5、オリエンテーリング
弌年生全員の自己紹介が終わり静まり返った部屋に山名部先輩の声が響き渡る。
「自己紹介も終わったことだし、今から弌年生歓迎イベントを始めたいと思います。真菜そこに置いてある紙とって」
突然の宣言に唖然としている弌年生を余所に山名部先輩は真菜先輩の足元にある紙束を取る様に言う。
「はい、誰がどこに行くかは書いてあるから」
「ん、ありがと真菜」
にこやかに会話をし、束になった紙を受け取った山名部先輩は内容を確認しておもむろに紙の一部を全員に手渡す。
「あなた達には、今渡した紙に書いてある場所に行ってもらいます」
配られた手元の書類には、地図や何かの受け取り用の証明書みたいな紙があった。
「イベントとは言っても、ただ単に学生証明書を受け取りに行ってもらうだけなんだけどね」
真菜先輩は弌年生全員に事の詳細を伝える。
「そう言うこと、ある程度書類には書いてあるみたいだけど、今ここで質問はあるかしら?」
まともな説明はされなかったが、書類にはきちんと内容がわかりやすく書いてある(いくつか手書きの説明が書いてあるのは真菜先輩が書いたものだろう)。その中でも気になったのは…。
「質問いいですか」
「どうぞ」
「個人で場所が違うのはどうしてですか」
自分の書類に目を通したのち、ちらりと見えた紗弥の書類と目的地の場所が違っていたのだ。
「最初に言ったでしょ、イベントだからよ。この学園の周りの街を舞台にして、ちょっとしたオリエンテーリングよ」
この学園は昔、平地の森だったところを開拓し、学園を作ってその学園を中心に街が作られた。そのため、周りに住む人はみんな霊関係の事件に巻き込まれた者か政府の関係者が他の場所より比較的に多いためちょっとした無茶も押し通すことが出来るのだ。
「そう言う事なら、分かりました」
納得した様に頷いて見せたが、この企画に何かしらかの裏がある様な気がして仕方が無い。
「あまり時間もないことだし、出来るだけ早く行って来てね。あと、講堂で配ったポーチはつけて行って。ただし、霊符は使っちゃダメだからね」
例外はあるが(授業など)夜でもならない限り普通は、持ち歩かなくていいはずのポーチをわざわざ持たされたり意味深なことを言われ、ますます訝しむ。
「気を付けてね」
真菜先輩の声に送り出され、半ば部屋から追い出されるのだった。
「どうします」
「どうするも何も、行くしか無いだろ」
「そ、そうですね」
紗弥の問いに、川倉が答え北御さんが緊張した面持ちで同意する。
「じゃ、ここに固まっていても仕方ないし正門まで一緒に向かうか」
「なんでこの学園はこうも無駄に広いんだ」
正門へ向かう道の途中、川倉は愚痴を吐く。
「無駄ってわけじゃ無いぞ」
「学園の設備を考えると、これくらい大きくなるのは仕方ないことですよ」
その愚痴に、すかさず塞蓮路兄妹は突っ込む。
確かに愚痴りたくなるのは分かるが、学科や実技授業のための施設。
あるいは、自主練習をするための敷地などを考えるとこれくらい大きくなるのは自然なことだ。
「だけどな、幾ら何でもこの林はいらないだろ」
森を開拓した名残の様に、学園の周りを取り囲んでいる林があるのだ。
「私たちのやっていることは、世間から隠されていることですから。この林も、学園の様子を漏らさない様にするためだと聞いたことがあります」
「…」
さらに、北御さんまでもが参加してしまったことで何も言えなくなっていた。
まさに、ぐぅの音も出ないとはこのことだ。
学生寮から真っ直ぐな道の先に正門がある、少し視線を上げると多くの人が並んで順番に出て行くのが見えた。
「すごい人ですね」
講堂とは違って道幅はそこまで広くない、ここまで人が集まると圧巻だな。
それでも、此処にいるのはごく一部なのだろう。
「こりゃ、正門から出るのにかなり時間かかりそうだ」
川倉は愚痴を言っていた時以上にゲンナリしていた。
「そんなこと無いと思うぞ」
「どうしてそう思う」
これだけの人が並んでると言うことは、どうしても時間がかかる様に思ってしまうのだが。
「外出には学生書を使った申請を出す必要性があるが、今回俺たちは学生証が手元にない。最も、今それを取りに行くわけだからな。と言うことは、正門から出る時は代わりの手続きが必要になる。それに加えて、新入生が全員、一斉に押し掛けてくることは分かり切っていること。この二つのことを考えたら細々とした書類なんかを書いていたらそれこそ日が暮れてしまう」
長くなってしまったが大体の概要お伝え終える。
「なら、代わりの手続きと言う奴はどうなる」
早く終わらせるとは言っても、この人数を数時間もかからずに捌く方法が思いつかないのだろう。
「多分…」
この場合の一番簡単な解決策を話そうとすると、並んでいる後ろからその声を遮る様にして叫ぶ声が聞こえた。
「おい、早く前詰めてくれ」
話に夢中になりすぎて列が進んでいたことに気づかなかったようだ。
後ろに並んでいる人たちに謝罪をし列を進める。
「兄さん、周りをきちんと見てください。恥をかくのは兄さんだけではないんですよ」
「悪い」
紗弥の文句に素直に謝る。
川倉はさっき言いかけた方法が気になるようだが、自分に矛先が向かないように正門まで無言で待つことにしたようだ。
数が数なだけに少し時間が掛かったがそう待たないうちに正門前まで行くことができた。
手続きをしているのであろう数人の大人がいたのでその中の一人の前に行く。
「名前は」
顔を一目で確認し氏名を聞かれる。
「塞蓮路 一眞です」
「間違いないな…よし、通っていいぞ」
許可が出たため、軽く頭を下げその横を通る。
先に確認が終わったらしい紗弥たちの元へ向かう。
近づいてきた一眞に気づいた川倉が声をかけてくる。
「確かに、簡単に終わったんだが…あれで大丈夫なのか?」
余りにも簡単な確認だけで終わっていたために正規の厳しい申請と比べて疑問に思っているのようだ。
その問いに答えたのは意外にも北御さんだった。
「さっき、私の確認をしてもらっている時に聞いたのですが。今回は特別で。時間をかけないようにするためで、今後は学生書が必要だそうです」
普段、学生書が必ず必要なくらい厳重にしている程だが今回だけはかなり緩和されているらしい。ま、今後は学生書が必要な以上このオリエンテーリングを終わらせないと帰って来れないしな。
「そうか」
納得したようなしてないような曖昧に頷き返す川倉。