叶わない、儚い、願い
今回担当は透冴翡翠です。
お待たせしてしまってすみません。
リンの買い物に付き合った後、レイモンドは村へと戻った。
歩く途中に、何度もポケットに手を入れては出す。
さっき、リンがくれた飾り石。
どちらかと言うと、隣の国の貴族たちが使っている、ガラスのペーパーウェイトを思わせるものだった。
それは透明な水色で、自身の目の色を思い出させた。
取り出して、太陽に向けてかざすと、光が中で反乱射し、美しい輝きを見せる。
「自分の目とはかけ離れてるな。当たり前だけど」
どちらかというと、あいつの目に似てる。
そう思いながら、レイモンドは遠くを見るような目をし、石をポケットに戻した。
家に戻ると、椅子に身体を投げつけた。
肩を背もたれに掛け、後ろの方に首をだらん、とぶら下げる。
大きく息を吐き出すと、もう一度石を取り出した。
「今日のお礼、か」
あの時のリンの声を思い浮かべた。
いつもの軽やかな声色とは違う、何かの異物が混ざったような、不安を仰ぐ気配がした。
しかし彼女のことだ、問い詰めても断固として口を割らないだろう。
そう思い、あの時は言及しなかった。
最近のリンに何かが起こっている。
それだけは、彼に分かった。
「明日は来るな。今までなら、普通にその言葉を信じてたんだけどな」
レイモンドは顔をしかめ、指で摘んでいたリンからの贈り物をぎゅっと握った。
「今回ばかりは、演技を評価できないな、『緑の魔女』」
一方、リンは無事に自分の小屋へと帰ったばかりだった。
扉を閉じた途端、彼女は崩れるように床に膝をついた。
「はぁ、魔力がまだ完全に回復していませんね……」
息が浅く、意識も朦朧としている。
額に手を当てると、少々熱があるようだった。
「あの薬草、どこに置いてましたっけ……」
リンは自分で薬を調合し、飲んだ後、ベッドに潜り込んだ。
全部自分でやるのはかなり苦しく、布団に入った途端、彼女は眠りについた。
しばらくして、リンは目を覚ました。
ハッとし、身体を起こす。
何時かと、すぐ近くにある置時計に手を伸ばした。
「……ホッ。まだ時間じゃないですね」
家を見回して、何も変わっていないかを確認する。
「少しだけ休むつもりが、熟睡になってしまいました」
普段ならこのようなことは滅多に無いのに、と、リンは少々落ち込んだ。
気を取り直して、ベッドから降りた。
いつもレイモンドと一緒にティータイムを楽しんでいるテーブル。
その上には、村のお祭りで買った飾り石が置いてあった。
レイモンドに渡したものの色違いであった。
「間違えて自分用に選んだ色の方を渡してしまったんですよね……」
レイモンドが持っている水色の石は、本当はリンが自分用に買ったものだった。
しかし、今夜のことで頭が一杯で、間違えてしまったのだ。
リンが持っているのは、緑色の飾り石。
自分の目の色に、よく似た緑。
「それにしても、私が贈り物をするぐらい、一人の人間に好意を寄せるなんて……」
リンは自嘲気味に笑い、鎮座している石を指先でそっと撫でた。
昔の自分なら、決して起こらなかったことだろう。
そう思いながら。
「あらあら、気が早いですこと」
『魔女』というものは、大変耳が良い。
遠くから迫ってくる来客を捉えた。
「売られた喧嘩は、喜んでお返ししますわ」
今までレイモンドに見せたことの無い、昔の冷酷な仮面を付け、彼女は小屋を静かに去った。
レイモンドはまだ、知る由など無かった。
大切な彼女に、魔の手が迫り寄っていることを。
そしてそれを加速させてしまうのが、自分であるということを。
―Tougo Hisui