変わっていく日常の、ごく一端
「透牙翡翠」さんとの合作小説になります。
9.9.2019追記、翡翠は「森悠希」に、紗那は「福島さつき」に改名しております。
この国には魔女がいる。
薬の調合や占いを生業とする「魔女」とはちがい、魔力をもちーーそれを使うかどうかは別としてーーゆっくりとした永い時間を生きる彼らは、息を潜めるように暮らしていることが多い。
けれど、どこの世界にも例外はいるもので。
『緑の魔女』
国境ちかくの、深い鬱蒼とした森に住んでいる彼女は、そう呼ばれていた。
まばらな木々の葉から差し込む日光。
そのやわらかな光の中で麦わら帽子をかぶった少女が、しゃがみこんで足元の草をいじっていた。
彼女のまわりには畑のような、それにしては背の低い植物たちが広がっている。
その彼女が、ふと立ち上がってーー
「レイモンド、そろそろお茶にしましょうか」
ふり返って微笑みを浮かべる彼女の、ゆるく結っていた黒髪が一筋、ゆらりと零れ落ちる。
その視線の先でしゃがみこんでいたレイモンドと呼ばれた青年は、彼女の指が土まみれになっていることに眉をひそめた。
「まず手を洗ってきた方がいいと思うが」
「じゃあ手を洗ってから、お茶にしましょう」
レイモンドの棘のある言い方を気にした様子もなく、彼女は朗らかに笑う。
そこから少し離れた場所にある、二人が暮らす小さな小屋にレイモンドに続いて、彼女も帽子をとりながら戻っていく。
有言実行と言わんばかりにすぐさま手を洗い、お茶の用意を始めた彼女をレイモンドは渋い顔をしたまま見つめていた。
「…少しは手伝ってくれませんか?」
「お茶をしたいのは君の方だろう。俺は関係ない」
もう、と頬を膨らませた彼女はふと何かを思い出したのか、微かに声をたてて笑った。
「こんなやりとりをしていると、初めの頃を思い出しますね」
「…」
「せっかく出したお茶も、貴方は飲もうとしなかったでしょう? ずっと不機嫌なままで」
きまり悪そうに顔をしかめて目をあらぬ方向へ向けるレイモンドに、彼女がくすりと悪戯っぽく笑みを零す。
小さい、けれど二人で使うには十分な広さのテーブルに、彼女は茶器を手際よく並べていく。
慣れた手付きの彼女がお茶を注ぐ、そのそばから独特の爽やかな香りが立ち上った。
それを合図にか、彼女もレイモンドも当たり前のように自然な流れで椅子に腰を下ろす。
「...あの時は悪かったと言っただろう、『緑の魔女』」
「.......ぷ、ッ」
ふてくされた表情で、苦々しく口にするレイモンドに思わず彼女はーー『緑の魔女』は吹き出した。
ますます鼻にしわを寄せるレイモンド。
それを見て、鈴を転がすように笑う『緑の魔女』。
「笑いすぎだ」
「だっ、だって、貴方がそんなこと言うなんて、ッ!」
しばらくして笑い終えると、彼女は目尻にうすく浮かんだ水分を指先でぬぐいながら、レイモンドを見つめて首を傾げた。
その淡く色づいた唇を、弧を描かせて、開く。
「でもレイモンド(・・・・・)、私は『緑の魔女』という名前ではありませんよ?」
ぐ、と言葉に詰まったレイモンドは重くなった口を不本意そうに開いた。
紡ぐのは、彼女の名前。
「ーーリン」
それはこの国にはない、どこか軽やかな音だった。
ありがとうございました。
written by 紗那