ある日、ある午後
短くて申し訳ありません。
レイモンドはいつものように、森へ向かう。
『緑の魔女』にーー濃緑の瞳をもつ彼女に、会うために。
「ーー...?」
彼女の家の近くまで来たところで、レイモンドはふと違和感を感じて首を傾げた。
常ならばこの時間、薬草を育てている畑でその手入れをしているはずであるのに、今日は彼女の姿がみえない。
にわかに焦り出した彼の心は、彼自身の足をせき立てる。
「リン...ッ」
勢いよく引いた戸口には鍵がかかっていなかった。
ひやり、冷たいものが彼の背中を伝う。
「レイモンド?そんなに急いで...何かあったのですか?」
戸口を開けたままでいた彼の背後から、のんびりとした彼女の声が聞こえた。
それに振り返った彼の顔をみて、彼女は驚いたように瞬く。
「まぁ...すごい顔」
「誰のせいだと思ってるんだ...」
のんきに彼女のたてる感嘆の音に、脱力したレイモンドは肩を落とす。
心配したんだ、君が無事で安心したーーそんな素直な言葉は彼から出ることはなく、口を突いたのは。
「家に鍵もかけないなんて、不用心すぎる。いつ泥棒に入られてもおかしくないだろうに」
皮肉めいたそれに、彼女はいつものように柔らかく笑うのだ。
「ご忠告ありがとうございます。急な用事があったとはいえ、不用心でしたね」
「急な用事?」
「えぇ...ちょっと」
その曖昧な、濁すような笑みにレイモンドはまた、違和感を覚える。
彼女が隠しごとをするのは珍しい、というよりも今までになかったことだ。
そのことが、ひどく。
ひどくレイモンドの胸をかき乱した。
「何か...あったのか?」
「いいえ、気にすることではありませんから。...お茶にしましょう?」
これ以上、踏み込むことは許さないーー彼女の目がそう言っているのが分かった。
よく見れば、彼女に少しばかり疲れの色が見える。
「...何があったか知らないが。疲れを溜めるのはよくない」
「ありがとうございます、レイモンド」
この時彼がもし、気付いていたらーー何か変わったのかもしれない。
written by 佳月紗那