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緑の魔女  作者: 青紗
魔女と青年とハーブティーと
7/50

平穏の、ほころび

佳月紗那のターンです。

リンの魔女としての美しさを、どう表現するかが、とても楽しいです。笑

お楽しみ頂ければ、幸いです。


寝不足。

リンの様子は明らかにその一言が似合っていた。

目の下に薄っらとできている隈、少しやつれた顔。疲労が滲んでいる。



「...大丈夫か」



心配そうな声音に、リンはゆるりと口角を上げた。



「大丈夫ですよ。ちょっと使えそうな薬草があったので、つい夢中になってしまって」


「相変わらずおかしな趣味だな」



口ではリンを嘲りながらも、レイモンドの手には白いティーポットが握られている。

お茶にしようとしたリンがふらついたところで、彼がリンから奪うようにしてそれを取り上げたのだ。

素直じゃない人だ、とリンは思う。



「レイモンドも物好きでしょう?『緑の魔女』と一緒にお茶を飲むのが習慣になっているじゃないですか」


「...」



苦い顔をしたレイモンドに、リンは軽やかな笑い声をたてる。

それがレイモンドの耳にはひどく心地良く、頬が微かに緩んでしまっていることに彼自身は気付いていない。レイモンドの注いだお茶に口を付けていたリンも、それに気付くことはなく。



「...美味しいです」



ぽつりと空気に溶かすように呟いたリンは、不意に泣き出したい衝動に駆られた。


ーーこの脆い幸せが、いつまで続くのだろうか。一体、いつまで。


唇を噛みしめて、さざ波立った気持ちを押さえつけていると、レイモンドの溜め息が聞こえてきた。

俯けていた顔を反射的に上げる、するとこちらを見つめるレイモンドと目が合った。



「黙り込むくらい不味かったなら、ちゃんと言え。そんなに強く口を噛んだら、跡がつくだろうが」


「...美味しかったですよ、お世辞ではなく」


「ならいい。...?」



レイモンドの言葉の途中で、リンが僅かにその身体を揺らした。

ふと彼女の視線が窓へ向かう。

そしてレイモンドに視線を戻したリンが浮かべた笑みは、どこかぎこちなく強ばっていた。

不安をおぼえたレイモンドは咄嗟とっさに彼女に声を掛けていた。



「リン?」


「...レイモンド、頼まれ事をしてもらえませんか」



焦りのみえる彼女の瞳に、いつかと同じくレイモンドの胸がざわめく。



「あの、飾り石を。今すぐ持ってきて下さい。...どうやら渡す方を間違えてしまったらしくて」


「別に間違っていても、」


「お願いします。...魔法の効き目が、可笑しくなってしまうかもしれないので」



彼女の言う理由が本当かどうかは分からない。

ただ、リンの言葉を重ねる必死さに、レイモンドは頷くことしか出来なかった。


























レイモンドを半ば強引に追いだしたリンは、静かに表情を消し去った。

冷たく凍てついた空気があたりに漂う。



《隠せ 隠せ 深い森 何もかも 見えぬよう》



彼女が口遊くちずさむのは、今は誰も知らないだろう古いことば

森に入るものを惑わせる呪文。例外はない、もちろんレイモンドすらも、彼女の元へはたどり着けない。



「これでいくらか、時間稼ぎになるでしょう」



間違いをおこしてくれた過去の自分に感謝したい、と何時いつになく皮肉めいた思いがリンの頭に浮かんだ。

己の魔法に満足げに笑う彼女の顔はーー『緑の魔女』と畏れられるに相応しく、ぞくりとする程、美しかった。

...美しかったのだ。

肩にかかる髪を優雅に後ろへはらい、部屋の隅にある杖を呼んだ(・・・)。



「私の大切な時間の邪魔をしたこと、後悔させてあげるわ」



にぃ、と妖しく唇を歪めて長い裾をひるがえす彼女の目には、苛烈な炎。

目にするもの全てを焼き尽くす、熱い火。




ーー私を殺せるものなら、やってみなさい。





































「...リン」



レイモンドが森に迷いつづけ、やっとリンの家に着いた時。

リンはテーブルに突っ伏して眠っていた。

部屋には、静かすぎる沈黙が、横たわっていた。


ありがとうございました。


written by 紗那

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