあーっと息を吐き出し、とりあえずめいめいに腰かけた。

星奈はそっと給食室の陰から、園児の食事する様子を見守った。年長児の中でも一番身体が小さく、重度の食物アレルギーを持つ小松蓮が、美味しそうに食べている。(ああ、蓮くん嬉しそうに……)いつもの小松蓮は、全ての食事のどれかは食べることが出来ず、また一部を除去されていたりすることがある。

 今日の様な食事は、彼にとってみんなと全部同じものを、同じように食べられる至福の時間なのだ。


 園長の中島登世子から、前回のアレルギー食のあと、小松蓮の母親から涙ながらの感謝の言葉が届いた、と聞いた。そして蓮は次のアレルギー食の日をとても楽しみにしているということだった。


 ほかの園児たちや園の都合もあり、全日、アレルギー食にすることは非常に厳しい。しかし、それ故により食べ物に対する考え方や姿勢が子供ながらに育っていくようだ。

 丸い赤頬をした園児たちがどの料理も嫌がることなく喜んで食べる姿に星奈はいつも心が満たされていた。(食べることは生きること)胸がいっぱいになっていると「片桐さーん。食べましょうー」と声を掛けられた。

 素材の味と優しさと温かさが同居する給食を口にし、今日も生きていると実感していた。

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