向こう岸から
今回はいつもと一味変えてみました、佳月紗那です。
更新が遅れてすみません。
魔女を【狩る】側の人間の視点となっております。
魔女は皆、異端以外の何者でもないのだ。
ーーそう、思っていた。『緑の魔女』に会うまでは。
隣国との国境の向こう、広がる深く鬱蒼とした森。
木々が覆いしげり、暗く、数メートル先も見通すことは難しい森。
向こうではどうか知らないが、この国では『悪魔の森』と呼ばれ、忌避されてきた。
「行くぞ」
その恐れられた、不吉極まりない森の中に、わざわざ入ろうとしている理由はただ一つ。
「...魔女を、狩る」
魔女は異端だ。
教会の信仰どうこうという問題以前に、魔女は人間とは違う、まったく別の生物だ。
そうでなければ罪もない人間を、躊躇いもなく殺したりはしないだろう。
ヒトではない、未知の力をもつ生物。その力で人間を屠る、いわば人間の天敵。
たとえば、そうーー彼女のように。
足元の草がまとわりついてくる。
湿気でぬかるんだ地面で足を掬われる。
枝々が進路の邪魔をする。
霧が、濃い。
「おい!まだ着かないのか!?」
いくらか先を行く男が、先頭を歩く男に大声で怒鳴った。
気持ちは分からないではない。
自分たちがいったい、どれだけの時間歩き続けたのか。森のどのくらいの深さまで来たのか。
「...分からん」
「あんたなぁ...」
「分からねぇーんだよ!今俺達がどこを歩いてんだか!!」
それは恐怖だ。
自分たちが何に向かって進んでいるのか分からない、恐怖。
進んだ先に何があるのか分からないからこそ、ヒトは恐怖を覚えるのだ。
「...俺達、どうなるんだよ...」
一人、呟いた刹那。
あたりの気温が急激に下がったように感じられた。
「な、なんだ...寒くねぇか...?」
共に行動をしていた男達が全員、動きを止めて周囲を警戒しだした。
霧がだんだんと濃くなっていく。
そのとき、奇妙な音がしたーーピキピキと、物質が冷たく凍てついていく音。
「ひぃ...っ」
「凍ってる...森が、凍っていってるぞ!!」
男達が、僕たちが、パニックに陥りかけた、刹那。
笑い声が響いた。
この状況にあまりにそぐわない、ひどく楽しそうな色をのせたそれ。
「ごきげんよう、皆様?」
美しく涼やかに耳に入ったその声は、
「わたくし、『緑の魔女』と呼ばれておりますの。御存知でしょう?」
「あなた方の探しものは、このわたくしですものね?」
ふふ、と無邪気にもとれる声をたてた彼女は、
「わたくし、怒っておりますのよ?」
「大事な、わたくしの時間を、見事に邪魔してくれましたもの」
指先が冷たくなっていく。
息が苦しい。空気が、薄い。
「ですから、皆様にはちょっとした悪戯をさせていただきますわね」
「それくらい、わたくしを怒らせた代償としては、安いものでしょう?」
殊更、楽しげに笑った彼女は、
残酷で、なのに、どこか悲しんでいるように思ったのは、どうしてなのだろう。
ありがとうございました。
written by 紗那